氷の眼と、炎線
目線の先には、眩いばかりの金色の髪を肩まで切り揃えた、線の細い少女がいた。
金の瞳を縁取る睫毛も眩い金。
真っ白の肌に金色と頬と唇を彩る紅だけが、その子の色だった。
「おい!聖女様だぞ!!」
「なんで、聖女様が」
何故か、魔物の森から城で産気づいているはずの、王太子妃である聖女が出てきた。
悲壮な表情な聖女に、誰も近づけない。
困惑の雰囲気が、その場を支配する。
ライオネルは思わず、後ろの王太子を振り仰ぐ。
空飛ぶ竜に乗る王太子は燃えていた。いや、自分の炎を身体に纏わりつかせ、炎とは真逆の氷のように冷たい目で聖女を睥睨していた。
「⋯⋯巫山戯た真似をしてくれおるわ。それは、我の聖域ぞ」
言うやいなや、聖女に向けて、指し示す。
炎の竜が口を大きく開く。
誰もが、その様子を見た。
そんなまさか、と思った。
竜の口から出るのは、炎――ではない。
熱を極限まで一点に圧縮させた鋭い炎線だった。
眩く光る一本の細い線へと姿を変えたそれは、地面に触れた瞬間、土をドロリと溶かし、瞬時に焼き切れていく。
土の水分が蒸発し、白い煙を上げると――
一直線に地面を穿ちながら、そのまま一瞬の内に聖女まで到達。
止まらぬ速さで身体を容赦なく、縦真っ二つに切り裂いた。
「ガアァァァァアアア!!!!!」
血が吹き倒れる聖女の二つの半身と同時に、轟く咆哮がライオネル達の耳をつんざく。
咆哮と共に見たこともない化け物が森から姿を現した。
「なんっだぁ⋯、ありゃあ⋯」
部下の一人が、思わず声に出した。
声に出すのも、無理はない。見たこともない化け物は、人の形をしていた。だが二足歩行なだけだ。
髪もない、顔もない。全てが真っ黒に塗りつぶされ、赤い舌が覗く裂けた口だけが特徴的だった。そして、やたらとでかい。
「怯むな、たわけ共」
その声に、思わず振り仰ぐと、王太子が降ってきた。
ライオネルは、慌てて胸と腕で抱きとめる。
ズン!と降ってきた分だけの重さがかかる。グッと足を踏ん張り、なんとか無事に王太子を落とさずに済んだ。
「御苦労。飛ぶ事に特化させておいたからの。力を使い果たして消えてしもうたわ」
ライオネル抱き留められながら、王太子は、降ってきた理由を口にした。
「お主ら、怯むでないぞ。其奴は、人の味を知っておる。心を読むのかは分からぬが、弱点に化けおるぞ。我が切ったのは、其奴の一部じゃ。⋯⋯よもやここにいる全員が、あの汚物を、我の愛し子と思うておるまいて、のう?」
王太子を抱き留めているライオネルは、言えなかった。
聖女に化けた魔物を見て本物と思い込み(やはりか!)と、聖女は魔物と繋がっていたと確信した、ことなど。
この時の心の声は、墓場まで持っていこうと固く誓った。
ライオネルから降りた王太子の赤い髪が、さらりと揺れる。
「人の心を読み、誘い込むような痴れた真似をする不埒者は、我が焼き殺してくれるわ」
降りる間に、魔物は人の心を読む、と結論づけた王太子はそう言うと、片手をかざし、
「我の呼びかけに応えよ、火の女神よ。我は炎の使い手、紅蓮の炎に化けし竜を召喚す。全てを塵芥に。指し示すものは、全て燃やせ。この世に形づくもの、全て灰にせよ」
詠唱の内容聞いた部下たちは、「逃げろ!逃げろ!」「燃やされるぞ!」と、次々声に出し、離れた。
王太子のかざした手から、炎の渦が巻き上がり地面を燃やす。
巻き上がった炎が解かれると、そこには巨大な紅蓮の竜。
「出た⋯王太子の竜⋯」部下の一人が声に出す。
竜は、短い手を王太子に差し出し、王太子を乗せると、“よいしょ”という仕草で、王太子を自分の頭の上に乗せた。
王太子に乗ってもらえた竜は、満足そうにゆっくりまばたきをすると嬉しそうに、三日月のように目を細めて笑んだ。
「愛いやつじゃ」と王太子は、竜をひと撫ですると、
「そら、やれ」と黒い巨大な人形を指し示す。
瞬間、口を大きく開けた竜から炎が吹き出す。
森が後ろにあるなど、もう王太子の様子だと、どうでも良いようだがライオネルは、そうはいかない。
「消化班!」と叫ぶと森に向かって、水を降らすよう指示した。
降らした水はすぐに蒸発。
「⋯遅かったか」
その時、「殿下ー!!!!」と王太子を呼ぶ声が。
声のする方を向くと、やたらとキラキラした集団がこちらに向かって馬で駆けてくる。
はためく旗に描かれた紋章は、王立の騎士団の紋章だった。
「王太子のお守りのご到着だ!」とライオネルの部下たちは、歓び、つい口々にそう声に出す。
「しかと聞こえておるぞ」
という王太子の声に、ライオネルの部下たちは、スッ、と押し黙った。
「ライオネル、あの痴れ者、森の中に入ってしもうたわ。次出てくる時は、血だらけのお主の奥方に化けて出おるかもしれんからの。心しておれよ」
王太子の言葉にライオネルの心臓がひと跳ねする。
「我らが使う術と同じ、何とは無しに強く思う者を感じとり、形づくるのかもしれん」
「それと、呆けておるお主が、あとから疑問に思うかも知れんので先に言うておくがの。“お守り”は先に征かせておったのじゃ。産婆のおばばに産気が早まるかもしれん、と言われておったのでの」
と、敢えて先程、ライオネルの部下の言葉を借りて、王立騎士団の到着の説明をすると、王太子は騎士団の元へと竜と共にズシン、ズシン、と向かうのであった。




