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冬支度の頃



 ミレイユが、シュトラール辺境伯領に嫁いで2カ月が過ぎた頃。


 ライオネル、家令、侍女のセラの三人での日課であるミレイユについての報告会がライオネルの執務室で開かれていた。


「奥様の冬のドレスなどが出来上がりました。

想定はしておりましたが、身長などが思ったより変わっており、手入れが必要になります。二、三日中には仕上がる予定にございます。

 最近の奥様のご様子ですが、窓からの景色を毎日見ては、雪が積もることを楽しみにしているようです」


 部屋付きの侍女の報告を受けながら、穏やかにゆっくりと頷きながらライオネルは、口を開く。


「ふ。ミレイユはもう雪を気にしているのか。まだ、夏が終わったばかりだと言うのにな。⋯そうだな。最近、ミレイユの目線の高さがほんの少し高くなった気がする。ほんの少しだがな」

ライオネルは、話しながら目を細めると、


「手足の筋もほとんど目立たなくなってきた、と先日報告を受けたとおり、指先を観察しているが、ほんのり赤みがまして、(なめ)らかで、爪先もツヤツヤとしていたよ。お前の手入れのおかげだと、ミレイユが褒めていた。礼を言う」


 ライオネルの言葉に、「もったいないお言葉にございます」と、侍女が(こうべ)を垂れた。


 家令からは、

「そろそろ、冬仕度を開始する季節となりましたが、どうでしょう?

雪が降る前に、一度ミレイユ様をお連れして、近隣の村へ出向かれては?」


という言葉に、ライオネルは大きく頷き、

「そろそろあの子にも、我が領土を見せてやりたいと思っていたところだ。

ミレイユの身体の負担にならない規模の、近隣の村が好ましいと思うが、どうだろう?」


 ライオネルの言葉に、家令がうなずき「(すで)に、ここに」と、ミレイユが隅々まで視れる村一覧をまとめた資料を渡された。特産品や、特色なども記されている。


「さすがだな」

特産品などミレイユが好みそうな村にしようと、心に決めるライオネルだった。



「視察ですか?」

 ライオネルとミレイユの寝所では、白金の髪を下ろしフワフワと揺れる髪をまとめるミレイユがライオネルの言葉に振り向いた。


「ああ、雪が降る前に、と思ってな」

 寝台に腰掛けるライオネルの言葉に、勇気を振り絞ったミレイユはライオネルの前に立ち、手を組んでお願いした。


「わ、私も連れて行って下さい!」

ライオネルは、フフッと笑うと

「無論、そのつもりだ」

と、フワリとミレイユを抱えると、ミレイユを膝の上へと抱え直す。

 最近、夜のお喋りは、もっぱらライオネルの膝の上である。


「身体が冷えてしまっているな」

 ライオネルが心配そうにミレイユの両手を片手で包みこんだ。


「でも、こうしていると温かいですよ?」

 

 ライオネルの身体は大きいので、いくら肉がついてきたと言ってもまだまだ細いミレイユは、すっぽりと覆われてしまう。


 ライオネルの身体はポカポカしていて、最近は、2人でくっついて眠るのだ。


 布団の中で、ライオネルに抱き寄せられながらミレイユは、ライオネルの紅玉のような赤い瞳を見つめる。

「お出かけ、楽しみです」

笑顔のミレイユにライオネルも釣られて微笑んだ。


ミレイユの前では、穏やかなライオネルだが、本来は仏頂面だという。

(そぉいえば、鍛錬場の兵士の皆様もおっしゃってたわ。

鉄面皮(てつめんぴ)”って)


ライオネルが鉄のお面を付けている姿を想像しながら、ミレイユは目を瞑るのだった。




視察の日――。


 馬車の前に姿を現したライオネルは、一見漆黒にも見えるような藍色の長外套(なががいとう)をまとっていた。


裏地に金糸の織模様(おりもよう)が施されたそれは、風に(ひるが)るたび、陽光を受けてわずかに鈍く光り、彼の背をより一層大きく見せている。


 高めに立つ襟元には、ささややかな獣毛(じゅうもう)の縁取り。決して派手ではないが、近寄りがたい威圧感と、隠せぬ貴族としての気品を漂わせていた。


 革の乗馬靴をしっかりと履き、腰には飾り気のない銀装の剣。

 執務用の軍装に近いシルエットの中着(なかぎ)が、寒空の下でも隙のない印象を与えている。


 そんな彼の横に現れたミレイユは、まるで一足先に冬の訪れを告げる妖精のような華やかさ。


 淡い生成りのロングドレスに、頭巾(ずきん)の付いたくすんだ紅色の肩掛けを羽織っている。


 ふわふわの白い毛足が肩掛けの縁をやわらかく縁取り、頭巾の形が丸みを帯びているせいか、彼女の雰囲気に不思議と親しみやすさを加えていた。


 足元は、消炭色(けしずみいろ)で縁取られたドレスの裾から、編み込み模様のショートブーツが覗いている。


 ミレイユが馬車へと足をかけようとした時、強い風が一吹きし、彼女のドレスがふわりと舞い上がる。


 彼女を支えていたライオネルは、自然な手つきで裾を押さえ、そっと彼女の腰へ手を添えた。


「ありがとうございます」

ミレイユがはにかみながら小さく礼を言うと、ライオネルは頷き、かすかに目を細めた。


 周囲の使用人たちは、互いを思いやる夫婦の姿に、思わず目を細め、こっそり胸を押さえる侍女の姿も。


 セラが馬車の小窓を開ける。

 ミレイユはそっと身を傾け、外の使用人たちに向かって微笑み

「皆様、お見送りありがとうございます。行ってまいります」

と、声をかけるのだった。




 村へ向かう途中での道のりは、ミレイユにとって新鮮なものだった。

 輿入れの際の暗雲とした気持ちの時は、ただの長い道のりだと思っていたのに。


 セラが用意してくれた、菓子をいただきつつ携帯用の飲み物を飲む。

 窓から見える景色は、和やかで、どこまでも澄んだ秋の空がミレイユの心を弾ませた。


「この馬車は、揺れが少ないのね」

 お尻が傷まないようにと、馬車専用のクッションを幾重(いくえ)にも敷いてる上に、背もたれのクッションもちょうど良い硬さと厚みだ。


 腰が疲れることが全く無さそうな様子にミレイユは感心した。


「この馬車は、旦那様がミレイユ様のためにと、特注で新調なさいましたので」

事も無げにセラが言う。


「わたしの⋯ため⋯?」

 窓からかすかに見える、馬に(またが)がり走るライオネルを見た。


 表情は見えないが今はどんな顔をしているのだろう、そうミレイユは気になった。


「⋯てっきり手入れの行き届いた馬車だと思っていたわ」


 どこもかしこもピカピカで、まさか自分のために作ってくれた馬車なんて露ほどにも思わなかった。


「少しでも今日の視察がミレイユ様の思い出になるように、と体の負担を最小限に抑えられるように、とライオネル様自ら、部品からあれこれ注文なさっていたようですよ。

 家令殿も『熱が入りました。』と、仰っていました」


(今日の視察、私が行かない、て言ったらどう思っただろう⋯)

(きっと、ライオネル様は、文句も言わないし、怒りもしないわ)

(『そうか』とかだけ言って、馬に跨がりお供を連れて視察に行っていたわ)


ミレイユは、何故だが分からないが、(まなじり)から涙がこぼれるのだった。


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