第二王子の計らい
サライア王国の宴は長い。
酒も追加され、料理も取り替えられ、歌や踊りと余興は続く。
どこからか夜風が入ってくるのか、人の熱気が混じる宴席に涼やかな風が舞い込む。
広間の遠くに外が見える。
朝焼けが眩しい、と思ったのはノルデリアだった。
そう時間も経たない内に、もう既に外は夜になっていた。
遠い異国に来たことを、実感する。
宴席の中には中座する者もいて、参加者は皆思い思いに過ごすようだ。
そしてここの国の者たちは、やたらと距離が近い。
(またか⋯)
ライオネルは、背後から腰に回された腕をベリッと剥いだ。
「酔っているのなら、部屋で休んだらどうだ?」
親切心で言ってあげた言葉だが、サライア人女性は別の意味で捉えたようだった。
「え〜?誘ってるの?じゃあ、あなたのお部屋に連れて行って」
そう言うと、再びライオネルの腹部へと腕を回すと、腹筋を確かめるように撫であげる。
再びベリッと、腕を剥ぐ。
(ここの国の者たちは、酒ぐせが悪いのか⋯)
先程から勧められ飲んでいる酒は、まるで水のような喉越しだ。
なのでつい飲みすぎてしまうのだろう。
ミレイユの事が気掛かりで、先程から何度も様子を確認しているが、女性達に囲まれ、特に変わったことはないようだ。ホッとする。
王が引き上げるようだ。だいぶ酔っているのか周りに支えられている。
やっと宴も終わりか、とようやく解放される安堵に腰を上げる。酒が回ったのか少しふらついた。喉越しの割には度数が高いのかもしれない。
部屋に案内してくれるのか、サライアの従者が現れた。
案内される部屋は、王が住まう本宮だと言う。
なんでも、建物の中でも一番巨大な造りだとか。
ミレイユに声を掛けようとしたが、彼女は女性達に案内されるらしい。
なんとはなしに、従者に尋ねた。
「私の妻の部屋はどこになるのだ?」
従者は聞こえないのか、返事もしないで歩を進める。
嫌な予感がする。
「おい」
従者の肩を掴んで、振り向かせた。
「私の妻、ミレイユ・アーデンハイドの部屋は、本宮のどこの部屋だ?」
従者は、目を泳がすと
「アーデンハイド様のお部屋は、本宮ではなく第二王子宮へと変更になりました」
「認めん」
ライオネルは、従者の返答にそう応えると、ミレイユの後を追った。
足早に外に出る。
夜だというのに灯りのせいか、星が見えないほどに明るい。
華やかな女性たちの衣装のお陰で、ミレイユを含めた女性達の列はすぐに見つかった。
「ミレイユ!」
猛然と近づくライオネルの気迫に、サライアの女性たちが悲鳴を上げミレイユから離れてゆく。
「ライオネル様、」ひとり残されたミレイユを、ライオネルは抱き上げた。
サライア女性たちから再び悲鳴が上がる。
その悲鳴を聞きつけ、第二王子ジャリールがやってきた。
「おっそいから様子見に来てみりゃ⋯なにやってんだ?」
呑気な声を出すジャリールの問いに、キッとライオネルはジャリールを睨むと、
「我らは王太子殿下の名代として招かれたのであり、妻を慰みものとして差し出しに参ったのではございません。妻は第二王子宮ではなく、本宮の私の部屋に連れて参ります」
と、キッパリと言うのだった。
しかし、ライオネルの言葉にジャリールは悪びれることも無く、
「あー、そりゃ手違いだぁな。俺は、二人まとめて部屋変えたつもりだったんだけどよ?旦那の分だけ本宮に忘れちまったみてぇだ」
と、いう始末。
(コイツ⋯ッ!)
ふざけた物言いにライオネルの頭に血が上る。
しかし、露見したから言い訳、という確証もなく、本当に手違いが起きたのかもしれない、と考え直し、ライオネルはミレイユを抱き抱えたまま、第二王子宮へと向かうのだった。
ライオネルが案内されたのは、ミレイユの部屋からは、遠く遠く離れた接遇の部屋。
「手違いで部屋がここしか空いてなかったんだよ、わりぃな」
ミレイユは、ジャリールの私室の空間にあたる部屋になるという。
「護衛もいるから安心だろ?」
(⋯寧ろ危険だ!)
ライオネルはせめて、独り寝が出来ないミレイユに寝ずの番で侍女を付けるようにお願いをした。
交代制で侍女を付けてくれると言う。
不承不承にライオネルは承諾した。きっと、女性が他にいるなら王子も悪さはすまい、と。
しかし、ここは、第二王子宮。
ライオネルと別れ、部屋に備え付けられた浴室で湯浴みをし、寝衣に着替えたミレイユは枕元にライオネルの襯衣を置く。
クンクン、と嗅ぐとライオネルがすぐそばにいるようで安心する。
侍女が、手を繋いでくれる。柔らかくて温かい手だ。
南の国なのに、夜はとても冷える。この女性の手はとても安心する。
「ごめんなさい、迷惑をかけて。最近ひとりで眠ることができないの」
ミレイユの言葉に女性は、優しく微笑むと「気にしないでください」と、言ってくれた。
その眼差しが、奥方付きの侍女セラを思い出させる。
王都の屋敷から離れて、そんなに時間も経っていないのに、もう恋しくなっている。
「ありがとう」
ミレイユは安心したように目を瞑った。
慣れない土地のせいで疲れていたのか、すぐに眠気が襲ってくる。
ミレイユが寝静まったのを確認すると、侍女は立ち上がり、部屋を出てどこかへ行ってしまった。
向かった先は、ジャリールの部屋。
呼び出すと、湯浴みをしていたのか、上裸のジャリールが部屋から出てくると侍女の案内するまま、ミレイユの部屋へと入っていく。
「わりぃな」
そう、ジャリールが侍女に声を掛けると侍女はお辞儀《じぎ》をし、退室するのだった。




