交錯する想い
「あ、ライオネル様の⋯」
ライオネルの襯衣をジャリールが羽織ってしまった事に気づいたミレイユは、ジャリールを追いかけようとしたが、侍女の入室で襯衣を返してもらうことは、仕方なく断念するのだった。
部屋から出たジャリールは、ミレイユの言動を反芻する。
(こっちの国じゃあ、ノルデリアの人間は身持ちが固い、で有名だが、あんだけ男に触られても警戒心が無いようじゃな。しっかも木剣って。気付きもしないって。ありゃ房事すら習ってねぇよな)
フッと鼻で笑うと、ジャリールは、その足でライオネルの部屋へと向かった。
部屋の扉を開けたライオネルの目は充血していた。
無表情でジャリールを見ると「なにか御用ですか?」と、聞いてきた。
ジャリールはライオネルの様子なんて気にせず、語りかける。
「おはよーさん。今日の視察でのミレーユの服に関してなんだけどよ。うちの国の服が着たいんだってさ。他国に対して友好を示すためだってよ」
えらいよな、とジャリールはそう言うと、一旦言葉を切り、ライオネルに近づくと、
「でもよぉ、旦那のお伺いを立てないと、着たい服すらまともに選べねぇようだからよ。俺が代わりに来ちまったってわけ」
ジャリールは、続ける。
「ついでに、嫁が着たい服もまともに着させない旦那の顔も拝みに、さ」
ジャリールは、挑発するようにライオネルにそう言うと、ニッと笑った。
ライオネルは、ジャリールの挑発に表情ひとつ変えない。
「⋯彼女が望むのなら、それで構いません」
ライオネルの答えにジャリールは「ふーん」と反応すると、
「夫婦関係のない男女って淡白なのな」と、ボソリと呟いた。
ライオネルは、ジャリールを見る。
「ミレーユが身体で教えてくれたぜぇ〜?ついでに俺が“初めて”だって、荒い息を吐きつつな」
言い終わると同時に、ジャリールの羽織っている襯衣をライオネルが強く引く。
「これは、私の妻に着せたものであって、貴殿に貸したつもりはございません。返していただけますか?」
という、ライオネルは無表情のままだ。
「⋯そりゃ、悪かった」
ジャリールはそう言うと、襯衣を脱ぐため手を掛けるが、ライオネルの手が離れることもなく、襯衣を握りしめたまま、「それと」と付け加える。
「彼女に無体な真似はしないでいただきたい。彼女が拒否した時は事を進めず止めてください。彼女を泣かせるようなことも」
「誰を選ぶかは彼女の自由だが、今はまだあの子は、私の妻だ。あの子を泣かせるようなことは、許さない」
ライオネルの目に、整った顔立ちだが軽薄そうな男が映る。
本当は、目の前の男をこの世から消したかった。
だが、昨夜見たミレイユは、擦り寄るようにこの男と共寝をしていた。
ミレイユを奪ったこの男を亡き者にしたら、ライオネルの気は晴れるが、ミレイユを悲しませたくはなかった。
ライオネルが、酒に酔って寝ていたあの時間、二人が何をしていたのかは、考えたくもない。
「お慕いしております」と、顔を真っ赤にして目を潤ませ、そう言ってくれたミレイユが、今は遠い。
「なんつー顔してんだよ」ジャリールが覗き込むようにライオネルを見ると苦笑した。
「そういう顔されると、慰めたくなるな?」
ジャリールはそう言うと、ライオネルの肩に手をやった。
ライオネルは、その手を静かに下ろすと、
「用件はそれだけでしたら、失礼いたします」
と、ジャリールの眼前で扉を閉めるのだった。
「おーい、襯衣は〜?」
ジャリールは、扉の向こうのライオネルに呼びかけるが、扉が開く気配はない。
ジャリールは、その場で襯衣を脱ぐと、ポイっと放る。
シャツは、くしゃりと頼りなく、床へと落ちた。




