再び降臨、王太子
無理やりミレイユから引き剥がしたところで、廊下から扉が叩かれた。
「ジャリール様!ノルデリアより『不落の君』がご到着なさいました!ただいま、第一王子が向かっております!」
「マジで!?」
と、その報告にジャリールは声を上げ、羽交い締めにされていたライオネルの胸から飛び出すと、急いで戸口に向かった。
「⋯ふらくのきみ?」
聞いたこともない名前に、ライオネルは首を傾げた。
「お前んとこの王太子!ウチで通称『不落の君』!」
そう、言うと廊下を掛けていった。
「なんと⋯」まさかの王太子直々に迎えとな。
ライオネルは己の寝間着姿にハッと気付くと、慌てて着替えるために寝室に駆け込んだ。
「ミレイユ様、私はジャリールの後を追います。皆が向かう方向に、王太子様はいるかと。では、後ほど」
と、いうと、ナディーラも部屋から出ていった。
着替えたライオネルは、廊下に出るとミレイユを抱きかかえて走った。
皆が行く方向に王太子がいる、とのミレイユからの教えられ半信半疑だったが、宮殿のものがみんな向かっているのでは、というほどの人の波である。
「な、なぜ⋯」
疑問は、外から聞こえる爆発音とともに判明した。
王太子の魔法である。
「な、なんてことを⋯っ!」
ライオネルとミレイユが木端微塵ではなく、大国に喧嘩を売るような真似をして、自国のノルデリアが木端微塵になるではないか。
(強大国でなにをやっているのだ!あの方は!)
人垣の中央に王太子がいた。
「⋯これだけの威力しか出んとはのぉ」と、王太子は、空に火の玉を上げると高く高く跳んだ火の玉が、炸裂する。
周りは、キャーキャー叫んでいるが、何故か笑顔である。
「まあ、綺麗⋯。夜ではなく残念ですわ」と、ミレイユは、呑気な感想を述べている。
「な⋯なに?なにが起こっているのだ⋯」
息切れをしながら王太子を見つめるライオネルに、ジャリールが、気付いて寄ってくる。
「お前んとこの王太子は、相変わらず派手だな!」
と、子供のような笑顔である。
「なにが起きているのだ⋯。王太子は⋯」
王太子を目をやると、火の竜を従えていた。
その後ろでは、サライア人達がとりあえず、キャーキャー言いながら笑顔で燃えそうな物を火の竜に放っていて「焚くな焚くな」と、ジャリールが、注意しに走っていった。
(あれは、王太子が指し示した場所に向かって、紅蓮の炎を吐くという炎の竜では⋯⋯ん?なんか、やけに小さいな)
と、考え巡らしたところで、王太子と目が合った。
瞬間、王太子がライオネルを、指し示した。
「え?」
炎の竜の口が大きく開く。
人垣が割れて道が出来た。
ライオネルの前の見通しが良くなった瞬間、竜の口からライオネルに向かって炎が吐き出される。
人々が笑顔で叫び声を上げる。
向けられた本人たちはたまったものではない。
「ちょ⋯っ!」
ミレイユをかばい、服を焦がし、己の髪を焼きながら、ライオネルは、避けた。避けた。避けた。
ミレイユはライオネルの動きの邪魔にならないように、必死でライオネルの身体から離れず、重心に合わせていた。
王太子は、そんな二人に容赦なく連続で、炎の竜に目標を指し示す。
(せめて、ミレイユを下ろしてからにしてほしい⋯!)
周りでは観衆がキャーキャー叫んで、口々に好き勝手に囃し立て、ライオネルに声援を送っている。
炎の竜は、炎を吐く度に小さくなってゆき、やがて手のひらサイズの竜になると『ケポっ』と鳴いて姿を消した。
王太子がなにもしてこないのを見計らって、ミレイユを下ろすと、素早く怪我が無いかを確認する。
無傷で守り切れることが出来たようで、ホッとする。
ミレイユがライオネルの頬に手をやった。
どうやら、髪を焦がした際に、頬を焼いたらしい。
ミレイユの、手を掴むとそっと下ろし、「大丈夫だ」とライオネルは、妻に安心してほしい一心で声をかけた。
ジャリールの第一夫人ナディーラが、かけ寄ってきたのでミレイユ預ける。
ミレイユとナディーラが去る後ろ姿を眺めながらライオネルは、ほっと息を吐いた。
「ライオネル」
王太子から声がかかる。
振り向くと、灼熱の炎を扱う者とは思えぬほどの冷ややかな眼差しで、
「おぬし、第二王子の元へ、夫婦で嫁いだというのは、まことかえ?」
と、ひっくり返りそうなことを聞いてきた。
(なぜ夫婦で嫁ぐ!?)
「な、な、な」しかし、驚きすぎて言葉に出来ない。
ライオネルのその様子に、憂いた表情へと変わる王太子は、
「試される国と忠告したのにのぉ、囚われおって⋯」
と、言うと手の平が赤く光りだす。
「違います!誤解です!誰も嫁いでなどいません!」
やっと、言葉に出来たライオネルは、簡潔に必死で弁明した。
「まことかえ?そう報告を受けたのじゃがのぉ」
(誰にだ⋯!)と、報告したものを恨めしく思いながら、
「誤解です」
キッパリというライオネルに、王太子は安堵の表情を浮かべニッコリと微笑むと、
「そうかえ?もし我を裏切るようなことがあるならば、と思い来たのじゃがのぉ。杞憂ならば良い」
「ただし、覚えておれよ、ライオネル。お主が裏切った瞬間、我はこの炎で、お主を骨も残らぬほどの塵と化すぞえな」
と、言い切るとサラサラと揺れる赤髪と、幼くも見える可愛らしい笑顔をライオネルに残した。
「羨ましい!!!」
と、聞き慣れぬ声が響いた。
(今度は、なんだ⋯)ライオネルは、情報過多でまだ朝だというのに、疲労困憊である。
とりあえず、声のする方を見遣った。
また、身に覚えのない男がいた。王太子の直ぐ側だ。
なにかを必死で手に持った物に書き込みながら「私も塵にされたい!」などと言っている。
「たわけ、屠るぞ」と、王太子は返していた。
眼鏡を掛けて、サライアでは珍しく若干色白のその男は、王太子の言葉に「歓喜!」などと言っている。
「あれ、俺の兄貴」
いつの間にかジャリールが、寄ってきていた。
「そして、お前のとこの王太子の心酔者」
(⋯あ、あれが第一王子なのか⋯。しかし、悪趣味な⋯)
ジャリールが言っていた、需要があればなんでも作る、という第一王子は、何故か王太子に心酔しているという。
「なぜ⋯」
素直な疑問が口に出る。
「考え方が古すぎて、逆に新鮮らしい。あと顔だな、顔。兄弟で好みに弱くてよぉ〜」
(なんだそりゃ)
ライオネルは、呆れ脱力する。
王太子がもう魔法を使わないと見るや、観衆は、皆散り散りと去っていった。
「⋯ここは、王族の権力は薄いのか?」
王族を残して去る、という習慣がないノルデリアでは驚くことである。
「自由の国だからじゃねーかぁ?」民衆に去られた王族の一員は、気にしていないという呑気な一言。
「そんなもんなんだな」
王太子を見遣る。サライアの第一王子には、袖すらも触れさせないという躱しようで、ライオネルの元に悠然と歩いてくる。
(強大国だろうが、どこでもこの振る舞いなのだな)
と、その様子にライオネルは、半ば感心する。
「ほれ、我が迎えに来てやったのじゃぞ、ライオネル。感謝せい」
ライオネルを見上げ、小首を傾げる王太子に「うーん、可愛い!」と、ジャリールが言う。
(コイツは、節操というものをどこかに忘れてきてるのか)
ライオネルは、呆れた様子でジャリールに目線を送った。
「なんじゃ、お主は」
ジャリールの姿を今認識しました、という王太子の態度。
「ああ、お主がライオネルを弄んだとかいう第二王子かや」
と、王太子はとんでもないことを言う。
「王太子殿下⋯それだと語弊が⋯」と、ライオネルは訂正を求めるが、
「なんじゃ、間違っていないであろう?お主、自分の奥方が取られそうになって、メソメソ泣いとったそうではないか」
「な⋯っ!」
声も出ないライオネルの横で、吹き出すジャリール。
「そうだったんでちゅか〜?ごめんね〜ライオネルくん」
すかさず、ジャリールがライオネルの頭を撫でながら、からかって来る。
「やめろ」と、ライオネルはその手を振り払った。
「なんじゃ、お主ら、こじれた割には仲良くなっておるではないか。やはり嫁⋯」「違います」
ライオネルは、怒気を抑えて王太子の言葉を訂正した。
「我の言葉を遮るとは、偉くなってからに⋯」
その言葉にライオネルは、反射的に腰を深々と折った。
その様子を間近で見ていたジャリールは、「こっわ」と漏らすと、口を抑えてソロソロと離れ、兄の第一王子の元へと行った。
周りに人がいなくなるのを確認した王太子は、ため息をひとつ吐くと、
「やっと、虫がいなくなりおったか。面を上げよ、ライオネル。楽にせい」
と、声を掛けた。
(虫が寄ってくるきっかけを作ったのは、誰のせいだ)と、思いつつ、ライオネルは、姿勢を正すと、
「して、此度の件、なぜこのようになったか、経緯を話してみよ」
ライオネルは、渋る王太子を日陰まで案内すると、サライアに着いてから今日までのことを全て話した。
「ふうん、濾過装置とな。余計な世話よのぅ」
王太子の頭の中は、外国製品に魅了された外交官の処遇をどうするのか、考えているのだろう。ライオネルと視点が合わない。
王太子の思考が戻ってくるまで、ライオネルは黙って待つ。
ジリジリと日差しが強くなってくる。
日陰に移動して正解だったな、とライオネルが他愛のないことを考えていると、
「ふふ」
と、王太子から笑い声が洩れた。王太子に目をやると、
「おぬし、余程疲れておるようじゃのぅ。いつになく顔が疲労しておるぞ。まるでおじじ⋯じゃな」
というと、肩を震わせて笑った。
(誰のせいでこうなったと⋯)
「すまぬすまぬ。あー、腹が苦しいのぅ。それで、サライアの国はどうだったかえ?おぬしら、ずっと王命に逆らっとるからのぅ。良い刺激になったのではないかえ?」
王太子の言葉に、ライオネルは目を見開く。
「まあ、おぬしの話からして、奥方とは会えなかったそうじゃがのう。あの若造、ほんに余計な真似をしてくれたわ」
(⋯知っているのか、王太子は)
まるで、ライオネルの心を読むように王太子は鼻で笑うと、
「我を誰と心得ておるのじゃ」
と、口の端を持ち上げて言った。




