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降臨、王太子



 謁見の許可が降りたライオネルは、城の小部屋へと通された。

 既に椅子には、王太子が胡座(あぐら)をかいて座っている。


「先ほど振りじゃのぅ、ライオネル。急にどうしたのじゃ?」


 酷薄(こくはく)そうな唇を薄く吊り上げ、王太子は楽しげに笑んだ。


 ライオネルが両膝をつき、臣下の礼を取ると、


「堅苦しい挨拶は無しじゃ。ふふ。膝を折ってまで我に謁見を願い出るとは──余程のことと見えるの。発言を許そうぞ、ライオネル。申してみよ」


 赤毛がさらりと揺れる。

 王太子は、愉快そうにライオネルを見つめる。


 王太子に見つめられ、ライオネルは口を開く、


「《婚姻神聖保護法こんいんしんせいほごほう》の緊急適用を──。手続きなしに、ご裁可(さいか)いただきたく存じます」


「ほう⋯⋯“神聖法しんせいほう”を、とな?」


 王太子の目が、猫のように細まり、遊びを見つけた子供のように輝いた。

 座したまま、肘掛けに頬杖をつく。


「して⋯⋯()()()()()()()()()()()()()が城内におると?」


「はい」


「ほほう。壇上からも目立っておったからのう、あの娘。老若男女の視線を一身に浴びておった」


 言葉を切ると、王太子は口の端をくいと上げた。


「魔物の子と囁かれる者の奥方に、手を出すとは⋯⋯、なかなかの胆力じゃのぅ。その男、少し見てみたくなったわ」


「名は、グラファ──」


「ああ、よいよい。どうせ、覚えきれぬわ。どんな男か申せ」

「ふむ。⋯⋯ほう、豚のように肥えておるとな? よかろう」


 仰ぐように片手を振ると、


「誰ぞ、“豚の男爵”とやらをここへ。縛っても良い。我が許す!」



 やがてゼルバン男爵が縄に縛られ、引きずられるようにして姿を現す。


 顔は所々腫れ上がり、その中でも顎は真紫に腫れ上がっていた。

 歯も抜け、口元から血が滴っている。


「ふむ⋯、実に醜い豚男爵じゃのう」


 王太子は席から立ち上がると、男爵に視線を落とす。


「そこの豚男爵よ。手を出した女が、ライオネルの奥方と知って──なお狼藉(ろうぜき)を働いたのかや?」


「わた、わたひは、ひょん、な──」



「おお、なんという⋯⋯息の臭さよ」


 王太子は、ゼルバン男爵から顔を背けると、ハンカチを取り出し、鼻をつまむように口元を覆った。


「お主のような男が、我が愛し子の聖女に手を出そうというものなら、その場で八つ裂きにして、灰にしておるところじゃがのう」


 一歩前に出て、王太子は告げる。


「ふむ。良いことを思いついたぞ。ライオネルは、剣士じゃ。剣士の奥方を(かす)め取るならば、せめて剣を交えんとのぉ」

 

 そう言うと、ふふふ、と微笑み男爵にこう命じた。


「お主、剣を取れ。そして、手袋をはずせ。──魔物の子に手袋を投げるのじゃ。ただちに決闘ぞ」


 ヒラリとハンカチを放り、王太子は右手を軽く振る。

 中庭に、炎の円が燃え上がる。闘技場の完成だった。


「我は、炎の使い手。この程度、無詠唱でも余裕よ」


 笑みを浮かべたまま、王太子は振り返りもせずに命じる。


「誰ぞ、豚の男爵を、はよ外につまみ出せ!」





 中庭の即席闘技場に放り込まれた男爵の前には、既に大剣を手にしたライオネルが、黙然と立っていた。


「ひぃっ、ひぃっ⋯⋯!」


 男爵の足が震える。

 近衛が剣を地に落とすも、手を伸ばすことすらできない。


 そして──


「豚の男爵、手袋は投げぬのか?」


 中庭に出ることを制限された招待客を背に、悠然とやってきた王太子が円陣の炎の外から男爵に声を掛けるが、反応しない様子にふん、と溜息を吐く。


「ならば、“神聖法”のもと、処罰を許可する。豚の男爵、おぬし、“神聖法”は分かるかや?お主のような男を罰するための法律じゃ。我が愛し子との婚礼記念に設けたのじゃ。よそ者に手を出されては困るからの」


 目を三日月のように細めて笑むと、笑んだ形のまま目が開く。


「人のものに手を出す輩ぞ。そやつらには抵抗させず、なぶり殺しを許可する法案じゃ。ただし、今宵は特別じゃ。不埒ふらちにも手を出した者にも、剣を握る権利を与えようぞ。我は暇でもあるが、寛容でもあるのでな」


 ニコリと微笑みながら王太子は言う。


「さあ、どうした、豚の男爵よ。ライオネルからなぶり殺しにあうぞ。ほれ、はよ抵抗し、我を楽しませるのじゃ」


「ひっ⋯ひぃっ⋯⋯!」


 剣を握ろうにも、剣に触れた瞬間、一刀両断しそうな紅い目の男を前に、男爵は膝をつき、腰を抜かす。


 立ち上がることすらできない。


「⋯⋯つまらぬの。なんぞ、ただの豚ではないか」


 王太子は表情をなくすと、そっぽを向き「興が冷めたわ」

と、言い捨てた。


 そして、男爵を見ることもなく、


「ライオネル、そなたの勝ちじゃ。豚は好きにせい」


 そう言い、踵を返したところで、ふと足を止め、振り返る。


「──あぁ、待て。この豚、そなたがくれたくだんの書簡の男であったか?」


 ライオネルが無言で頷くと、王太子は「ふむ」というと、


「⋯ならば、調査じゃな。豚の身柄は、しばしこちらで預かろう。明朝、家宅捜索を命じる」


 その声音には、先ほどまでの遊び心は無い。


「奥方に用いられたという拷問具は──押収後、そなたに渡そう。この豚と共にな」


 そう言い残し、王太子は城へと戻ってゆく。

 ゼルバン男爵は、近衛に引きずられ、城の地下牢へと運ばれていった──。


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