名代(みょうだい)
ミレイユがシュトラール辺境領に嫁いで、八ヶ月が経った春。
王城からの呼び出しで、早馬で参上したライオネルに、王太子からの打診という名の命令が下る。
「サライア王国に王太子ご夫妻の名代で?」
「さよう。行ってくれるな、ライオネル」
通されたのは城の中の小部屋。
王太子は、椅子に胡座をかいて頬杖をつき、赤毛の髪をサラリと揺らすと、笑顔でライオネルに圧力をかける。
「そなた、我に借りがあるしのぉ?屠殺は済んだかえ?」
先日のミレイユの引取人、ゼルバン男爵の件である。
ライオネルは王太子の軽口を無視して反論した。
「しかし、サライア王国は、南の強大な国。ここから、往復の移動だけでも一、二年は、かかります」
ライオネルの抗議にも、王太子はどこ吹く風。
「それが彼奴らめ、妙な物を開発しおってのぉ。ふん、親交の証とかいうての、我が国にくれよったわ。親交の証で、侵攻するのかは分からぬがの」
王太子は、フフッと笑うと、
「ではの、ライオネル。旅路の支度が整い次第、城に来よ」
「今回は、お主ら二人に政の関係者のみじゃ。お供は、城の使用人を使うでの」
そういうと、王太子は、部屋から出ていった。
「相変わらず、強引な⋯」
ライオネルは、とんぼ返りで辺境伯領へと急ぎ戻るのだった。
「サライア王国?」
数日かけて、ライオネルは辺境伯領の屋敷へと戻ると、早々に日課の報告会を開き、家令と奥方付きの侍女セラを執務室に召集させた。
「そうだ。今回、王太子夫妻の名代でな。おおかた、聖女が身重だから城から出たくないのだろ。何故、辺境を守る私に白羽の矢が立ったか、意味が分からんがな」
「⋯もし、攻められでもしたら、どうするつもりだ」
と、ライオネルはぼやいた。
「サライア王国といえば、一夫多妻制の国でしたな」
「一妻多夫制でもありますね」
ライオネルは、家令とセラの会話にサライア王国の出迎えの様子を想像する。
とんでもない数の王族が出迎えてくれた。
「⋯想像するだけで、行く前から気疲れしてしまいそうだ」
ライオネルは、はあ、と悩ましく溜息をつくのだった。
セラには旅の支度と、ミレイユの夏の衣装について、前倒しできるものは、前倒しで。
最優先で仕上げるよう仕立て屋との打ち合わせを指示した。
「なんだか今日は、セラがバタバタとして忙しそうにしておりましたが、なにかございましたの?」
寝台でライオネルの腕の中のミレイユに問われた。
ゼルバン男爵の事件以降、徐々にミレイユは一人になるのを厭うようになっていった。
淑女の礼で、手を繋いで離れて眠っていたミレイユが懐かしい。
あの頃は、離れても平気そうに眠るミレイユを恨めしく思うこともあったが。
今はライオネルが留守の時は、セラと共寝をしないといけないほどだ。
『ゼルバン男爵は、処罰が下され、この世にはもういない』と、説明しても、ミレイユの心は解放されず夢にうなされている。
ライオネルの首にミレイユは抱きつき、首筋の匂いを嗅いでくる。
この行為も、男爵の件以降、頻繁に増えている行為だ。
ミレイユ曰く、安心するそうだ。
首に抱きつくミレイユの背中に腕を回す。
柔らかくて、細くて、小さい。
舞踏会の夜、こんなにか弱い少女から離れた事を、未だに後悔している。
ミレイユの背中を安心させるように擦る。
サライア王国には、セラを連れてはいけない。
王都までなら供はできる。
大国でのミレイユの様子が、ライオネルは気掛かりで仕方がなかった。
「行って帰ってまた来て、大変じゃのぉ、そなたも」
誰のせいで⋯、という言葉を飲み込むライオネル。
王太子からの、軽口である。
相変わらず、城の小部屋に通されたライオネルは、ミレイユを連れての謁見だ。
既に王太子は椅子に座して、ライオネルの入室と同時に上記の言葉である。
(しかし、もう日が昇ったというのに、こんなにのんびりして良いのか?サライアの王国まで馬車に船にと移動日数だけでも相当だが)
城内をチラリと見たが、馬車の準備すら無かった。
ライオネルとミレイユは、王太子に挨拶をすると王太子は軽く頷き二人を見遣る。
「今回は二人とも、我に協力してくれたこと、礼を言う。我が妃に新しい命が芽吹いていての。妃には安静に過ごして欲しいし、我も妃から離れがたいのじゃ」
「サライアの国はちと刺激的での。それでいてしつこい。試される国とも言えるのぉ。二人ともしっかり励むのじゃぞ」
そう言うと王太子は、にっこりと微笑み、「そろそろ頃合いじゃな」と、立ち上がる。
「さて、参ろうぞ。サライアの国じゃ」
しかし、訪れたのは朝焼けが眩しい城内の離れの一角。
石造りの立派な建物だが、はて?サライア王国?
ライオネルは、首を傾げながら(もしや、王太子の悪戯?)と勘ぐったが。しかし、建物の前には既に城の関係者の者や山のような荷物が。
わけも分からずライオネルはミレイユを伴い後へと続く。
建物の中は、広々としていた。
ポツポツと見慣れぬ物体がある。
「彼奴ら、突然これを置いていっての。ここは、急拵えで建てたのじゃ。その内、地下でも掘って、追いやろうかと思っておる」
王太子が、歩を進めながらクルリと振り向くと、ライオネル達にこう言った。
「ごく一部の者しか知らぬ、転移装置じゃ」
転移装置?
「人でも馬でも物でも、なんでも一瞬でサライアに着くそうじゃ。転移先の相手も殺そうと思えば殺せる、おぞましい一品よ」
「期日までに戻ってくるのじゃぞ。ここは、決まった期日以外のものは侵入者とみなし、木端微塵にする仕掛けが組んでおるからの」
「ちなみにこれは、魔力で動くようじゃ。我の魔力で送ってやるからの。では、みなの者、行って参れ」
そういうと、転移装置なる物体に王太子は手をかざす。
物体が反応するように光ると、ライオネルの世界がグニャリと歪んだ。
咄嗟に、ライオネルはミレイユの肩を抱き、引き寄せる。
自分の身体が溶けていくような、不思議な感覚の中、気付けば王太子の姿はなく、自国ではない異国の風体の者たちが遠巻きに自分たちを見ていた。
「え⋯?」ライオネルから、間の抜けた声が出る。
なにが起きたのか、分からなかった。
ライオネル一行の姿を確認した異国の者たちから、歓声が上がる。
『王様ー!来ましたー!ノルデリアの方たち、ご到着でーす!!』
『え!?もう来たの!?早くない!?』
『ほっほまっへー!(ちょっと待ってー!)』
『早く!王様、早く飲み込んで!』
『だから、小腹空いてても我慢しようって言ったじゃない!』
『うちが時間にゆるいだけで、他の国はみんな時間を守るものですよ』
(サライア語⋯なのか?全く理解できないが)
離れた所で繰り広げられる会話が聞き取れない、辺境伯領出不精・ライオネル。
そして、未だにここが本当にサライア国なのか、半信半疑である。
船で何日もかかる場所が一瞬で⋯。
夢を見させられているのではないだろうか、と考えるライオネルの目に飛び込んできた者は――
なにか、口をモグモグさせている人物――おそらく王と思しきその男と、彼に付き添う者たちが、ぞろぞろと物陰から現れた。
ふーっとゆっくりと呼吸をした王は、口元を払うような仕草をしてからゆっくりと瞬きをし、キリッと威厳に満ちた表情を作ると、
「ノルデリア王太子殿下の名代として、我がサライアの地にご来訪された、シュトラール辺境伯、ライオネル・ヴァルト・シュトラール殿――ならびに、尊きその御令室、ミレイユ・アーデンハイド殿。おふたりのご足労と、その志に、我ら一同、深く感謝を捧げよう」
王は、一呼吸置くと再び口を開く。
「どうか、この異国の地においても、心やすらぐ時があらんことを。このサライア王国を挙げて、貴殿らの歩みをお支えいたそう」
と、厳かに言うのだった。
『ご足労って、転移装置で一瞬なのに』
『シッ!聞こえてる!こんな挨拶、社交辞令みたいなものなんだから。夜遅くまで練習してたお父様が聞いたら泣くわよ』
ヒソヒソと、サライア語は聞こえてくるが、なにを言っているのか全くわからないライオネル一行だった。
そこへ、
『ワリぃ!!寝てた!』
バタバタという足音とともに何者かが入ってきた。
『遅いわよ、お兄様!』
『お父様が、寝る間も惜しんで練習した挨拶、終わったわよ!』
『あ?そーなの?ごめんな、親父。緊張した?』
『死ぬほど緊張したー!娘たちに馬鹿にされたー!』
(また、サライア語⋯)
今さきほど入ってきた青年を囲むように、サライア王族の者達が口々と声を掛けている。
一体何を話しているのか分からないライオネル一行は、蚊帳の外となっていた。
王様がライオネル達に振り向くと、
「すまない。今、参上したのは不祥の次男、ほれ、名乗れ」
と、次男という青年に挨拶を促した。
「遅れて申し訳ない。私はサライア王国――第二王子、ジャリールともう⋯す」
と、言うと一点を凝視したまま固まった。
そのままフラフラとミレイユに近寄り、そっと手を取ると、
『誰、この子、めっちゃ可愛い⋯』
(サライア語だが、今可愛いって言ったか?コイツ)
ライオネルの警戒心が湧いた。
手を握られたミレイユは、困ったようにジャリールに微笑み、ジャリールが握っていた手をそっと外しながら、
「第二王子のお手を取られるような者では⋯。私は、シュトラール辺境伯の妻、ミレイユ・アーデンハイドと申します」
と言い、お辞儀をするのだった。
『え?奥さんなの?誰の?シュトラール?』
と、言うとジャリールは、目線をライオネルに移すと、
『でっか!!!』
と叫び、驚くのだった。
(サライア語だが、今でかい、と言ったか?コイツ)
なんとなく、ジャリールの言うサライア語が分かってくるライオネルだった。




