選択の余地 ※下ネタ有り
ミレイユがシュトラール辺境伯領へ輿入れしてから、そろそろ一年が経つ頃――
「あ」
辺境伯屋敷内、執務室では、夫であるライオネルが、ある事を思い出していた。
(ミレイユに、結界の綻びの事、話すのを忘れていた⋯)
妻のミレイユの姿を認めると、不埒な思いに駆られるようになった色ボケ閣下、ライオネル。
ミレイユの向こう側に、家令モーリスを描くことで、日々、己を律することに集中するあまり、大事な用件が抜け落ちていた。
家令や侍女の前で「夫である自分が話す」と、宣言していたにもかかわらず、その事が頭から抜け落ちていることに、ひと月以上経ってから思い出す始末。
その頃、妻のミレイユはというと――
「最近の奥様はなんだか⋯逞しくなられましたね」
と、奥方付き侍女、セラからの言葉。
辺境伯屋敷、私室にて、ミレイユは相変わらず薬草の調合に夢中になっている最中である。
「⋯え?そう?」と、ミレイユは自分の二の腕の筋肉を触って確かめた。
――さして変わらない柔らかさだった。
「いえ、見た目ではなく、なんというか⋯気持ちといいますか、心といいますか⋯」
セラの言葉にミレイユは、思い当たる節があった。
最近、やる気が漲っているのである。
(原因は⋯、多分だけど、赤い実の効能のような気がするわ)
ミレイユは、“赤い実を服用しても、ヤギの乳のように乳は出ない”と、結論づけてからは、色んな薬草と調合して服用していた。
(量もほんのちょっとで良いのよね。いつもの薬草の効能が強化されるというか⋯不思議だわ)
なんだか、そろそろライオネルに差し上げても良いように思えてきていたミレイユは、
「ねえ、セラ」
と、声を掛けた。
「いかがいたしましたか?」
と、応えるセラに、
「もし、不治の病があるとしたら、あなたならどんな薬だと効くと思う?」
数カ月後の結界の綻びの事を、未だにミレイユに打ち明けていないせいで、ライオネルが病気を抱え、明日をも知れぬ身なのかもしれない、と思っているミレイユは、そんな風にセラに尋ねてみた。
「んー、⋯⋯薬で治らないからこその不治の病なのですよね?」
「そうよ」
(ライオネル様の事なのだけども、セラにしてはピンと来ていなさそう⋯)
ライオネルと家令、セラの会話を帷の向こうで盗み聞きをしていた、などと未だに言えないミレイユは、カマをかけてみたが、セラはまるで謎かけを聞かされているような顔。
「でしたら、気力が湧き出てくるような薬ですかね?」
と、答えた。
「気力⋯?治すのではなくて?」
「あの手この手を尽くしても、薬も効かないのならば、気力も落ち込んでしまいますもの。そんなときこそより一層、気をしっかりと持たなければ、と思います」
「⋯そう」
ミレイユは、その言葉に、幼い頃の母を思い出す。
(私がもう少し、強くて、こうやって薬草の事を少しでも知っていたら、もしかしたら、母は今頃⋯)
父が投獄され、あっという間に儚くなった母の姿を思い出し、ミレイユは、ゆるく頭を振った。
(もう⋯過去のことだもの。今さら悔いても仕方ないわ⋯。でも、だからこそ、遅くなる前に、ライオネル様をお救いできるのなら⋯)
「そうね、良いことを聞いたわ。セラ、ありがとう」
ミレイユは、セラの言葉に従い、病気で気落ちしているようにはあまり見えないが、多分落ちているであろうライオネルのために、気力が少しでも上向きになるように、と願いながら、これでもかと言うほど、気力回復に効くという薬草を混ぜて、煎じに煎じた。
赤い実の粉末もいつもより気持ち多めに入れて。
小瓶パンパンに煎じた薬草を移したミレイユは、はて?これをどうやってライオネルに渡そう⋯、と考えた。
良い考えが巡らないだろうか、とミレイユは部屋を出て屋敷内をグルグルと歩き回る。
(寝所でお渡ししても良いけれど、ライオネル様がもしその場で召し上がって、眠れなくなりましたら困るでしょうし⋯)
気力向上の材料をこれでもか、と入れて煎じたのだ。
もしかしたら、その場で素振りなんかも始めるかもしれない。
ミレイユは寝所で突然、木剣を取り出し、素振りを始めるライオネルを思い描く。
(あ、あれは木剣ではなかったのだわ⋯)
ライオネルの唯一を木剣と、長い間勘違いしていたミレイユ。
未だにライオネルの下腹部に硬いものがあると、寝所に木剣を持ち込んでいると思うこともしばしば。
(とりあえず、気力だけじゃなく、これを飲んで元気になっていただければ嬉しいのだけど⋯)
小瓶を握りしめながら百面相をするミレイユに、声を掛ける者がいた。
振り返ると、夫のライオネルであった。
「まあ、ライオネル様」
ミレイユは花が綻ぶように微笑んだ。
(まさかライオネル様から現れてくるなんて)ミレイユは、絶好の機会に感謝した。
時間も丁度よい。召し上がっていただくなら今よ、とミレイユは、手に握りしめていた小瓶をライオネルの前に差し出すと、
「あの、ライオネル様が少しでも元気になりますように、と祈りながら調合し、お作り致しましたの」
と、言うとライオネルは
「そうか、それは嬉しいな。ありがとう」
と、差し出す小瓶を受け取ってくれた。
ミレイユは、嬉しさでにっこりと笑った。
ミレイユの嬉しそうな笑顔を見るライオネルの中で、愛おしさと共に不埒な欲求が頭をもたげた。
(まてまて、何を考えているのだ、私は)と、ライオネルは、急いでミレイユの隣に、家令のモーリスを思い浮かべる。
気持ちが落ち着いてきた。
(よしよし)と、ライオネルも微笑み、二人はしばし見つめ合う。
「あの、差支えなければ、今すぐにでもお召し上がりになっていただけますと嬉しく思います。⋯気力が湧いてくる作用がありますの」
「そうか」と、ライオネルはミレイユの説明を聞き、小瓶の蓋を開けると一気にあおる。
「お仕事、ご無理なさらない程度でお励みになってくださいね」
妻からの声援にライオネルの心は熱くなる。
(ミレイユの手ずからの薬だと思うからだろうか。もうこんなに胸が熱い)
ライオネルは、嬉しさに胸が熱くなるのを感じた。
⋯⋯何故だが、股間も熱くなっていた。
「あら⋯?⋯ライオネル様⋯。どうして、おじい様のように腰が曲がっておりますの?」
股間の熱と共に徐々に前かがみとなったライオネルを、不思議そうに見るミレイユ。
「何故だろうな⋯気分かな」
ライオネルは、うまい言い訳が見つからず、前かがみでミレイユの隣に必死にモーリスを思い描いた。
(⋯⋯全く熱が収まらん)
ライオネルは、愕然とする。いつもなら家令のあの顔を思い出すだけで、平静を取り戻すと言うのに⋯。
(とうとう、私はミレイユだけに飽き足らず、ミレイユの作る食べ物や飲み物にまで興奮する男になってしまったのか⋯っ!)
節操のない己の一物を、ライオネルは恨んだ。
(これではただの色欲魔ではないか⋯っ!)
苦しそうな表情を浮かべ始めたライオネルを見たミレイユは
(もしかして、お腹を壊されてしまったじゃ⋯!)
と、焦った。
生活のためとはいえ、長きに渡り雑草を嗜んでいたミレイユとは違い、ライオネルは、辺境のお坊っちゃま。
そこら辺に生えていた草なんぞ、口に入れたこともないだろう。
「もしや、お腹を壊されたのですか⋯?」
ミレイユは、恐る恐る尋ね、そっと手を伸ばす――。
「いや、違う。そういうわけでは⋯っ⋯あっ」
ミレイユの手に触れたのは、ライオネルの下衣を押し上げるほどの膨らみだった。
羞恥でライオネルの頬に朱が走る。
「⋯!――ダメだ⋯ミレイユ⋯ッ」
擦り始めたミレイユの手を、咄嗟に掴んで離そうとするライオネルにミレイユは、真剣な面持ちで顔を上げると、ライオネルの揺れる赤い目を見ながら、こう告げた。
「この膨らみ⋯。もしや、ライオネル様は、ここからお乳をお出しするのですか――?」
「⋯⋯いや、なぜそうなる」
この前から、変に乳にこだわるミレイユ。そんなミレイユのおかげでライオネルは、幾分か、冷静さを取り戻した。
「だって、こんなにここが膨れ上がっているのですもの。まるでヤギの乳のよう」
「⋯⋯」
膨れ上がったヤギの乳、と言われライオルの顔は、真っ赤に染まった。
ミレイユの頭の中では(赤い実の粉末を口にしたのが男性の場合、山羊の乳のように下腹が膨れる)と新しく情報が書き出されていた。
「村で子供達が乳搾りをしているところを、先日拝見いたしましたの。あんな風に上手く出来るかは分かりませんが、パンパンに膨れ上がったら、早く絞って出してあげないといけないそうですのよ」
と、言うと前屈みのライオネルに、空き部屋を指し示した。
ミレイユの意図がわかると、ライオネルの頭の中は、白い手でライオネルの自身を握るミレイユと、呆れたような表情の家令の姿が交互に浮かぶ。
甘美な誘惑にライオネルは震える。
しかし、ここでハタっと思い出す。
サライア式のミレイユの手技を――。
(もし、あんなものを披露されたら、私は秒ももたぬ――)
白い手がライオネルを誘惑する。
家令の顔――。ミレイユの手技――。
ライオネルは――
ミレイユに導かれるまま、扉の奥へと消えるのだった。




