王太子からの使命※注意※がっつり男同士の接触描写あり【第二章・完結】
「まあ、良いわ。サライアの国はお主にはない価値観を持ち合わせておるからして、良い刺激を与えてくれたと思うぞ?」
ライオネルと王太子の間に風が吹く。
王太子の前髪がサラサラとなびいた。
「奥方を大事にするのは良いことじゃと思うが、ちと遅い。枯れるにはまだじゃろう?顔はおじじじゃがな」
と、言うと、「くっ」と王太子は肩を震わせて笑うのだった。
(⋯そんなに老け込んだか?)
ライオネルは、己の顎を擦る。ついでに火傷の傷を治した。
「はよ、戻るぞ。我は聖女に会いたい」
そう言うと、歩き出す王太子。
ライオネルは、その後ろを付いていく。
「それにしてもここの土地は、前より汚れたのぅ」
王太子は、ぽつりと言った。
「こちらが呼んでも、多くは応えぬ」
「前はそこの建物を吹き飛ばすほどの威力があったんじゃがな、今回はちと弱かった」
と、ライオネルの前を歩き、指差す王太子のつむじを新鮮な気持ちで眺めながら、ライオネルは建物に目を移す。指し示すその建物は、結構な大きさだった。
(よその国に行って、なにをしてるんだ、この王太子は)
と、呆れる。
「あのたわけた長男に、もう少し環境を良くしろ、と言うてみるかの」
強大国の第一王子よりも年下だろう自国の王太子の物言いに、ある種の恐怖を覚えるライオネルだった。
転移装置の間では、ミレイユにナディーラ、ジャリールに第一王子までいた。そして、渡航のために辺境伯領から運んできた山のような荷物。
サライアの王は、若いものに任せて、見送りはしないという。
王太子が不遜な態度で王の不興を買わずに済んだことに、内心ホッとするライオネル。
「おい、たわけ」第一王子に向かい、とんでもない呼び掛けをする王太子。
「何用で!?」王太子の前に飛んでいく第一王子。
その様子を見ていたライオネルは、
(⋯何故、罵りに素直に返事をするのだ)
と、驚愕する。
二人の関係性が全く見えない。強大国と小国の立場のはずが、まるで主従関係のようだ。
ライオネルは、二人の様子をまじまじと見ていると、
「俺の兄貴、ちぃっとばかし、いたぶられたい欲求が強いんだよな。ほら、需要があればなんでも作りたがるから」
いきなり背後から声を掛けられギョッとする。声の主からしてジャリールだ。
忘れていたが、サライアの者たちは気配を消すのが、うまかった。
「いきなり、なんだ貴様は」
と、言うライオネルの抗議を無視して、
「お前のとこの暴君は、非協力的なくせに利用する時は、兄貴を馬車馬のように使うからな」
「それは⋯すま⋯ない」ライオネルの背中に冷や汗が伝う。
(⋯⋯抗議して良いのでは?⋯戦争に発展する前に)
ライオネルは、第一王子の機嫌が気になり、様子を見る。
「お主、水の毒のことを心配するのは良いが、土や大気の環境も考えたらどうかえ」と、王太子の小言に、しきりに頷く第一王子。
「それが、たまんねーんだって」
ライオネルの横に移動した、ジャリールが馴れ馴れしく肩に手をやる。
「⋯⋯⋯そうか」
ライオネルは、深く溜息をつくと、
(この弟にして、あの兄ありだな)
と、心配するだけ無駄だと悟った。
「で、どうなわけ?ミレーユとは?」
ジャリールは、指で卑猥な意味を含む形を作る。
(その形は、全世界共通なのか⋯?)
ライオネルは、苦虫を噛み潰したような顔でジャリールを見た。
「なぜ、貴様に教えねばならぬ」
「気になんじゃねーか」
(気になるもなにも、何も無い)
ライオネルは、ジャリールのしつこい問いかけを完全に無視していると、察したジャリールが憐れんだ表情になり、
「まだ、なんだな⋯」
と、ライオネルの肩に置いた手を外すと、ポンポンと、ライオネルの背中を優しく叩いた。
ひどく不愉快だった。
「そんな、可哀想なライオネルちゃんに良いこと教えてやるよ」
「いらぬ」
「そう頑なに、拒むなって」
と、言いながらどう見ても悪巧みをした表情のジャリールが、ライオネルの両手を掴んできたので、無理矢理振りほどいた。
「あ!!」と、ジャリールが下を指差す。
反射的に目線を下に向けたライオネルの首根っこをジャリールは片手で掴み固定すると、ライオネルの襯衣の前合わせをもう片方の手で掴み引き寄せ、無理矢理唇を合わせてきた。
「んぅ」
舌を絡ませられ、敏感な部分をなぞられ舌を吸われる。
ライオネルは、慌ててジャリールの肩を押しやり、
「なにをする⋯ッ!」
と、顔を真っ赤にしながら抗議をすると
「ライオネル、おまえ、ミレーユより隙だらけだな」
と、言うジャリールに嗤われた。
「お前下手そうだから、もう少し教えてやりてーんだけどな。こん時使え」と指でまた卑猥な意味の形を作ると「頑張れよ」と、声援を送られた。
「せぬわ!!」と、どこかへ行くジャリールの背中に向かって、ライオネルは吠えると、ガックリと項垂れた。
(一生の不覚⋯っ!!)
疲労度がまた急上昇したライオネルに、
「ライオネル様⋯」と声がかかる。
そのか細い声に、ハッとして慌てて顔を上げると、両手いっぱいに、袋を抱えたミレイユがいた。
「まさか、ジャリール様と⋯」
と、言うとボロボロと涙を溢れさせた。
「み、ミレイユ、違う、これは断じて、違う」
慌てるライオネルの背中で、
「お前、ミレーユ泣かす奴は許さないんじゃなかったっけ?」
と、元凶がしれっとした顔で戻ってきた。
「かーわいそ、やっぱり俺んとこ来いよ、ミレーユ」
両手を広げて抱きしめようとするジャリールの手を叩くと、「さては、貴様、わざとだな!!」とライオネルはまた吠えるのだった。
ミレイユが抱えていた紙袋は、第一夫人ナディーラからの化粧品の類だった。
買いに行く時間がなかった、と残念がるミレイユに、たくさんの手みやげを渡してくれたらしい。
「ひどい⋯ライオネル様⋯ジャリール様と熱烈な」
グスッグスッと泣くミレイユの背中を擦りながら
(⋯⋯それ以上は言わないでほしい⋯)
と、心から願うライオネルに、揉め事の元凶が近付いてきた。
(⋯コイツ、さっきからフラフラフラと⋯)
ライオネルは、ミレイユの背を擦りながら、ジャリールを憎しみを込めて睨んだ。
ライオネルの憎しみの目線など、どこ吹く風。
「そう落ち込むなってミレーユ、俺とお前だってしたじゃん」
⋯と、ぶっ込んできた。
「⋯⋯そう言えば。⋯⋯では、事故⋯でしたか」
(⋯ジャリールとミレイユの口づけ⋯⋯事故と思って処理してたのか)
私はけっこう傷ついたぞ、とライオネルは内心思いながらもライオネルとジャリールの件も誤解が解けたようで安堵する。
王太子と第一王子の話が決着したようなので、やっとノルデリアに帰れるようだ。
転移装置は、外から操作する者が必要なのかと思ったらそうでもないらしい。
なぜノルデリアの操作台は、あんなに遠かったのか、と、疑問に思っていたら「帰りしなに道連れにされるでのう」とライオネルの様子に気付いた王太子に言われた。
(なるほど、⋯⋯否定は出来ない)
好色の国、サライア。もう二度と訪れたくはない⋯。
手を挙げ見送るジャリールが、歪む。
第一夫人、ナディーラも。
第一王子も。
皆が歪んで、身体が大気に混じるような感覚を感じた。
気付いた時には、数日前に見た、景色。
石造りの何も無い部屋。
遠く離れた操作台。
見慣れた制服の使用人が何人も待機していた。
肌で感じる寒さで実感する。帰ってきたのだ。ノルデリアに。
全身から脱力する。疲労を一気に身体に感じた。
はぁああ、と深い溜め息が出た。
「くっ」と、笑い声が横から聞こえた。
「相当まいったようじゃのう。夜も遅い。おじじと奥方には部屋を用意しておるからの。屋敷には、明朝戻れば良い。ふふ」
王太子は、おじじのライオネルが相当気に入ったらしい。
ミレイユと部屋は別だったが、サライアで嫌な思いをしたせいで、一人では、眠りたくはなかった。
体を清め、簡素な寝衣に上着を羽織り、訪れたミレイユの部屋で、先ほどまで朝だったというのに、疲労困憊のせいだろうか、二人で抱き合って眠った。
翌朝、下城しようとするライオネルに王太子から呼び出しがかかった。
相変わらず、小部屋に通されたライオネルは、そこで王太子から、
「半年後、懐妊した聖女の産み月が来るでの。魔物の森の結界に|綻びが出ると予測されておる」
魔物の森とは、辺境伯領と隣国を跨ぐ森だ。
くだらぬ条約で保護区とされている。
「ライオネル、半年までに研鑽を積み、命を賭して戦うのじゃぞ」
サライアに王太子御自ら迎えに来た意味を、理解した。




