『家令の忠告と、忍耐の夜』※注意※終始明るい下ネタです
ミレイユが、輿入れから一年が過ぎる頃、嫁ぎ先のシュトラール辺境伯屋敷の執務室にて。
「なかなか、お子に恵まれませんな」
と、家令からの一言。
「まあ、授かりものだからな。こればかりは幾ら白金の者とは言えど、難しいのだろう」
と、ライオネルは澄まし顔。
「旦那様、王命のためと毎夜お励みになるのは、大変よろしいことかと存じ上げますが、ただ⋯良かれと思ってやった事が、かえって悪さをしていた、などと言う話を聞いたこともございます」
家令の口上に嫌な予感しかしないライオネル。
「まあ、この場合は、毎夜励むことがかえって悪手だった、という事ですな。――ですので今宵は、差し控えてよろしいかと」
ライオネルは、家令を見ない。
執務に没頭するように、ひたすらペンを動かした。
「奥方のミレイユ様もお寝不足のことかと存じますし」
「⋯⋯」
ミレイユを出されると弱いライオネル。
「⋯⋯わかった」
ペン先に力を込めてしまったのか、紙にはインクが滲んでいた。
ライオネルは、それを見て深く溜息をついた。
ライオネル閣下の耐え難い夜が始まる――。
その日の夜、ミレイユが寝室へ入ると、珍しく既にライオネルの姿があった。
寝台で身体を横たえさせ、ミレイユに背を向けて寝ていた。
「あら、ライオネル様⋯今日はお疲れの様ですわね」
ミレイユは、そっと寝台へ上がると、ライオネルの顔を覗き見る。
「⋯ふふ、ぐっすり眠っていらっしゃるわ」
と、囁くように独りごちると、ライオネルの頬にそっと口づけを落とした。
寝台脇の灯りを消すと、そのまま、ライオネルの背中にそっ、とくっつく様に横になる。
「おやすみなさいませ、ライオネル様」
程なくして、ミレイユから規則正しい寝息が聞こえてきた。
どうやら家令のいうとおり、本当に寝不足だったようだ。
暗闇の中、爛々(らんらん)と赤い目が輝いていた。
――ライオネルは、起きていた。
ミレイユが、寝所に訪れる前からである。
一時だって寝ていない。
家令に言われて仕方なく従ったが、先日ミレイユから『ご遠慮なさらず』、と言われ、ご遠慮なさらず励みに、お励みになっていたライオネルにとっては、寝耳に水。
――一線を超える前なら我慢できた。
しかし、ミレイユを知ってしまった今、抗うことは難しい。
閨の学習を終えたら、ミレイユは変わってしまうのかと懸念したが、なにも変わらず、心は清いままである。
(――日に日に愛らしさも増している気がする)
特に閨の時は、愛らしさに艶まで加えられるのだ。
(――うっ)
甘美な誘惑――。先程の頬の口づけですら、ライオネルの“自身”が勘違いをし、首をもたげてしまう始末。
更に、閨事のミレイユを思い出してしまい、鎮まるどころか硬度が増す。
(期待するな、なにも起こらない)
ライオネルは、そう己の“自身”に語りかけた。
「⋯う、⋯ん」
ライオネルの後ろで、ミレイユが身じろぎをする。
その動作に、思わずライオネルは、身体をぎこちなく固めてしまう。
ミレイユの腕が腰に回る。
ライオネルは自然と、下になっている腰を浮かし、ミレイユの両手が回るようにした。
(⋯まるでいつもと逆だな)
ライオネルは、ふっと笑うと、何故だが心に温かいものが湧いてきた。
(なんだか、何事もなく眠れそうな気がするな⋯)
ようやっと、股間に平穏が訪れるのかと目蓋を閉じた、その矢先――――。
「うわぁ。豊作ですわ〜⋯!」
突然のミレイユの大きめな声量に、ライオネルの身体はビクリッと揺れた。
「な⋯なに⋯!」
ライオネルは、思わず目蓋を開け、ミレイユの様子を見ようと首をめぐらせた。
―――それが、いけなかった。
ミレイユは、ライオネルの身体に回した両手で布越しに主張するライオネルの一物を掴むと、ぐいーっと思いっきり引っ張りあげたのだ。
「――!?」
ライオネルは、あまりの衝撃に思わず力が抜けた。
いつの間にこんなにも筋力が付いたのだな、と感慨に浸る余裕もない。
「――ぬけないわ、⋯このおおきなかぶ⋯」
ミレイユは先日、いつものノイハイム村に行き、夏の野菜の収穫を手伝った話をしてくれた。
次はカブを抜くのが楽しみ、と言っていたのでそれだろう。
「み、ミレイユ⋯ちがう。それはカブじゃない」
ライオネルは、ミレイユを止めようとするが、
「うんしょ、こいしょ、どっこいしょぉ」
と、先日話してくれた、村での子供たちとの掛け声を披露する。
どうやら、相当に楽しかったようだ。
いや、それどころではない。
掛け声と共に引っ張り上げるのだ。
特に、「どっこいしょぉ」の部分は、相当な力だ。
「ミレイユ、ダメだ⋯ッそれは、カブじゃない――ッ」
ヘロヘロのライオネル。思わず己の手を添えて、治癒魔法を使った。
最初、ミレイユを起こすのに戸惑ったが、今はそれどころではない。
このままでは、カブが抜けるのではなく、ライオネルが抜けてしまう。
そうなってしまえば、もうこの先、お楽しみの夜は来なくなってしまう――!
さらに、ミレイユからは、「まあ、お揃いですわね」なんぞ言われかねない!
ライオネルは、半ば強引に、ミレイユの手を己から外した。
衝撃から解き放たれた己自身に、そっと手を添え、二度目の治癒魔法をかける。
深く安堵の息が漏れた。
「ち⋯、ちぎれるかと思った⋯」
ライオネル閣下、初めて妻に畏怖を感じた夜だった――。
冷や汗と動悸も収まり、落ち着くと、ライオネルは、すっかり縮こまった己自身に同情しつつ、ミレイユに向き直る。
無邪気な寝顔だ――。
先程、寝ぼけて、人の一物をカブと思って引きちぎろうとしていた少女とは思えない愛らしい寝顔だった。
そっ、とライオネルは、そんな彼女を抱き寄せると
「⋯ライオネルさま⋯かぶぅ〜⋯」
と、未だにカブに執着しているようだった。
正面から引き抜かれてはたまらないと、ライオネルは、ミレイユをぎゅっと抱きしめると、密着度が増した。
「⋯⋯ふふ」
今夜は寝言の多いミレイユは、今度はどんなおかしな夢でも見だしたのだろうか?
(もう、豊作の夢は見ないでほしい⋯)
ライオネルは、そう願いながら妻の様子をじっ、と眺めた。
幸せそうに眠るミレイユが、ふにゃふにゃの笑顔で、
「⋯⋯だいすきです、ライオネルさま」
可愛らしいミレイユ。
ライオネルのライオネルが『呼んだ?』と、ばかりに首をもたげた。
翌日から、ライオネルは、再生魔法の精度を高めることにした。
妻になら、唯一が抜かれようが構わない、という、すでに骨抜きのライオネル閣下の漢の覚悟だった。




