ごきげんな閣下
サライア王国で多勢に無勢の経験をしたライオネルは、シュトラール辺境伯領屋敷の鍛錬場で、どんな手を使ってでも打ち負かし不問の複数人対一人の訓練も取り入れた。
魔物相手ならば、正攻法の戦い方でも十分通じるが、卑怯な手を使うのが人間である。
魔物の森の混乱に乗じて、隣国が攻めてくることも想定しての訓練だった。
しかし、シュトラール辺境伯領から魔物の森がまたがり続く隣国も、魔物の森の結界問題で、同じく混乱することは予測されるが。
⋯単にサライアでの戦い方が面白かった、というのもある。
「なーんか、ご機嫌だな、閣下」
鉄面皮がほとんどのライオネルだが、広角が上がっている様子に部下たちがヒソリと呟いた。
「そりゃ奥方の件もあるからだろ」
「そういえば、そうだった」
「いいなぁ〜、俺も嫁さん欲しい⋯」
柔軟をしながら閣下である上司のライオネルを、皆が見る。
当のライオネルは、いつもの力で押す剣技ではなく、優美に模擬剣を踊らせていた。
剣技を変えても、多勢に無勢のはずが、ライオネル一人で勝ちまくっている。
唇は笑み、汗は艷やかに光る。
額から流れ落ちる汗で黒髪が肌にはりつき、赤い目は楽しく細められていた。
「なーんか、閣下も艶っぽくなってない?」
「そりゃ待ちに待った、秘め事だったからでは」
「いいなぁ〜、俺も楽しいことして艶っぽくなりたい⋯」
強さに筋肉に色気も備えてしまったライオネルに、部下たちは羨望の眼差しを送るのだった。
迫りくる部下たちを全て倒したライオネルは、順々に部下たちに回復魔法をかけていった。
気力が充実すると魔力も豊富になるようだ。
ミレイユとの件が無ければ知らずにいたことである。
(これを理由に、本当に毎晩ミレイユに迫ってみては⋯⋯いや、ダメだ)
ライオネルは、昨日のミレイユを思い出しそうになり、頭を振った。
こんなところで思い出しては、ライオネルの唯一が反応してしまう。
部下たちの前で醜態を晒せない、とライオネルは己を戒めた。
怪我した箇所に漏れがないか、見て回ると、部下の一人が先ほどライオネルが身体に打ち込んだ部分を押さえ、自分を見つめている事にライオネルは気付いた。
「なにかあったか?」
(回復が弱かったか⋯?)
そう判断したライオネルは、部下に近付いた。
「いえ、あの閣下のいつもの回復魔法がなんだか違う感覚で」
「⋯?どういうことだ?かかりが悪かったか?」
ライオネルが、聞くと他の部下からも
「分かる。なんだかいつもに比べて温かいんだよな」
との声が上がった。
「あたたかい?」
(どういう意味だ?)
自分で切って試そうとしたが、いつもの回復魔法の感覚なんぞ覚えていないので止めた。
「なんだろ⋯、この感覚⋯あったかくて、なんか優しくて」
「そう。あと、なんでか懐かしんだよな⋯」
「わかる⋯」
「おかあさん⋯」
「⋯っ!そうだ!お袋みたいだ!」
「⋯⋯お前たちの母になったつもりは無いが⋯」
そう返すライオネルの言葉は届かず、周りで「かあちゃん⋯」「会いたい⋯」と一気に湿っぽい雰囲気になった。
「⋯⋯」
とりあえず、家令に相談して、帰りたい者から里帰りさせることにしたライオネルだった。




