秘め事の学習、再び ※下ネタ多
「まあ。閨事教育を再開いたしますの?」
自室の椅子にもたれ、刺繍の練習をしていたミレイユは、セラの言葉に可愛らしく小首を傾げた。
「はい、そろそろ頃合いとのことで⋯。奥様、サライアで教育を受けたと申し上げておりましたが、どのような内容だったのか、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
セラの申し出に、にっこりと微笑んだミレイユは刺繍を切り上げると、
「かまわなくてよ」
と、練習用の布の束から厚めの大きめの布を取り出した。
「私、器用じゃないから、うまく作れるか自信は無いけど⋯」
と、机で布を折りだす。
セラは、その様子を不思議そうに眺めていた。
「できたわ!」
と、ミレイユは、出来上がったものを取り出すと、それをセラに掲げてみせた。
「奥様⋯、それは⋯」
「これを使って教えてくださったわ!折り方も習いましたの」
ミレイユが手に持っていたものは、男性が見たら一目で分かるものを模したものだった。
「他にも、伸縮性のある厚めの手袋での作り方も習ったわ。サライアの女性の方が、わざわざ庭仕事をしている方から借りてきて披露してくれたわ」
セラは冬物の手袋をミレイユに渡すと、ミレイユは真剣な面持ちで、習った通りの手順で折りだす。
「ふぅ、こんな形だったかしら?」
ミレイユは、折り終えた達成感で満足そうな溜息をついた。
「奥様、一旦そちらの二点をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
セラがお盆を持ってミレイユに聞いてきたので、
「かまわなくてよ、はい」
と、お盆の上にそれを置いた。
「ありがとうございます」と、セラは恭しく頂戴すると、上に布をかけ、お辞儀をすると退出するのだった。
セラが退出したライオネルの執務室では、家令とライオネルが、半年後に向けての打ち合わせを行っていた。
領民の避難開始の時期と、避難先での食料の備蓄の数、収穫期を迎えるので、事前に避難させるにも村人をどう説得するかなど、そんな時、セラが入室の伺いを立ててきた。
「なにか、あったのだろうか⋯」
セラに入室の許可を出して席を移動する。
セラは、机に布のかかったお盆を置いた。
「サライアでは、こちらを教材として用いていたようです」
と言い、布を取り払うと、興味深げに覗いたライオネルと家令は固まった。
「これは⋯」
「なんとまぁ、実用的な⋯」
ふたりともマジマジとお盆に載ったものを見つめた。
「⋯よく出来ておる」ライオネルは、不安げに生唾を飲んだ。
(こんなものを使って、教えていたとは⋯どおりで)
家令は、お盆に載ったそれを一つつまみ上げ、「ふむ」と、感心げに唸ると
「これは、生娘が習う房事の教科書よりも実に良い教材ですなぁ。即戦力になる」
と、口にした。
「モーリス」とライオネルの窘めに、家令はライオネルを見遣ると、
「旦那様。この教材を用いた内容は、旦那様が直接、奥方様にお尋ねくださいませ。まだ嫁入り前のセラには、荷が重うございます。セラから奥方様に内容をお伺いして、男の私達に説明するなど⋯酷にございます故」
「⋯分かっておる」
ライオネルは、ガックリと項垂れた。度肝を抜かされる予感しかしない。
項垂れたライオネルの背中に、「奥方様にお伺いするのも、夫婦の時間の夜が良うございますな」と、家令の声が降り注いだ。
夕餉の時間は、ミレイユと他愛のないおしゃべりで場が和んだ。
ライオネルは、ミレイユの話を聞きながら、内心は、(このあどけない少女が日も高い内からあんな卑猥なものを⋯)と、昼間見た一物が信じられないでいた。ちなみにセラから渡されてライオネルの私室にある。
(⋯たしかに家令は、滋養のあるものを用意する、と言っていたが、やたらと精がつくものばかりの食材だったような)
家令の狙いがチラチラ見え隠れする。
ライオネルは、ミレイユに気付かれぬように長い長い溜息をついた。
あっという間に夜が来た。
ライオネルは、後ろ手に“例のもの”を隠し、夫婦の寝室へと足を運んだ。
(なんだか、久しぶりだったせいか、肌を丹念に手入れされた気がするわ⋯)
ミレイユは、寝室の椅子に腰を掛け自分の肌を触って確かめていた。
私室から出てきたライオネルを笑顔で迎えたミレイユは、ライオネルが、笑顔を張り付けて、ぎこちなく寝台へ移動すると、枕の下になにかを隠したのが見えた。
「ライオネル様?」
ミレイユは、首を傾げてライオネルの様子を窺ったが、笑顔が張り付いている。
(聞かないほうが良さそう⋯よね?)
見なかったことにした。
いつもと変わらず、ライオネルがミレイユの傍まで来てくれるのを嬉しく思う。
ミレイユは、椅子から立ち上がると、堪らずライオネルの胸に抱き着いた。
そのままスーッと吸い込んでライオネルの匂いを堪能する。
シュトラール家の石鹸の香りとノルデリアで使う洗剤の匂いだ。
「はあ⋯、帰ってきた、て今ようやっと実感いたしましたわ」
ミレイユの無邪気な一言に、ライオネルは笑いを漏らすと「おかえり」と優しい声音で言ってくれた。
ミレイユの心にライオネルの声がしみ込む。
「ただいま戻りましたわ。本当に戻ってこられたんですね、私達⋯。ライオネル様もおかえりなさいませ」
と、ミレイユは、眦を濡らすと笑顔で返した。
そんなミレイユの姿にライオネルは、いじらしさを感じ、ギュッとミレイユを抱き締めた。
「⋯不安にさせてすまなかった」
「私の方こそ⋯元々は⋯、て、フフ。何度も同じ事を言っておりますね、私達。無事に戻ってこられましたし、今夜でこの話は、終わりに致しましょう」
と、ミレイユはライオネルの首に腕を回して、少し照れたような上目遣いで見遣る。
「⋯そうだな」と、ライオネルは、屈んでミレイユの唇に唇を合わせた。
唇が離れたと思ったら、そのままライオネルに抱き上げられた。ライオネルとの距離が近くなった分、ミレイユの方から唇を重ねた。
「ん⋯」
徐々に深くなってくる口づけに、サライアで始めて交わした時のようにミレイユは、深い口づけの正解が分からないまま懸命に舌を絡ませて、ライオネルの動きに応えた。
「はあ⋯、ライオネル様」
息も切れ切れのミレイユは、鼻で呼吸をすることを教えられる。
練習とばかりに口づけを再開すると、たしかに呼吸が楽になった。
「ふふふ、一歩成長しましたわ」と、ミレイユは、得意げにライオネルに言ってみた。
そんなミレイユの様子に、ライオネルは微笑む。
「セラから伺いました。閨事の学習の続きは、ライオネル様が教えて下さると」
「⋯ッ。そうだな、そのよう⋯だな」
ライオネルは、ぎこちなく答えながら、ミレイユを抱き上げたまま、寝台の傍まで歩き出すと、そっとミレイユを寝台へと下ろした。
その横にライオネルが座る。ギシリ、と寝台が沈むと、ミレイユの身体は傾き、ライオネルにもたれかかった。
「あ、ごめんなさい」
体重が増え、前よりも沈みに抵抗できるようになったが、油断すると、どうしても転がってしまう。
「なに、かまわん」
と、ライオネルは、ミレイユの肩を包むように抱き寄せると、
「⋯閨事の学習の件なんだが、その、教科書ではなくて、ところどころ、実地で行う部分が出てきてしまった」
ライオネルがしどろもどろ話し始めた。
「それでだな、私は、男で、ミレイユの身体にかかる負担が良く分かってない。嫌だとか、痛いとか苦痛を強いる場面が出てきた場合は、遠慮なく声に出して欲しい」
と、ライオネルは、ミレイユの目線を外しては合わせ、外しては合わせる。
「はい。承知しましたわ。それで今夜は?」とのミレイユの問いにライオネルは、覚悟を決めた表情になった。
「?」小首を傾げてライオネルの様子を眺めるミレイユ。
ライオネルは、寝台から立ち上がると、先程なにかを隠したと思われる枕の傍に近付き、それを掴むと、ミレイユの傍まで戻ってきた。
「サライアの女性達にこれを使って教わったとセラから聞いた。その相違があってはいけないので、どういう教え方だったか、私にも教えて欲しい」
ライオネルの言葉に、途端に赤面したミレイユは、
「はい、あの、仰せのままに⋯」
と、言うと、寝台に「うんしょ」とよじのぼり、ライオネルに上がるように、お願いした。
寝台の上で対峙するとミレイユから、
「あの、私が合図をするまで目を瞑ってて下さいね」
と、言われたので、ライオネルは目を瞑る。
衣擦れの音がしだしたので少し胸がドキドキする。
(も、もしや裸でいるのではないだろうな⋯)
ライオネルの頭の中では、布団で隠した生まれたままの姿のミレイユの姿があった。
「⋯どうぞ、目をお開けて下さい」
言われるままに、ライオネルは、目をそぉーと開いた。
そこには、恥ずかしそうに寝衣を捲りあげ、下腹を剥き出しにして、股を開いたミレイユの姿があった。手にはミレイユが作った“例のもの”を持ち、頼り無さげにそれで秘部を隠していた。
「これをここにと⋯と教わりましたわ」
そっと、あてがう仕草にライオネルは慌てて止めようと、ミレイユに向かったところで、シーツに足が取られて、もつれ倒れた。
目を開けると目の前に、ミレイユの⋯
「うわあ!!」と、ライオネルは飛び退いて、そのまま寝台から転げ落ち、頭をしたたかに打ち付けた。
(は、半年後に⋯魔物に殺される前に、今死ぬかもしれん⋯)
ライオネルは、静かに目を瞑った―――。




