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南の強大国、サライア



 サライア王国の礼装(れいそう)は、灼熱(しゃくねつ)の気候とまばゆい日差しを考慮(こうりょ)して仕立てられた、通気性に優れた衣服である。


 王族・貴族を問わず、男性たちは皆、丈の長い上衣を身にまとっていた。


 薄く軽やかな生地を幾重(いくえ)にも重ねたその衣装は、風を通しつつも体を包み、砂塵や強い日差しから肌を守る。


 上衣の色は淡く、白や薄金(うすきん)を基調としたものが多いが、細部にはそれぞれの家の紋章を(かたど)った刺繍が施されており、その精緻(せいち)さが身分を語る。



 王はさらに、透明な金糸(きんし)のベールを肩にかけ、象牙で作られた儀式用の杖を手にしていた。頭には豪奢(ごうしゃ)な装飾が(ほどこ)された布を巻き、額には宝石を()めている。こうした装いは、彼がこの国の頂点に立つ者であることを、遠目にも明らかにしていた。


──と、ここまでは納得できるが。


 宴の様子に目を向けたライオネルは、思わず動きを止めた。


(⋯なぜ全員、既に上裸(じょうら)なのだ)


 国賓を歓迎する宴のはずだが、ライオネルの目の前には、サライア国の男たちが、皆全て褐色の肌を晒している。


 とりあえず、ライオネルは目線を下げた。


 織り目美しい絨毯の上には数々の異国の料理やライオネル達の郷土料理も配慮されている。果物や菓子も並べられ、酒も振る舞われ、皆くつろいだ様子で絨毯に座り、それぞれ好きな料理に手を伸ばしていた。


 しかし、やはり気になる。

 

(何故、男は全員脱いでいるのだ⋯)


(酔うにはまだ早すぎるが、ここの風習なのだろうか⋯)


 ライオネルの隣で、まじまじと褐色の肌の男たちを物珍しげに見ているミレイユの目をなんとかして閉じさせたかったが、さすがに手を伸ばすわけにもいかず──


 ライオネルは、必死でミレイユの気を逸らそうと料理をすすめた。


 宴も進めば、席の移動なども当然起こる。


 ミレイユはサライアの女性たちに呼ばれ、そちらの席に行ってしまった。


 ライオネルのところにも第二王子の護衛とやらが話しかけてきた。

 顔の造りがやたらと整った男である。


「ほう、護衛に任命される前は、前線で?」


 ライオネルは、まじまじと男性を眺めた。


 戦を知らぬような整った顔に、ほっそりとしながらもバランスよくついた筋肉。

 褐色の肌がその筋肉を彫刻のように浮かび上がらせる。


「小競り合いが少々ございましたので。国のために貢献しましたところ、第二王子から護衛を打診されて」


「そうでしたか」


 ライオネルは、(武勲(ぶくん)まで立てていたとは)と、感心して護衛を務める男の上裸を眺めた。


 鍛錬で鍛え上げたライオネルとは違い、しなやかな筋肉は、きっと敏捷性(びんしょうせい)が高いのだろう。


 力で押すライオネルと違って、どんな戦法なのか、興味が湧く。


「滞在中に一回軽く、手合わせしてみたいものですな」


 ライオネルの誘いに、男は整った顔を笑むと「是非」と応えた。


 宴席の向こう側で小さなどよめきが起きた。


 ライオネルが声のする方を向くと、中座したサライア国の女性たちが戻って来たようだった。


 ライオネルは、その様子を眺める。


 この国の女性たちが身にまとう礼装は──一言で表すと、妙だ。

 肌を隠すより、わざと透かして見せる。

 この国の礼装は、どうやらそういう考え方らしい。


 遠目には布を何枚も重ねているように見えるのに、近づけば光を通して肌が浮かび上がる。まるで、見ていいのかどうか、判断を迷わせる仕掛けだ。


 上衣の下にのぞく、光を反射する刺繍や鎖のような飾りもそうだ。防具ではないと分かっていても、視線が引っかかる。


 服の構造はよく分からない。だが、着ている本人たちにとっては“魅せる”ことが常識なのだろう。


 腰回りに巻かれた布が揺れるたび、足元がちらりと見える。戦場であれだけ隙を作れば即死だが、この国ではむしろそれが礼儀らしい。豊かな国だからだろうか。


 色も派手だ。深い藍や緑、紫――どれも冗談のように眩しい。


 髪は高く結い上げられている。

 額には石。

 頭から薄布(うすぬの)を被り露出を極力控えている。


 だが、隠すどころか、むしろ見せている。

 全て、計算され尽くしているのだ


 装いひとつで人を翻弄できるのだなと──

 どよめく宴席会場が、何よりもその証だ。


 きらびやかな女性たちを眺めていたライオネルだったが、その女性たちの列に、立ち上がった第二王子が近づく姿が目に入る。


「どこの美人を連れてきのかと思った。ミレーユじゃん。綺麗だし、可愛い。俺の国の衣装も似合うな」


 “ミレーユ”?


 第二王子、ジャリールが微笑みを向ける相手に目をやる。


 ジャリールが手を伸ばし、ミレーユなる、その女性の薄布をさらり、と払うと馴染みのある猫目の宝石色の瞳が見える。

 肌は透けるように白い。


 ミレイユ本人だった。


 ライオネルは、思わず立ち上がろうとしたが、その肩をぐっと押さえる者がいる。見ると先程の護衛の男だ。


 意外に力の強い男は、ライオネルを見ずに言う。


「王子のお戯れです。しばしのご辛抱を」


 何故自分の妻がよその男に触れられて、辛抱せねばならんのだ。


 自国の、外交官を見る。

 首を横に振られた。


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