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許されざる余興



 ライオネルは、歯噛(はが)みする思いでミレイユとジャリールの二人を(にら)む。


(礼儀なんぞいらん!王子の手を払いのけろ、ミレイユ!)


 念のような願いをライオネルは、ミレイユに送る。


 しかし、ライオネルの願いも空しく、ミレイユは自分よりも立場が上のジャリールの好意を(かわ)す方法が分からず、戸惑っている様子。


 その間にジャリールは、ミレイユの(おとがい)(つか)み、上に向かせた。


 どう見ても口接の姿勢を取ろうとしている。


 ライオネルは制止の声を出そうとしたが、行動を読まれていたのか、頭まで抱き込まれるよう押さえられ、口を塞がれた。

 しかもわざわざ噛まれないように、布を手に巻いて。


 いつの間にか、肩を押さえる男の他にもライオネルを押さえる者たちが増えていた。


「フフッ、単なる余興(よきょう)ですよ。そう熱くならないで」


 ライオネルを抱き込むようにして(ささや)かれた。

 やたらと(つや)めいた女の声である。


(なんだ、こいつら⋯っ!!)


 ミレイユの唇にジャリールの唇が重なろうとしている。


 ライオネルの瞳孔(どうこう)が開いたのか、全ての映像がゆっくりと流れ出す。


 宴の賑やかさもライオネルの耳には、真綿(まわた)を入れられたように遠くなる。

 やたらと自分の心臓の音だけが響く。


(やめろ、やめろ、やめろ、やめろ!!)

(私の妻だ!私のミレイユに触れるな!)


 しかし、喉から出る声は、布に吸収される。

 いつの間にかライオネルの両肩も腕すらも押さえつけられている。


 抵抗すればするほど手が伸びてきて、抑えつけられる。

 ライオネルはまるで、蜘蛛(くも)の巣に(から)め取られた虫のように、無力化された。


 ジャリールの唇が、ミレイユに唇に触れようとした瞬間、ほんのわずかな隙間に薄布(うすぬの)が差し込まれた。


 布越しの口づけだった。


 ミレイユが、抵抗したのだ。

 頭から垂らした薄布で。

 ミレイユの(おとがい)を掴むジャリールの手ごと薄布で隠したのだ。


 唇が離れるとミレイユは、


「⋯っ、申し訳ございません。くちづけは母から、心に決めた人とするものだ、と教えられているので」


 布で顔半分を隠したままジャリールに謝罪する。


「俺は、ミレーユが良い、と心に決めたが?」


 ジャリールの言い分に、ミレイユは逡巡(しゅんじゅん)する。


「わ、私が決めていません⋯。私が心に決めたのは⋯」


 と言いかけ、ちらりと、と宴席の人々を見渡す。


 探し人は、なぜかサライア王国の男女数名に抱きつかれていた。


 いつもなら助けに来てくれるライオネルは、見目の整った男女達と(たわむ)れるのに忙しかったようだ。


(⋯私、すごく困ってたのに⋯)


 この異国の衣装だってライオネルが喜ぶだろう、とサライアの女性達に言われて着てみたのだ。

 ライオネルが喜ぶなら、と思って勇気を出したのに⋯。


 ライオネルは、ミレイユの見慣れた白い肌よりも褐色(かっしょく)の美形の人たちのが好ましいようだ。


 ライオネルを探し、発見し、見つめるミレイユの表情ひとつひとつを面白そうに観察するジャリールから「旦那のところに行って良いぜ」と声がかかった。


 ミレイユは、ジャリールにお辞儀(じぎ)をし、着飾ってくれた周りの女性達にお礼を言うと、ライオネルの元へと急ぐのだった。


 ジャリールの巫山戯(ふざけ)た戯れから解放されたミレイユが、ライオネルの元へとやってくる。


 ライオネルを拘束していた者たちは、ライオネルを解放するといつの間にか周りからいなくなっていた。


「ミレイユ!」

 絨毯(じゅうたん)に降りたミレイユがライオネルの席に戻ってくる。


 ミレイユの目に映るライオネルは、何故だが泣きそうな表情をしていた。


 ライオネルは、(かが)むミレイユを半ば強引に引き寄せて、抱きしめるのだった。


「わたし⋯困っていたのですよ?」


 抱きしめられながらのミレイユのほんの少しのなじりに、ライオネルの罪悪感が湧く。


 助けてあげれなかった事にすまなく思うライオネルは、助けられなかった事情は言い訳になると思い、「すまなかった」と、ミレイユに謝罪した。


 ミレイユは、助けてくれなかった事情を聞きたかった。

 しかし、ライオネルからは、「すまなかった」の一言だけ。


 サライアの男女に抱きつかれていた理由を知りたかったミレイユの心に(わず)かに冷たい風が吹く。


 ミレイユはライオネルを見つめる。


(私は、ライオネル様を心に決めた人と思ってるけど、今のライオネル様はどうなのだろう?)


 くちづけをしてほしかった。


 ミレイユの願いが届いたのか、ライオネルが動く。


 先程見せつけられたミレイユとジャリールとの布越しのくちづけを、ライオネルは上書きしたかった。


 ミレイユが頭から垂らした薄布で二人を隠す。

 こうすると、まるで二人だけの世界のようだ。


 ライオネルの唇が、ミレイユの唇に重なる。


 その様子を、ジャリールは眺めながら、


「⋯あれを放って帰すなんて、もったいねぇよなぁ?」


と、誰に問うでもなく呟くと、父親である王のもとに向かうのだった。


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