揺るがぬ誓い
「しかし⋯」食い下がろうとするライオネルに、外交官は、
「それに、あちらの国からは礼として、簡易濾過装置なんぞ無償で貸し出ししてくれるそうですしね。期限付きではありますが。シュトラール卿のご決断のお陰で、やっとうちの国も井戸水生活ともおさらば出来そうですな!」
(⋯たしかにうちの国は、組み上げ式の井戸水だが⋯)
ノルデリアの国は、サライアの国に比べると便利さを捨てている。
魔力と自然霊は、密接した関係だからだ。
王室の、特に王太子なんかは、楽に依存してしまえば、やがて自然を蔑ろにする、自然を蔑ろにすれば自然霊との関係は薄れ、やがて魔力は枯渇する、という持論を展開している。
しかし、元々魔力が少ない人間も生まれるわけで。
そうなると不自由を強いられてるとしか思わず、王政に対して反発しか生まれない。
(ノルデリアは、若干鎖国めいた国。国外に出ない限りはそんな反発は、生まれないはず⋯)
サライアのような先進的な生活なんて知ってしまったら衝撃だろう。
この外交官は、触発されてしまったのだろうか。
(ミレイユをサライアに渡すのは、簡易濾過装置を手に入れるためでもあるのか⋯?)
強く反対しなかったことが、悔やまれる。
(王は分からんが、王太子はこの事を知っているのか?)
⋯知らない気がする。政府関係者の単独で動いているものなのか、とライオネルは思考する。
「王や、王太子はこの事は?」
外交官は一瞬目が泳ぐと、口を引き結ぶんだ。
「まさか、勝手に進めているのか」
と、聞くと、
「国民のためです⋯!毎日飲む水が澄んでいる、それだけで国民の生活は、豊かになる!それに、王太子妃であらせられる聖女様は、御子を授かっている!元気なお子を産むには、まずは環境を良くしないと⋯。⋯⋯貴殿は、それでも反対なさると⋯?」
国民を盾に、王太子妃の御子を言い訳に、外交官はそう語る。
「だからといって、私の妻を駒にして良いはずがないだろう⋯ッ!それに王命にも背いている⋯!」
怒りで声が震える。先程の酸欠が続いているのか、頭がクラリとした。
「貴殿がそれをおっしゃいますか?御自分から手を離そうとしたではございませんか?」
その言葉に、ライオネルは歯ぎしりをする。
「王命が、貴殿の血を濃く受け継いだ子の誕生ならば、サライアの女でも十分事足りるでしょう。なんでも経産婦を用意してくれるとか。石女かもしれない新妻よりも確実ですな」
そういうと、外交官は薄ら笑みを浮かべた。
一年も経とうとするのに、未だに妊娠の兆しのないミレイユを蔑んだ物言いに、ライオネルは拳を握る。
「私の妻は、ミレイユだけだ。王命に背こうが、ミレイユ以外は娶るつもりは、無い」
震える拳でライオネルは、続ける。
「それと、先程から女性に対しての言葉が、聞くに堪えない。私の妻に対してもだが、サライアの女性に対してもあまりにも失礼だ」
「ミレイユを差し出すのなら、私はここに残る。妻は、何も知らなかったんだ」
ライオネルは、外交官の男にそう捲したてると、「失礼する」と、言い捨て、その場を去った。
部屋の扉を開けてくれたミレイユに、ライオネルは思わずしがみついてしまい「きゃあ!」と、声を上げさせ驚かせてしまった。
扉を開けた瞬間、ライオネルの姿を確認したミレイユの少し赤らめた頬と、照れたように笑む表情が可愛らしかったからだ。
腕を離してミレイユを解放したライオネルは、ミレイユに腕を引かれ部屋の中へと通された。
「おかえりなさいませ⋯」
そう言うとミレイユは、自分の方から「ここなら誰にも見られませんので」と、そっと、ライオネルを抱き返してくれた。
そんなミレイユがただただ愛おしい。
勘違いしていたとはいえ、この手を離そうとしたのだ。
外交官の言葉が胸に突き刺さる。
「すまない、ミレイユ。すまなかった⋯」
ライオネルは、静かにミレイユに謝罪した。
「ライオネル様⋯さっきから謝ってばかりですわね」
ミレイユは、抱擁から離れると、ライオネルの顔を眺め、つま先立ち、えい!とライオネルの顔に向けて両手を突き出した。
ライオネルの顔、目尻と、口角を指でいじられた。
「ふふふ、可愛い」ミレイユはご満悦のようだが。
顔をいじられているライオネルは、自分がどんな表情をしているのか、確認できない。
ただされるがままにニコニコ笑うミレイユを見つめた。




