それぞれの夜
絨毯に置かれたクッションに身を委ねることもなく、姿勢正しくナディーラは、ジャリールを見遣り口を開く。
「嫉妬している、と申しましたら?」
「心配すんな、ちゃんと抱いてやる」
胡座で座したジャリールが頬杖をついてニヤリと、笑った。
「⋯⋯」
ナディーラは、心の中で脱ぎかけた一肌をもう一度着ることにした。
「⋯戯言でございました。嫉妬なんてしておりませんわ」
「そうだろうな、お前の好みは、もっと丸い男だろ」
ナディーラのつんと逸らした頬に赤みが灯る。
「⋯まあ、よくご存知ですこと」
「まあな」
ナディーラは、側仕えを見繕っている中でも、特に気になっていた男性の様子を思い出す。
ふくよかな身体に短い手足が可愛かった。
幸せそうに両手で食べ物を掴んで美味しそうに食べていた。
(あの男の周りを食べ物で囲んでみたいわ⋯)
ふくよかな男性は市井の者だった。たまたま目にしたのだ。
王宮は、巨大な建物のせいか、移動だけでもとにかく毎日よく歩く。
そのせいか、宮中の者はみな、スラリとした身体つきだったが、ナディーラはそこが物足りなかった。
(宮中に召し抱えたら、慣れない生活で痩せてしまうかしら?たくさん食べさせてあげたいものですわね)
ナディーラは、霧散しつつある側仕えとの酒池肉林を妄想をしていると、ジャリールに絨毯の上へと、押し倒された。
驚いて、妄想から覚めたナディーラにジャリールは言う。
「目瞑って、続けてみ」
「なに⋯を⋯」
夫の瞳に情欲の炎と好奇の色が混じっていることに、その様子から夫の性癖が歪みつつある事をナディーラは、その時知る。
ジャリールは言い出すとしつこい質なのを知っているナディーラは、仕方なく、言われるがまま目を瞑るが、先程の妄想の続きなど出来るわけがない。
夫であるジャリールから「その男とはどうしてぇんだ?」「お前に向かってなんて言ってる?」との言葉に、考えあぐねている内に、まさかの現実逃避の門が開き、ナディーラはそこへ導かれた。
ふくよかな男性が短い手足で一生懸命ナディーラに抱きついてきて、可愛らしい。
ふくふくの顔を見る。思わず笑みが溢れた。
ふくよかな男性は、ナディーラの胸に顔を埋める。
自身の胸に埋もれる男性に、思わず庇護欲が生まれそうなほど愛らしく感じた。
しかし、ふくふくとした丸い手が、不埒な手つきになったと気付いた時には、あっという間にナディーラは高みへと昇らされ、抵抗する間もなく、目も開けられないほどの悦楽の中で、ナディーラはジャリールでもあるその市井の男性に抱かれた。
耳を欹てていたライオネルの耳に衣擦れの音が止む。
しかし、まだミレイユからは、声がかからない。
(やはり、こんな形で事を成すのは間違っている気がする⋯)
元々、ライオネルの勘違いから始まったのが原因で、国を巻き込んでの夫婦危機となっているのだ。
「ミレイユ、やはり私は」
と、口にしたところで、掛布ごとミレイユに抱きつかれた。
「お止めになりますの⋯?⋯私が勇気を出さないから⋯」
ミレイユの震える声とともに抱擁に力が込められる。
「いや、違う。そうではない」
ライオネルは、慌てて掛布から顔を出す。
酸素がライオネルの肺を満たす。どうやら若干酸欠になっていたようだ。
首を巡らすとミレイユの裸体が目に入ったので、慌てて視線をずらす。ずらした視線の先に、家令のモーリスの姿を描いた。
首をもたげていた欲望が鎮まる。
「私は、ミレイユと夫婦揃って国へ帰りたいのだ。そのためには私は、両国に謝罪をしなければならない。元々私の勘違いから始まったこと。そのくせ自分の意見も言わずに諦めてしまっていた。すまない、戦うべきだったのに」
ライオネルは、ミレイユを掛布ごと抱き込むと、包んだ。
ライオネルは、決心する。
「私が戻ってくるまで、決して扉を開かないように。必ず戻った際は声を掛ける。私が出ていった際、鍵の掛け忘れはしないように。必ず戻ってくる、約束だ。では、行ってくる」
ミレイユのサライアへの滞在の延長を尋ねてきた外交官の一人である男の部屋を目指して、ライオネルは急ぎ足で向かった。
「え?ダメですよ、もう締結されたのに。無茶言わんでください」
しかし、部屋を訪ねたライオネルの頼みは、その男から無情な言葉で返されるのだった。




