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清らかなる無知




 部屋へと続く通路を、ミレイユはジャリールに手を引かれて歩く。


「ジャリール様、どうして⋯」言葉が続かなかった。


 ジャリールは、何も言わない。


 単に事故だったのだろうか。偶然、顔があったからぶつかっただけなのだろうか。


 しかし、事故だとしても避けきれなかった事を不甲斐なく、ミレイユの心は沈むのだった。


 侍女に化粧を直してもらっている間も、視察の間もミレイユの心はここにあらずだった。


 今日こそは、ライオネルと合流しようと思っていたのに、ジャリールに唇を許してしまった罪悪感で、顔すらも向けることはできなかった。


 夜の宴席では、サライアの女性達の宴席に座らされた。

 正直、ホッとした。

 

 女性たちとは、さして交流もなく、サライア語も分からないが、それでも、ジャリールやライオネルと同席しなかった事は、ミレイユにとってありがたく感じた。


「ミレイユ様。サライアの国はいかがでしたか?」


 話しかけられ、ミレイユはサライアの良いところを思い出しながら、当たり障りなく答えた。


「まあ、それはようございましたわ。では、ここで暮らしていくにも、さしてなにも問題なさそうにございますわね」

 にっこりと微笑んで言われたが、サライア流の冗談だろうか?

 とりあえず、微笑むことにした。

 

「ほら、ご覧になって。あちら、ジャリール様の第一夫人でございますわよ。他の二人は欠席していますけども。ミレイユ様は、ジャリール様の第四夫人になるのでしたら、今のうちにご挨拶なさったがようございますわよ」


 ⋯いまのも冗談だろうか。ジャリールに今初めて三人の妻がいることを知ったが。聞き捨てならないことも言われた気がする。


 サライアの女性は、「私が案内して差し上げますわ」というと、混乱しているミレイユを、ジャリールの第一夫人となる女性のところへと腕を引いて連れて行った。


 王族の女性も身分関係なく、女性たちの宴席の場所に席を構えていた。違うのは、皆キラキラと、しているところだろうか。

 見目が整っているのもあるが、身につけている装飾品の量が多い。


 ミレイユを連れてきた女性が挨拶をする。見様見真似でミレイユも挨拶をしてみたが、

「二人とも、そんなに畏まらなくてもよろしくてよ。貴方がミレイユ様ね?ジャリールの三人の妻を代表して第一夫人ナディーラが挨拶を申し上げますわ」と、にっこりと微笑まれた。


 綺麗な女性だった。薄布から見える肌は、サライアにしては珍しく、ミレイユと同じ白い肌だった。


「ふふ。白い肌が、珍しいかしら?サライアでは美人の条件のひとつに色白がありますのよ」

と、いうと微笑みながらナディーラは語る。


「薄布をかぶっているから分かりにくいでしょうが、召し抱えられる王族の女性は白い肌が多いのでしてよ。でも、褐色の肌に私、憧れていますのよ。健康的な美があるでしょ?それにサライアの衣装は褐色の肌に映えるの。私たちみたいに元々白いと、日焼けは火傷ですから、肌には良くありませんけど」


 朗らかによく喋る女性だった。

 ナディーラは、ミレイユをじっと見ると、


「貴方は、ジャリールの好みそのまま、抜き出したような方ね」

と、ニコリとほほ笑み口にする。


 社交辞令だろうか、自分よりうんと綺麗な方に言われても戸惑いしかない。


「別に嫉妬心なんてありませんから安心なさって。私はもう妻としての責務も果たしましたし、責務さえ果たせば、夫からは好きにして良い、と言われていますのよ」

そう言うと、「なので、今は見繕い中ですの」と言う言葉に他の女性がサライア語で第一夫人に話しかけてきた。


『まあ、そうでしたの』

『ええ、子供は乳母が育てているし、夫へのお役目はミレイユ様が一身で受けるでしょうから。子さえ出来なければ何人でも囲え、と夫が軽口でそうおっしゃたの。だからこの際、私も夫を見習って自分好みの側仕えを数人選ぼうかと』


『まあ、ふふ、それは忙しくなりそうですわね』

 女性たちは、笑い合う。

 そこへ、

「あなたが、ミレイユ様?」

 ミレイユよりも年下に見える少女が話しかけてきた。

「はい⋯、そうですが」

  

 応えるミレイユに、少女は無邪気な顔をして、

「あなた、ジャリールお兄様の第四夫人になるの?」

と、ズバリと聞いてきた。


 ミレイユもその件について、質問したかったので、口を開いた。


「あの、その件については私も初耳で⋯どういった経緯で私がジャリール様の第四夫人になる話になったのでしょうか⋯」


 女性たちが“え?”という顔をして、料理を脇に追いやり、ミレイユの取り囲むようにして詰めてくる。


「あなた、なにも聞かされていないの?」

「なにをでしょうか⋯」

「大臣達が、そちらの国の外交の方々と話し合って決めた、て仰ってたわよ。あなただけがこの国に残るって」


「⋯え⋯?」


「あなたの旦那様も了承した、って聞いたわよ、旦那様からなにも聞かされていないの?」


「ラ⋯夫とは、初日だけでその後は、全く話す機会が持てなくて⋯」

ミレイユは、頭が真っ白になりながら答えた。


「まあ、じゃあ身売りじゃないの」

 言葉がミレイユの頭を殴りつけてくる。


「⋯でも、⋯私、自国の⋯王から、ライオ⋯夫との間に子供を成すことを、⋯命令されていて⋯」

締めつけられる喉から、なんとか言葉を絞り出す。


 王命に逆らうことなんてライオネル様がするはずがない、と反論したかったが、声にならず。


 ミレイユの言葉を受けても、サライアの女性たちからは、無情の言葉を浴びせられる。


「ウチの国のと交換なんじゃないの?王命さえ果たせれば良いのなら」

「そうねぇ〜、あなたの旦那様のことが良い、て女性はうちには沢山いるし」


 ミレイユは、その言葉に目を見開いた。

(今朝の光景が、夢の光景が、まさか現実のものになるなんて⋯)


「それに貴女、ジャリールともう事を成したのでしょう?お召し物がそうだった、と噂好きの侍女が話していたわ」 


「事を成す?」


(⋯なにか成したかしら?)


 首を傾げたミレイユを見て「え!?違うの?」「体の関係よ!」と、次々とサライアの女性から言葉が飛ぶ。


(身体の関係⋯?今朝のくちづけのこと⋯?)


「⋯あの、今朝、事故でジャリール様と唇同士がくっついてしまったのですが、そのことでしょうか⋯」

と、恐る恐るミレイユが答えると


「なにそれ」

「そんなの挨拶の内よ」

「数にも入らないわ」


と、サライアの女性たちから一蹴されてしまった。


(くちづけって挨拶なの⋯?)

 文化の違いにショックを受けるミレイユだったが、ならば事を成すとは?ますます分からず、首を傾げた。


「あなた、まさか、知らないとか言わせないわよね⋯?」

なにかを察したサライアの女性の一人がそう質問した。


『知らないってなにをよ』

『は!まさか、ジャリール様ったら、寝てる間に!?』

『え!?なに一人だけ楽しんでんのよ!?これだから欲望先行の男は!』

『違う!違う!そうじゃない!ちょっと待って!』

騒ぎ出したサライア人女性を制止した女性が、ミレイユに向き直ると、

「ミレイユ様、あなた、ライオネル様とその⋯、なんて聞けばいいのかしら⋯知らない人に聞く聞き方を知らないわ」

『まどろっこしいわね!』 

『まず、なにを聞きたいのか、あたし達に説明してからにしなさいよ!』

そう言うと、サライア人女性らは、ミレイユをよそに、集まり固まると、なにやらゴニョゴニョと話しだした。


『え!?そんな馬鹿な!夫婦よ!』

『でも、たしかに会話が噛み合っていないし、察しも悪いわ』

『てか、王命受けてたとか話してなかった?』

『なのに、なにも知らないって、旦那は何してるのよ』

『旦那も知らないんじゃない?』

『旦那も!?アハハ!』


一人のサライア人女性がミレイユを、振り向くと

「あなた達、結婚して何日経つの?三日?」

と、聞いてきた。


その質問に、

「昨年の夏に輿入れをしました」

と、ミレイユが答えると


『 『 『 さくねん〜!? 』 』 』

 集まり固まった女性たちは驚いた。

 そしてまた、ミレイユをよそに、なにやらゴニョゴニョと話しだす。


『どうなってるのよ、ノルデリア人は』

『こちとら婚前交渉が当たり前の国なのに』

『深刻な顔して口づけした、て話す国よ。察しなさいよ』


「ミレイユ様、ちょっとお尋ねしますけれど、ノルデリアのお宅では、旦那様は、ミレイユ様の寝所に訪れますの?」


 くるり、とミレイユを振り向き、にっこりと尋ねるサライア人女性に、ミレイユも釣られて微笑むと、


「寝所は一緒で、手を繋いで寝ていましたわ。でも、最近は私が怖い夢を見るので、抱きしめて眠ってくれますの」


『 『 『 清 い ⋯ っ!! 』 』 』


サライア人女性たちは、またミレイユをよそに、なにやらゴニョゴニョと話しだす。



『ちょっと、どういう事!?夫婦でそんな状況で手を出してこない男っているの!?しかも一年近くもなにもないって⋯っ』

『いるじゃない!あそこに座ってる筋肉の塊が!』

『あれだけの物を持って、持て余してるなんてさすがに同情するわ⋯』

『え?そうなの?』

『男の身体にしか興奮しない、て線もあるわよ』

『あ〜⋯』


またもや、ミレイユを振り向くサライア人女性は、

「ちなみに旦那様は、その時、妙な動きとかなさいませんの?」

「妙な動き?」

「そうです。なにかあらぬところを触りだしたりとか」


「あらぬところ⋯?妙な動きはないと思いますけども、たまに寝室から出ていかれますわ⋯所用だと言って」


 淋しそうな表情になるミレイユをよそに、サライア人女性たちは、

『どっちだと思う?浮気?気がない?我慢?』

『三択になってるじゃない』

と、ヒソヒソと話し出すのだった。


『まどろっこしいわ、ミレイユ様にズバリお聞きするのよ』

『どうやって聞くのよ、相当知らないわよ』

『せめて、耳だけ年増ならねぇ』

『耳もお子ちゃまじゃあねぇ⋯理解できないんじゃないの?』


 うーん、と考えるサライア人女性の一人が

『そうよ!ミレイユ様をお部屋にお連れするのよ』

『なんでよ』

『実地よ。実地検証に決まってるじゃない。寝床はどこでも似たようなものでしょ。ついでに知らないのなら、私たちで房事がなんなのか教えてあげましょ』

『なにそれ、面白そうだわ』

『ノルデリアの房事事情なんて⋯どのようなものなのかしら』


 話が決着すると、サライア人女性たちは一斉にミレイユに振り向き、

「ミレイユ様、ちょっと私達についてきてくださらない?」

と、ミレイユを連れ立って大移動を開始するのだった。



 暫くすると、ぞろぞろと中座したサライアの女性たちが宴席へと戻ってくる。


『びっくりするぐらい、ほぼなにも知らなかったわ⋯』

『どこでどう育ったら、あんなに純粋培養に育つのかしら⋯』

『ちょっとだけなのに、教えたことへの罪悪感が湧くわ⋯』

『知って寝込むぐらいだしね』


 女性たちは、席に座ると次々に喋りだす。

 脇に追いやっていた、料理を中央に戻すと酒を杯につぎながら、話すのは、ミレイユに関してだ。


『一年も手を出さない、じゃなくて出せなかったのね』

『でも、理解して恥じらう姿は、可愛らしかったわ』

『男はああいうのに弱いのはなんとなく理解したわ』

『私にもああいう時代があったわね、て感慨深かったわ』


『でも、知ったところで、初めての相手がライオネル様ではなく、ジャリール様になるのは、ちょっと可哀想だわね⋯』


『ミレイユ様は、耐えられないでしょうね』


『ナディーラ様、第一夫人としてジャリール様に異議申立てみては?』


 皆の視線がナディーラに向く。


 ナディーラは、溜息をつくと、

『⋯簡単に言わないで。国同士が決めたことに口出しできるわけないじゃない⋯』

と、力なく言うのだった。


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