望まぬ衣装と、思わぬ誤解
ジャリールは、再びミレイユの部屋を訪ねると、ライオネルの部屋を訪ねたことを伝えた。
「ミレーユが着たい服を着りゃいいってさ」
「まあ、それでしたらノルデリアの衣装を⋯」と、ミレイユが言いかけたところで、ジャリールから遮られる。
「そんなにうちの国のがイヤってか?」
ジャリールの言葉にミレイユは困惑の表情を浮かべた。
「そういう訳ではございませんが、この日のためにと準備して下さった物ですし⋯、着慣れていますし」
ミレイユが正直に話すと、ジャリールは、「あっそ、」と言って部屋を出ていった。
またライオネルの襯衣の返却と、本宮に滞在している侍女を寄越すようにお願いするのを言いそびれてしまった、とジャリールが部屋を出ていってから、ミレイユは気付くのだった。
程なくして、ジャリールがミレイユの部屋へと戻ってきた。
支度の時間に迫りつつあるミレイユは、今度こそは、とノルデリアの侍女の件をお願いしようとした、が、やたらと荷物を持った使用人たちをジャリールが引き連れてきた姿に、開きかけた口のままその様子を見つめた。
なんだか、既視感のある光景にミレイユは、シュトラール辺境伯領へ輿入れした日のことを思い出した。
あの時、ライオネルからの贈り物と言われ、たくさんの衣装や小物をいただいた。
まさか、と思った。もう明後日にはノルデリアの国に帰るのだ。
そのまさかだった。
真新しい布の上にたくさんの衣装や、貴金属類が並べられる。
「ミレーユ、お前のためにたっくさん見繕ってきたぜ〜。全部お前のもんだからな!早速選ぼうぜ〜」
「どういう⋯」思考回路で⋯、と言いそうになって口を押さえた。
衣装なら不足の無いように持ってきている。
着付けの心得があり、手伝ってくれる侍女が欲しいだけだ。その侍女達は、本宮にいる。
「あの、」
と、言いかけて鼻歌交じりの楽しそうなジャリールを目にして、言葉が詰まってしまう。
セラは今回のためにとても忙しそうにしていた。
転移装置が秘匿とされていたことで、移動期間も考えての荷物を辺境伯領から持ってきてしまっていた。
予想外の短時間移動に、荷物が多くなってしまったぐらいなのに。
セラの頑張りに報いるためにもたくさん用意してくれた衣装を着たい。でも、断るには難しい相手⋯。
(セラならどう判断するのだろう⋯)
頼もしい侍女の姿を思い出す。
ミレイユは、意を決してジャリールに「あの」と声を掛けた。
「私、ジャリール様に我が国の衣装がどういったものか着用した姿を見せたくて」
と言うと、ジャリールから「俺に見てもらいたいの?」と聞かれたので「はい!」と、答えた。
ジャリールはその答えににっこりと笑うので、ミレイユは了承してもらえるかと期待した。
しかし、返ってきた答えは、
「じゃ、まずはノルデリアの下着の付け方から順に見せてもらおうじゃねぇか。ミレーユの国の服がどういったものか、イチから教えてもらわねぇとわっかんねぇからな」
と、冗談なのか本気なのか、どちらで捉えて良いのか分からない事を言われた。
しかし、ジャリールがミレイユの寝衣に手をかけた事で、
「ジャリール様のお国の衣装にします!」
と、咄嗟に言ってしまった。
視察のために護衛や政府関係者などが、徐々に集合場所へと集まりだしていた。
ライオネルも、自国の政府関係者と視察の流れなどを確認していると、周囲のざわめきにふと、顔を上げた。
ノルデリアの政府関係者は、「ありゃ、こりゃ」とつい声を出してしまい、慌てて口を押さえるとライオネルを見て、なんとも言えない表情をした。
ノルデリアの政府関係者の目に映るのは、サライア王国第二王子ジャリールとそこに連れ立って歩いてくる女性の姿だった。
衣装の色からして、ジャリールのお手つき、もしくはこれからそうなる、と宣言しているのである。
しかも、いたずらに吹く風が、女性が頭から被っている薄布をふわりと持ち上げると、
そこから覗く顔が、白い肌が―――それを着用しているのが、今自分の側に立つ男性の奥方とは。
「まあ、若いうちは色々ありますからな」
と、つい口に出してしまっていた。
ノルデリアの政府関係者は、ライオネルを見る。
多分、この男は、自分の妻がどんな意味合いの衣装を纏っているのかまでは、知らないはずだ。
国が決めた伝統色ではないからだ。
宮の女たちがいつの間にか始めたのが、流行って定着した色である。
公式ではない。
しかし暗黙の了解色だった。
(こうも公にしてしまったらもう、辺境伯夫人は、シュトラール卿とは一緒には行動できないだろうしなぁ。夫人のみ滞在延期の打診も出てくるだろうし)
ノルデリアの政府関係者は、頭をポリポリとかくと、溜息をついた。
一方、ライオネルは、自分の妻がそのような意味合いを持たせた衣装を身に纏っているなどとは思いもせず、ただ静かに眺めていた。
薄布に隠された顔がライオネルに気付いた。
ライオネルの方へ向かおうと他国の衣装を身に纏った妻の姿に、胸が疼く。
しかし、それを遮る者が。
ミレイユは第二王子に腕を取られると引き寄せられ、なにかを耳に囁かれるとそのまま言葉を交わしながら、ライオネルの元に来るのを止め、ジャリールと楽しそうに会話をし始めた。
ライオネルは、二人を見るのを止めて、政府関係者との打ち合わせを再開するのだった。
先程ミレイユは、ライオネルの姿を確認した。
嬉しくなり、駆け寄ろうとしたがジャリールから止められてしまった。
「隣にいるのは政府関係者だ」と。
「仕事の邪魔をして良いのか」
「それより見てみろ、お前の旦那はお前しか目に入ってねぇぞ」と。
ミレイユは、その言葉に驚き、嬉しくなりジャリールにそれは確かなのか、確認をした。
ジャリールは、頷き肯定し、男心に今ミレイユを見てどんな気持ちなのか、を代弁してくれた。
ミレイユは、そう思ってくれると良いな、と嬉しい気持ちでいっぱいになった。
話をするなら視察中にいつでもできるだろう、とジャリールに言われた。
しかし、そんな時間が来ることはないことを、この時のミレイユは知らなかった。




