舌戦
開いた口がふさがらないといえば、聖女を娶ったきっかけも、誰もが唖然とした出来事を、ライオネルは思い出した。
あれはいつだったか、これまでの功績を称えて聖女を民衆にお披露目するのに、立太子してすぐの王太子も同じ馬車に乗り込んだ時だった。
広場に二人降り立つはずが、いつまで経っても降りず、声をかけてようやっと降り立った時は、王太子ひとりのみ。しかもきっちり着ていた礼服を若干、着崩して。
(あの時の、王太子のすました顔は、間近で見た者は、忘れられないだろうな)
一般人へのお披露目、という名目だったので、その後に催される宴のため、貴族たちはほとんど城にて待機をしていた。
ライオネルもその内の一人。
城から離れた広場では、王太子は、慌てることも悪びれる様子もなく、乱れた衣服をゆっくりと整えると、お披露目のはずの聖女が現れないことに訝しがる群衆に向かって、悠然と微笑み、挨拶をしたという。
護衛や側近が「勘弁してくれ⋯」と、漏らした愚痴という名の目撃情報である。
その後、王太子だろうが聖女だろうが、若い男女を二人きりにするな、と揉めに揉めて大いに揉めて、それから程なくして、聖女の王太子への輿入れが決まった。
なんでも以前から二人は級友で顔見知りで、王太子は時間が空けば、聖女の元に繰り出していたという。
隣国の王子とも聖女を挟んで争ったとか、噂が噂なので真偽の程は定かではないが。
歪んだ聖女信仰である。
(サライアといい、王族というものは節操が無いのか⋯?)
そんなことをうつらうつらと思いつつ、少し眠ると朝が来た。
静かに扉を叩く音がする。
ノルデリアの城の侍女を向かわすと言っていたな、とライオネルは、のそりと起き上がると廊下へと続く扉を開けた。
そして、そこに立っている人物を確認し、驚いた。
第二王子のジャリールが立っていたのだ。
「よう。邪魔するぜ」
唖然とするライオネルを尻目に、ジャリールは脇をすり抜け、一直線に寝室を目指していく。
「あ、おい⋯っ」
ライオネルは、ジャリールを追い越すと、慌てて寝室の扉を閉めた。侍女が来るのかと思い、開け放していたのだ。
「だよ、ケチーな。せっかく夫婦の契りを交わしたばっかのミレーユを拝んでやろうと思ったのによ」
「ケチで結構。拝まなくてもなんの御利益もございませんので」
その言葉に、ジャリールは笑うと「なかなか言うじゃねーか」と踵を返し、昨夜、ジャリールの妻が座っていた場所にどかりと座ると、クッションに身体を預けた。
「ナディーラに聞いたぜ。誤解が生じてるってよ」
と言うと、口の端を上げ、ライオネルに座るように指し示した。
ライオネルは絨毯に腰を下ろすと、ジャリールの次の言葉を待った。
「でも、どうしよっかなぁ〜。親父にはもう了承貰っちゃったしよぉ。俺は、ミレーユが欲しいし〜」
ライオネルを眺めながら、そう口にするジャリール。
「妻を差し出す礼に、我が国に濾過装置を無償貸与する、という話が出ているとか」
「ああ、大臣たちが決めたことだぁな。なに?奥さんくれるの?どーも」
「やらん」
(しまった。つい、ジャリールの言葉に反応して、不躾な即答をしてしまった)
ライオネルは誤魔化すように咳払いをすると、
「我が妻に関心を抱いていただいたことは、大変な栄誉ではございますが、なにぶん私には唯一の伴侶でありますので、此度の件は、ご断念いただきたく存じます」
というライオネルに対して、
「仰々しいし、堅苦しいなあ。さっきみたいにもっと気軽に話そうぜ?ライオネルちゃん」
と、からかうような物言いのジャリールに、苛立ちでピクリとライオネルの眉間が反応する。
(⋯⋯言葉より先に手が出そうだ)
ライオネルは、心に青筋を立てつつ、なるべく平静を装った。
「それよりもよぉ、どうだったよ、初めての夜は?え?」
「⋯⋯はて、なんのことやら」
「しらばっくれちゃって。教えてくれねーんなら、ミレーユの身体に聞いちゃおっかな」
と、ジャリールはライオネルを挑発するような口ぶりだ。
「どうせ今日から四番目になるんだし」
“唯一の伴侶”という、先程ライオネルが申した言葉を逆撫でするような言葉だった。
「そんな機会は訪れない」
つい、ライオネルは口に出してしまった。
(しまった。つい、ふざけた物言いに乗ってしまった⋯)
ジャリールに視線を送ると、さして気にしていない様子。
寧ろ満足げな表情で、「仰々しい物言いを止めてくれたら、ミレーユのことを考えなくもないかなぁ〜」などと言い出す始末。
「では⋯」仕方なく、という表情をライオネルは作ると、ジャリールの望むとおりに、普段のライオネルの口調で喋ることにした。
内心は、こいつに謙る必要もない、と思っていたのでジャリールから許しを得たことは、ライオネルとしても願ったり叶ったりだった。
「先程、そちらも誤解が生じていると申したとおり、私の妻のミレイユは、なにも知らなかった。本人の了承も得ずに事を運ぶのはいかがかと思う。それにミレイユ自身がそちらに嫁ぐことを望んではいない」
ジャリールは、ライオネルの意見を聞き頷くと、
「お前の言い分は、わかった。が、ミレーユの口から聞きてぇなぁ」
本人の口から聞かずして、承知することは出来ないといった様子。
「でもよ、ライオネル」
親しく呼び捨てしてきたジャリールの物言いに、
「はて、ライオネル?いくら王族で立場が上とて、礼儀知らずの無礼者を友人として受け入れた記憶は一切ないのだがな」
と、ライオネルは答えた。
その態度に、
「ふ。言葉遣いを改めた途端に態度まで変わるとはよ、良い性格してるじゃねぇか」
ジャリールは、鼻で笑うとライオネルを見据えて「気に入ったぜ」と、言い放った。
「まあ、良い。おめぇんとこの城のもんだけどよ、ミレーユがこっちに輿入れするのに大層乗り気だったぜ?」
そして、余計な一言。「お前さん、人望無いのな」
ジャリールは続ける。
「濾過装置は、あんまりにあちらさんが褒めるからよ。うちの大臣が無償貸与をちらつかせたら、飛びついて来たから契約したって話」
「ちなみにこっちもよ、代わりの女を用意してたんだぜ?」
と、言うと「どうよ、ちょーとばかし味見してみるか?」と、ライオネルを誘った。
「いらん」と、素気なく断るライオネルに、
「さっすがノルデリア!お堅いねぇ〜」と、ジャリールが囃す。
ライオネルは、その言葉も完全に無視をすると、
「濾過装置の件は、大変申し訳ないことだが、最新鋭の技術にのぼせ上がってしまった故の個人が暴走しての契約だ。国の意向ではない。故に、今回の契約は破棄していただけるとありがたい」
と、ライオネルは下げたくもない頭を、仕方なく下げた。
「おいおいおい、そんなガキの使いじゃないんだからよ。注文したものを間違えました、ごめんね、契約は無効で!で、済まないの。こっちはもう生産指示出しちゃってんだよなぁ〜。いくら無償貸与でも在庫抱えちゃうなぁ〜。どうなってるの君の国?そんなんで外交やっていけてんの?」
ジャリールは、ライオネルをこき下ろす。
(この王子の頭を剣で一突きにしてやったら気分が良いだろうな)
と、ライオネルは、物騒な考えに思いを巡らす。
ライオネルは、ジャリールを一瞥するとにっこりと微笑んで、
「こちらの不手際で申し訳ございません。強大国と聞いていた割には、第二王子は、セコくてみみっちくて、器が矮小で、型にはまった人材で、驚いたなー。⋯⋯あー、しまったー。心ノ声ガモレテシマッター」
と、ジャリールをまっすぐと見ながらライオネルは人形のように言い放った。
その言葉に、ジャリールは、
「⋯言うじゃねーか、弱小国の割にはよ」と、口の端を歪ませながら返した。
ライオネルも、フンと鼻を鳴らすと、「大国の王族としての品性の欠片もない、物騒な物言いをする方には負けますがな」と、見据えて言い放つ。
見えない火花がバチバチと散った。




