価値観の断層※閲覧注意・同性同士の接触描写あり/暴力・羞恥描写あり
ライオネルは自由のきかない、尊厳を踏みにじられているこの状況下で、舞踏会での一幕を思い出していた。
あの夜目撃した、ゼルバン男爵に組み敷かれていた妻のミレイユも、このような状況下に置かれていたのかと。
よく戦った、と思う。ドレスは破れ、綺麗に結い上げた髪を引きちぎられボロボロになりながら、恐怖で身をすくませながら。
しかし、慈しみたい妻は、もういない。
サライア王国を訪れた初日の夜、ジャリールにいとおしそうにくっついて眠る、ミレイユの幸せそうな寝顔が。
夫であるはずの自分は未だに父親の代わりだったのだ、と突きつけられてしまったからーーー。
『あら、まだ下穿きがあったわ』
『え~っ、まだあんの?爪が割れちゃう』
サライアの女性たちの声にライオネルは、現実に引き戻された。
破いた下衣を覗き込むように女性たちは押さえていた間接から腰を浮かす。
ライオネルは、好機を逃さない。
自由になった足で素早く女性たちを蹴り飛ばす。「ぎゃっ」と、短い悲鳴と共に女性たちは転がるように飛ばされる。
そのまま、足を踏ん張り尻を高く上げる。
ライオネルの動作に、腰に乗り上げていた護衛が、ライオネルの肋骨の辺りまで身体をずらされる。
急な動作に護衛は、ライオネルの胸に手を付くが、張りのある盛り上がった筋肉につい興奮をし、「やはり、すごい⋯」と、うっかりサワサワと撫で始めた。
ライオネルの腕を押さえていた跳躍男と首ぶら下がり男が「「あ」」と、同時に声をあげた。
護衛が顔を上げて後ろを振り向くために、一旦姿勢を正すと、ライオネルはその隙に、腕に乗る男二人の体重を利用した。
男二人の体重をテコに、己の両足を気合と筋肉で持ち上げると、護衛の身体の前で交差させ、脚を一気に振り落とす。
脚の重みと不意討ちに、護衛は後方地面へと叩きつけられた。
サライア人の体重で押さえつけられていた腕の間接が、押さえていた箇所とずれていたので一気に引き抜く。
そのまま身体を反転させ、起き上がると、呆気に取られている跳躍男と首ぶら下がり男を、交互に顎目がけて素早く殴りつける。きれいに顎に入った。
「⋯ふむ、なかなか狡猾な戦法だった」
ライオネルは、ノルデリアの辺境伯領に戻った際は、今日のような事態も想定して鍛練メニューに加えよう、と思ったが、身体的にも精神的にも相手をいたぶり、肉弾戦においても気配を隠して、ここまで身軽さに長けた者がいない事を残念に思う。
「あと、二、三回手合わせしないか」
と、次はどの手で来るのか興味を持ったライオネルは、そう声を掛けたが、誰も返事をする者はいなかった。
ジャリールに、抱きしめられながら泣いていたミレイユだったが、気付いたらジャリールに寝台で覆い被さられていた。
「ジャリール?」
ミレイユの流れる涙をジャリールの唇で拭われる。
「⋯まるでライオネル様がなさるみたい⋯。友達同士でもするものなの⋯?」
と、ジャリールの行動を不思議に思ったミレイユは、そう尋ねた。
「さあ、どうかな」
と、ジャリールからは曖昧な返事。
ジャリールのふいの行動で涙は止まっていた。
止めるための方法だったの⋯?
「ありがとう、ジャリール。おかげで涙が止まったわ」
ミレイユは、素直にお礼を言った。
その言葉に、吹き出したジャリールは、肩を揺らして「そいつぁ良かったな」とミレイユに言う。なにか、おかしなことを言っただろうか?
「じゃあ、続き、する?」
と、ジャリールに言われた。
「続き?」
涙は止まったのに?続きなんてあるの?と、不思議に思ったミレイユは、ジャリールの言葉を繰り返した。
「そ、続き」
と、ジャリールは言うと、ミレイユの寝衣をめくりだした。
なぜ、涙を止める続きに寝衣をめくる必要があるのか?それに寝衣以外は何も身につけてはいない。
ミレイユはめくれていく寝衣を押さえながら疑問を口にする。
「どうして、めくる必要があるの?涙を止めるのになにか関係があるの?」
と、ジャリールに問うた。
「涙を止める行動だと思ってんのはミレーユだけ。俺は一切そんな事は言ってねぇよ」
たしかに。だったら、この行動はなに?
「言っただろ?友達は触れ合いも大事だって」
(たしかに言ったけど、それが寝衣をめくる理由になるの?)
ミレイユの頭の中に疑問符が飛び交う。
友達が出来たことのないミレイユにとって、ジャリールの言葉はどこまでを信じて良いのか分からない。
だが、何故かそれはダメだと、それ以上ジャリールを許すな、と頭の中で声がする。
「えーと⋯、今日は疲れたから、もう眠りたい」
ミレイユの口から、ぎこちない言葉が出てきた。
「じゃ、俺が眠りにつくまで添い寝してやるからな、なーんも怖くねぇぞ」
と、ジャリールは、屈託のない笑顔でいう。
友達として、心配しているジャリールに一瞬、心許しそうになったが、頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
「だい⋯じょうぶ。今日は、怖い夢を見ないと思うから」
(ライオネル様が夢に出そうだし⋯)
恋しく思う気持ちが、夢になってあらわれそう、とミレイユは思った。
「扉まで見送るね」
と、頭の中で鳴り響く警鐘に従うため、ミレイユはジャリールを追い出すことにした。
追い出されたジャリールは、肩透かしを食らっていた。
(物知らずのくせに、意外にガードが固ぇんだよな)
持て余した熱を発散するため、歩き出したジャリールの目に護衛の姿が映った。
「何だおめぇ、失敗したのかよ」
護衛は、ライオネルの元へ行ったはずだったが、ジャリールの部屋の扉の前にいた。
部屋に入りながら「ボロボロじゃねーか」と、ジャリールは、いつも身綺麗にしている護衛の様子に吹き出した。
「バカが付くほど鍛錬好きの御仁のようでしてね」
敷いている絨毯に座ると、護衛は、事の顛末を語ってくれてジャリールを笑わしてくれるのだった。
ひとしきり笑ったジャリールは、身体を預けたクッションに頭を預けると、
「こっちもよ、物知らずだからさっさと御せるかと思ってたんだけどよ」
ミレーユとのやりとりを思い出す。
「二言目にはライオネル様、だからよ、ちーっとばかしな、泣かせちまったよ」
下手な演技でも騙されるのに、なかなかあと一歩を許してくれない。
「サライア人とは、感覚が違うんだな」とジャリールはポツリと呟く。
「俺等はよ、イイ女を見りゃ孕ませたいと思うし、女は、イイ男を見りゃ孕みたいと思う。魅力的な体や顔があると、近付きたくなるし。欲を発散させるのに、そこに身体があるから使う。でもよぉ、ノルデリアは、そうじゃねぇ。未だにあの二人は、真っ白なんだぜ」
ジャリールの言葉に護衛が肯定するように頷く。
「たしかに、シュトラール卿も、動揺は最初だけ。こちらの行動を陽動作戦かなにかと思っていましたね」
と、いう護衛の言葉にジャリールは、「朴念仁とか、マジでいるんだな」と、鼻で笑う。
「男も女も、ここでは関係ねぇのにな。来な」
と、ジャリールは、護衛を手招きすると、肌を合わせるのだった。




