異国の衣、胸板にざわめき
唇の余韻が残る中、灯りに照らされる異国の衣装に身を包むミレイユの姿に、思わずライオネルの視線が吸い寄せられる。
絹の上衣が、柔らかくその肩を包んでいる。 けれど──その下は、胸元を飾る刺繍入りだが胸部だけを覆う布に、腰からふわりと落ちる薄布のみ。 布地の面積が、明らかにいつものドレスより少ない。
肩も、腕も、腹部までもが、頭から垂らされた薄布に隠されているが、光を透かしてほんのりと浮かび上がる。
(⋯ほぼ、裸ではないか)
その瞬間、ライオネルは視線を逸らした。
先程まで、女性たちの衣装を感心して眺めていたのに、自分の妻が身につけると、なるほど、この衣装はとても魅力的だ。
そこではた、と思い出す。
この姿を、ジャリールも間近で見たのか。
ライオネルの胸に、メラッとなにかが燃え上がる。
ライオネルは、自らの麻の襯衣の留め具を外し、無言のままミレイユの肩にかけた。
驚いたように彼女が瞬くよりも早く、彼の手はその布をそっと整えるように肩へ触れる。
「あまり肌を見せるな」
彼女を隠したかった。他のものの目に触れさせたくなかった。
ただ、それだけ。
屋内のぼんやりとした光にさらされたライオネルの肌は白く、鍛えられた筋肉の凹凸がはっきりと浮き上がっていた。
ライオネルも上裸の男どもの仲間入りだが、それでもかまわなかった。
(⋯私には似合わなかったかしら。ライオネル様に叱られてしまったわ)
ミレイユは、ライオネルから羽織らされた襯衣の前開きの部分をギュッ、と握りしめた。
(他の方たちとは、戯れていたのに⋯)
先程のライオネルを思い出す。
ライオネルに群がる褐色の肌のサライア王国の者たち、色とりどりの女性に囲まれ、男性も何人かいた。
皆、ライオネルに抱きついて、ライオネルの頭すらも女性の胸に抱き込まれるようように抱きつかれていた。
(やっぱりこの衣装は、あの魅力的な肌ではないと似合わないようね)
ジャリールは褒めてくれたけど、国賓に対する社交辞令だろう。
社交辞令の範疇を超えるジャリールの行動だったが、ミレイユが気にしていない分忘れるのも早かった。
ライオネルから褒めてもらいたかったが、仕方がない。
ミレイユは切り替えることにした。
「サライアの方たちを拝見しましたが、やっぱり男性と女性の身体って違うんですね。
ライオネル様の胸は大きいですが」
ミレイユの笑顔と言葉に、ライオネルはいつぞやの閨事教育での男女の身体の違いについて、ミレイユから寝所で実践されたことを思い出す。
ライオネルは、腕を組むようにそっ、と己の胸部を手で隠した。
笑みを交わしていたその時、サライアの者たちがライオネルとミレイユのやりとりをジロジロ見ていることに気付く。
(なんだ⋯?)
ライオネルは、周囲に気を配りつつ敢えて気付かぬふりをする。
ミレイユから、
「どうして、ライオネル様と他の男性の方たちは筋肉の形が違うのですか?鍛え方ですか?」
ミレイユの子供のように持つ疑問が可愛らしい。
ライオネルは、その疑問に答えたいと思い、口を開く。
「そうだな、私の剣技は力で押す部分が大きい。それに筋肉は強くなればなるほど、剣で戦う以外にも敵を蹴散らすことも出来るからな。
鍛錬に鍛錬を積み重ねた結果だな。」
と、言うと組んでいた腕を外して胸部の筋肉を動かす。
途端にミレイユの目が驚きで大きく見開かれた。
周囲のざわめきとともに、
「すごい⋯!ライオネル様のお胸がピクピク動いてます!どうやって動かしていますの?」
興奮を隠さずミレイユが疑問を投げる。
ライオネルは、それを受け取ると、
「簡単だ。胸部の筋肉を意識して動かすだけだ」
こうするともっと簡単だ、とピクピクと動かす。
それを見たミレイユが、
「私もやってみたいですわ!」
と、せっかくライオネルが隠すために羽織らせた襯衣をはだけると、
「見ていてくださいませ!」
と、筋肉を動かすため胸を張る薄着の妻に、周囲の小さなざわめきすら耳に入らず、胸部に目を奪われるライオネルだった。
目の前でただゆっくり上下する胸部にハッと我に返ったライオネルは、
(なにを見せられているのだ、私は⋯)
と、頬が赤くなるのを自覚しつつ、ミレイユの開けた襯衣をそっ、と元に戻すと、「女性が男性の前でする行為ではない。あと、筋肉がついてないと動かないものだ」と、遅いアドバイスをするのだった。
ミレイユはライオネルを、満足させられなかったことにがっかりして、「私を着飾ってくれた女性たちの席に移動します⋯」と、ライオネルに告げるとサライアの女性たちの元へと行くのだった。
サライアの女性たちの元へと行くミレイユの後ろ姿を見届けていたライオネルだったが、サライアの青年に声を掛けられる。
なんでもライオネルの筋肉にいたく感動したらしい。
ぜひ手合わせを願いたい!と、興奮冷めやらぬ様子で言われる。
サライア国の戦士だろう、次々にライオネルの元へとやってくる。
(この国は、文明が発達しているが、戦う気概も忘れていない人々なのだな)
と、ライオネルの胸は熱くなる。
三泊ぐらいしか予定には無いはずだが、視察の合間にでもサライアの若き男たちとの手合わせをなんとか実現しよう、と心に誓うライオネルだった。
サライア王国の女性陣の宴席へと移動したミレイユは、ちょこんと絨毯へと座り込む。
「あら、ミレイユ、戻ってきたの?」
「どうだった、旦那様の反応は?」
「喜んでくれた⋯、て顔ではないわね」
「襯衣、羽織らされてるし」
表情の冴えないミレイユは、サライアの女性たちに答えた。
「ダメでした⋯。やっぱり私にはこの衣装は似合わないみたいで」
落ち込むミレイユに、サライアの女性たちが慰める。
「そんなことないわよ。すっごく似合ってる」
「そうよ、第二王子だって、あんたしか見てなかったわよ」
「貴方の旦那様、きっとウブなのよ」
「貴方の旦那様っていったらとんでもない筋肉ね!」
「白いからすぐ分かったわ」
「私もあんな筋肉初めて見たわ」
『うちの男たちにはないものだわ』
『うちの国は、暑いからあんなに筋肉付いてたら暑苦しいわよ』
『えー、あたしあの筋肉素敵だと思ったけど』
『なにあんた?味見でもするつもり?』
『そうねぇ〜、チャンスがあればそれも良いかも』
『え〜、あたしも狙おうかな』
『仕留めた時は、感想聞かせてよ』
いつの間にやらミレイユを慰める言葉から、ライオネルの筋肉へと移り変わり、サライア語で不穏な会話を始める女性たちだったが、サライア語が理解できないミレイユは気付かない。
いつの間にか女性陣の中に王族の者も会話に混ざっていた。
『あら、お姫様。ミレイユ様にご用事ですか?』
『まあ、そんなところ。ジャリールお兄様がミレイユ様のこと気に入ったみたいだけど、ミレイユ様の反応が気になっちゃって』
ジャリールの妹姫は、ミレイユに気付かれない位置に座り込むと、周りの女性たちに質問した。
『で、ミレイユ様は、お兄様の行動になにか反応してた?』
その質問に対して女性たちは首を横に振り、
『全く眼中にすら入ってません』
『仕掛けたことすら覚えてないのでは?』
と、答えるのだった。
『あら、可哀想なお兄様。』
妹姫は、素直に感想を言うと、
『ま、そんな事でへこたれるお兄様ではないわね。私の宮からも白い肌のあの方を気になった者たちがいるみたいだから、後で送り届けようと思っているわ』
『あの肌は、珍しいですよね』
『ええ、珍味か極上かは分からないけど、味見のしがいはあると思うわ』
『『ですよねー』』
女性たちはクスクス、と笑うのだった。




