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見えない距離、届かぬ声



 視察先は、海水を真水(まみず)に変える場所だった。

 砂漠が多いサライアでどうして、湯浴みが出来るのか不思議だった。

 

 なんでも、地下にパイプを繋いで海水を()み上げているという。

 名称を言われても想像が出来ないでいると、察したジャリールから噛み砕いて説明してくれた。

 道具を用いて海水を()しているそうだ。

 いくつもある中継場所では水槽(すいそう)が点在しているという。


 海水は、何度も濾す作業を繰り返し、その間に淡水生物や毒に弱い生物が安全を確認する。そうして安全が保証された水だけが国民に届くのだという。



「いくら大国でも毒を盛られちゃ、死んじまうからな。水は人間にとって必要不可欠だろ?」

「お前らの国なら、魔法できれいな水なんてじゃんじゃん出るけどよ。俺らの国は、ミレーユの国と違って、魔力じゃなく技術を手に入れたってわけ」

と、言われた。では、転移装置は?たしか王太子は魔力で作動すると言っていたような⋯、ミレイユは、不思議に思い質問してみた。


「それは、お前の国の王太子が俺らの国で使えるような物を、うちの国に置きたくない、って言うからよ。大変だったんだぜ〜?お前の王太子は、非協力的だしよ」


 ミレイユの頭に赤毛の綺麗な人が思い浮かぶ。


「⋯まぁ、金の力で兄貴が魔力がどういったものなのかの解析から初めてたけどよ。その内容も兄貴しか知らねぇし。そちらそんの王太子とそういう取り決めなのかもな。ありゃもう執念だわな」


と、ジャリールは事情を説明してくれた。


 その後も水の話に戻り、最後の中継場所に忍び込んで毒を入れられたらどうするの?などと移動しながら、ジャリールと質疑応答を繰り返しているといつの間にやら昼餉(ひるげ)の席に通されていた。


 ジャリールと行動していたからか、ライオネルと席が離れてしまった事にミレイユは残念に思う。


 ジャリールが頭に付けている薄布をめくってくれた。

 自国の衣装だから扱いに手慣れているようで、後ろに垂らして形を整えてくれた。



 周囲のざわめきがさざ波のように起こる。

 

 忘れかけていたがジャリールは、第二王子だった。


 慌ててジャリールに謝ると、

「遠慮すんじゃねえよ、俺とミレーユの仲だろ?」

と、言われたが周囲からヒソヒソと話されている時点で、きっと他国の礼儀知らずの娘と言われているに違いない。

 

 夫のライオネルの顔に泥を塗ってしまったことが、ただただ申し訳なかった。


 チラリ、と離れたライオネルの様子を(うかが)うと、ライオネルもまたこちらの様子を見ていたようだ、が、ふい、と顔を(そむ)けられてしまい、ミレイユは落ち込むのだった。


 その後もライオネルから手ずから食べさせてくれていた癖で、うっかりとジャリールの手ずからも食べ物を口で受け取ってしまう、などの失態を重ねたミレイユは、顔を真っ赤にして居たたまれなくなるのだった。 


 視察を終えて戻ってきたミレイユは、夕餉(ゆうげ)を断り、湯入りし、寝支度(ねじたく)を整えると早々に寝所で横になった。


 あれから、視察は農地へと移動し、そこでもジャリールから説明を受けた。ジャリールの話は、興味深かったけど、ライオネルに全く近づくことが出来なかった。



 早くノルデリアに帰りたかった。


 まだ視察は、あと一日残っている。

 侍女は、本宮から第二王子宮(だいにおうじのみや)に移されたけど、明日は自国の衣装を着れるだろうか?明日を考えると気が重い。

 しかし、それが終われば、別れの夕餉、そして翌朝には、ノルデリアだ。


 侍女のセラや使用人のみんなの顔を思い浮かべる。

 辺境伯領の牧歌的(ぼっかてき)な風景を恋しく思い浮かべていると、だんだんと眠気が訪れる。


 ひとり寝の不安から解放されそうな兆しだった。


 ウトウトと気持ちよく意識を揺蕩(たゆた)っていると、部屋の扉が開き「ミレーユ〜」と、ジャリールの声がした。


 何故ライオネルに会えないのに、ジャリールとはよく会うのだろう。


 寝所にやってきたジャリールの気配に、ミレイユは、ムクリと起き上がると不機嫌な顔でジャリールを見てしまった。


「なにか御用(ごよう)でしょうか?」

 ミレイユ自身も驚くほどの冷たい声が出た。


 ジャリールもミレイユの異変に気付いたのか、「どした?」などと声を掛けてくれるが、なぜライオネルは来てくれないのだろう、と自分勝手な思いと、ライオネル以外には返事をしたくないという気持ちが大きくなっていく。


 何故そんな風に思うのだろう?せっかく来てくれたジャリールに失礼ではないか、それに不敬だ。と、寝台から出るために(ふち)に腰を掛けた。


 立ち上がろうとすると、ジャリールから、「楽にして良いって」と、制止された。

 こんなに気が良いのに、ミレイユ自身も不思議に思うのだが、心が止まることはなかった。ジャリールの顔もなぜか見たくはなかった。


「わたし、ライオネル様にお会いしたいんです⋯。ライオネル様に今すぐお会いしたいんです」


 でも、部屋がどこなのか、わからない⋯。


 思ったことが、知らずに口から出ていた。


「旦那にそんなに会いてぇの?」ジャリールの問いに見ずに頷いた。

 しかし、ジャリールから

「おまえが、会いたくても向こうはそうでもないかも」

と、言われてしまい、思わずジャリールの顔を見てしまった。


 ジャリールは、しまった、という表情で思わず手を口にやると、逡巡(しゅんじゅん)した様子で口を開いた。


「旦那は、お前の部屋の場所、把握(はあく)してんだぜ?でもよ、お前のその様子だとまだ会いに来てねぇんだろ?それってさ」


 “会いたくないから”


 ジャリールは、声には出さなかった。でも唇はそう言った。


 “会いたくない”その言葉は、ライオネルに会いたいと想い(ふくら)らむミレイユの心を切り裂いた。


 昼餉の席──あのとき顔を背けたライオネルの姿が、ふいに蘇る。


 心臓がドクリ、と大きく波打った。(のど)が詰まる。


 こちらを見るジャリールがぼやけた。視界いっぱいにそれが広がる。


 ミレイユの目から涙が(あふ)れた。

 溢れた涙は、ボロボロと(こぼ)れた。

 

「うー⋯」


 心臓が苦しい。胸が痛い。喉が詰まって呼吸がしづらい。

 言葉にならない声が、出る。


(ライオネル様は、会いたくないの?私の顔も見たくないの?昼餉の席で恥をかかせてしまったから?そういえば、初日の宴席では、サライアの男女に抱きつかれていた⋯) 

 

 たくさんのライオネルがミレイユの記憶に広がる。


 微笑んだ顔、笑った顔、照れた顔、何故か泣きそうだった顔。サライアの男女と戯れてた姿。無表情でこちらを見ていた姿。


 そして、顔を背けたライオネルの姿が。


 (『愛してる』そう言ってくれたライオネル様は⋯もう、いないの?)


 ふいに、ジャリールから抱きしめられた。


「な⋯に⋯?」驚いてジャリールを見ようとするが、頭を抱き寄せるように抱きしめられてしまったため、確認が出来ない。


 ジャリールは、なにも言わなかった。

 ただ無言でミレイユを抱きしめている。


 抱きしめてくれる相手が、ライオネルでなくジャリールであることを淋しく感じ、ミレイユは、更に涙を流すのだった。

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