恥じらいの先で見つけたやさしさ
ロバのボッツィがいる場所は、ノイハイム村だという。
そのノイハイム村でミレイユは、小屋にいるニワトリに草を差し出し、ぼーっとしたり赤面したりする様子を、子供たちは不思議そうに見ていた。
「おくさま?おねつでもあるの?」
と、子供の一人が尋ねてきた声で、ハッと我に返ったミレイユは、慌てて「な、なんでもないのよ」と誤魔化した。
(ニワトリを見ると昨日のことを思い出してしまうわ⋯)
ミレイユは、頬が染まるのを自覚したが止められない。
昨日は、昼餉の後の日課の散歩が終わり、休憩がてらのお茶の時間に、執務中のはずのライオネルが突然訪ねてきたのだ。
それから、息もつけないほど翻弄されるような嵐の出来事が過ぎ去ると、セラに連れられ湯浴みをされた。
私室に戻っても落ち着かず、セラから喉を癒す飲み物を提供されて、
(喉が痛かったからちょうど良かった)
と、一口飲んで、気付く。
ライオネルが訪ねて来るまでは痛めていなかった喉の痛み――。
その経緯を思い出し、提供されたその意味を理解すると、自室だと言うのに居たたまれず。
なんとか平常心を保とうと食堂に行くと、豪華な夕餉が提供された。
午後の出来事の祝いだと分かると、またミレイユは慌てた。
(セラも他の使用人も皆笑顔だったわ⋯。特にモーリスは初めて見るぐらいの光り輝く笑顔だったわ⋯)
ライオネルの顔は見れなかった。羞恥で。
(子作りが、あんなに恥ずかしいことだと思わなかったわ⋯。あんな格好や声をライオネル様の前に晒すなんて⋯)
サライアで習ったことなんぞ思い出す暇もなかった。
目すら開けられず、ライオネルが行為中に聞いてくる質問に頷くか、何故か勝手に口から出る言葉にならない声を出すことしか出来なかった。
夜は寝台で、カチカチに固まって仰向けに寝そべる様子を見られ、ライオネルに笑われた。
「緊張しないで済むよう、慣れるまで毎晩しようか」
と、ミレイユに覆いかぶさりそう言われて――
「顔から火を吹きそうなほど真っ赤だな」
と、今度は大笑いされた。
揶揄われた事が分かり抗議すると、
「半分は冗談で、半分は本気だ」
と、返された。
「私も我を忘れそうになって、緊張した。寸前で止められて良かった」
と、困ったような表情で言われたが、
(寸前⋯―?)と言葉の意味が、よく分からなかった。
翌日の朝食後にセラから、ノイハイム村の子供たちが会いたがっている、と聞いて、つい逃げるように馬車に飛び乗ってしまった。
そして、現在に至る―――。
気付けば、手に持っている雑草は、ほとんどニワトリに食べ尽されていた。
「おくさま、ぼーっとしてるとニワトリに指食べられちゃうよ」
「え!?」
村の子供に恐ろしい忠告をされてしまった。
「き、気をつけるわ⋯」
(せっかく子供たちが会いたがってくれていたのに、上の空で良くないわ。⋯切り替えなくちゃ!)
ミレイユは、ライオネルとのことは、思い出さないようにと頭から追いやった。
先日ミレイユが村に訪れた際、雑草を握って「食べたことある」と発言したことから、子供たちは、領主様たちも自分たちと食生活がたいして変わらないのだ、と解釈をしていた。
なので、「良いところがあるよ!」と、ミレイユの手を引っ張り訪れた先は、浅いカゴに草を並べて干している女性達のところだった。
「あら、奥様、おはようございます。どうなさったのです?」
こちらに気付いた女性がにこやかに、ミレイユに訪ねてきた理由を聞いてきた。
「えー⋯と、ここではなにをしていらっしゃるのかと思いまして」
子供たちに連れてこられた目的も分からず、ミレイユは無難に質問をする。
女性はカゴに広げた草を手に取ると、
「薬草を干しているところですよ」
と、教えてくれた。
「薬草?」ミレイユが聞き返すと、
「ええ、ここでは病気になっても医者がいませんしねぇ。大病でもない限りはこうやって、干した薬草を煎じて飲んで治すんですよ」
という。
ミレイユの手を引いて案内してきた子供が、
「おくさまに、いろいろと薬草のことおしえてあげてよ!」
と、女性に向かって元気いっぱいな声でお願いをしだした。
「あ、いえ、あの、お忙しいでしょうし⋯」と、ミレイユは断ろうとすると、
「おや、薬草に興味がおありで?」
と、問われ、連れてきた子どもたちの手前、「ええ、まあ、そうですね、知識は全くですが⋯」と、歯切れの悪い答え方になってしまった。
すると、
「おくさま、草たべてるんだってー!」
「ごちそうじゃないよ!あたしたちとおんなじだよ!」
「だからおしえてあげてよ!」
と、誤解を招くような説明を子供たちにさせてしまい、ミレイユは焦った。
「いえ、あの、辺境伯様には良くしていただいております。あの、その、草を食べていたのは、その⋯」
(どうしましょう⋯!正直に『食べるものが無かった』と答えるべき?それとも誤魔化す!?いえ、やはりここは、にこやかに辺境伯夫人らしい答えよね!えーと、うーんと⋯)
「⋯趣味です!」
と、満面の笑顔で答えてしまった。
「「へんなしゅみ〜!」」声を揃えて子供たちから言われた。
(⋯⋯私もそう思うわ)
なぜ趣味と答えてしまったのか⋯。
振り向くと、セラは俯いて肩を震わせていた。
(そうだわ⋯、セラを頼れば良かったのに!私ったら!)
後悔先に立たず。
しかし、薬草を干していた女性は違ったようで、
「好奇心旺盛な奥様なのですねぇ」と、朗らかにそうミレイユを評した。
女性は嫌がる素振りも見せず、ミレイユに丁寧に薬草について教えてくれた。
手にとって触らせてくれて、匂いも嗅がせてくれて、効能も教えてくれる。
子供たちも見様見真似で、手に持ってクンクンと嗅いだり、葉の形を眺めたり、効能を当てっこしたりと、即席の薬草教室となっていた。
のどの痛みも癒やすのは薬草という。
「蜂蜜なんて飲むもんじゃないですよ。ありゃあ、お貴族仕様の高級品ですからねぇ。売らないと」
と、言われてしまった。
昨日、喉を癒やすと提供された飲み物は蜂蜜の味がした。
何気に食べているお菓子にも入っている。
紅茶にだって気分で入れたり⋯
(高級品⋯一体いくらするのかしら⋯)
想像すると怖くなった。
思えば、子供の頃は蜂蜜なんて口にしたことが無かった。
伯爵家と言えども、裕福ではなかったはず。
ゼルバン男爵の屋敷に引き取られていた頃は、喉を痛めることがそもそも無かった。
体中痛くて、喉まで気が回っていなかったのかもしれない。
(良くしていただいているどころか、とても良くしていただいているわ⋯。帰ったら改めてお礼を伝えなくちゃ)
別れ際、子供たちから、また来てね、明日も来てね、毎日来てね、とせがまれた。
帰路の馬車の中では、セラと二人きり。
「セラ⋯、私、今日初めて蜂蜜が高級品だと知ったわ⋯。なにも知らず、食べたり飲んだり⋯。昨日の飲み物にも入っていたわね。おかげで喉の痛みもすっかり癒えているわ。ありがとう」
と、申し訳なく言うと、セラは頭を振り、
「もったいないお言葉にございます。蜂蜜も旦那様のご意向ですので、気になさらないでください。奥様が輿入れをして、あの時は旦那様もとにかく滋養のあるものを、とのことでしたので⋯。なので、奥様が気に入って召し上がっていただけて嬉しい限りなのですよ」
と、微笑みながらミレイユに告げる。
「それと、以前輿入れの際、こちらの不手際で不自由な思いをさせてしまったことを、私、気に病んでいたのですが、子供たちの前で雑草をお召し上がりになっていたことも話されたのですね。奥様の中では既に過去になっているのだと知り、胸を打たれましたわ」
と、言われた。
(雑草は⋯、男爵家にいた頃からお腹を満たすために食べていたけども⋯言わないほうが良いわよね)
と、心の中でつぶやきながら
「でも、セラ、あなた肩を震わせて笑っていなかった?」と、先程の光景を思い出して聞いてみた。
セラは、珍しく目を泳がせながら、気まずげに
「あれは⋯奥様と子供たちのやりとりがあまりにも可愛らしくて、つい⋯。申し訳ございません⋯」
と、深々と頭を下げて謝られた。
「え!?あ⋯、違うわ、謝ってほしくて言ったわけじゃないのよ。思い出したから聞いただけなのよ」
セラの様子を見て、慌ててミレイユは、座席を移動してセラの横に座ると、頭を垂れたままのセラにギュッ、と抱きついた。
「⋯!?奥様⋯っ」驚いたセラは、ミレイユを見た。
「謝らなくて良いのよ、セラ。宿で何気に言ったことを気に病んでいたなんて⋯ちっとも気付かずごめんなさい。私、全然気にしていないの。だから、あなたももう気にしないでほしいわ」
「それに⋯」と、セラに回した腕にさらに力を込め、密着度が増すと、
「私、今、すごく幸せなの。草を食べていたことも趣味って言っちゃうくらいなのよ」
と、言うとセラを見てにっこりと微笑んだ。




