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それでも、今できることを



 王都に向けて、馬車の旅を続けて一週間。

 ようやく半分程度の道のりだ。


 ミレイユの馬車には、ライオネルとふたりきりの時もあれば、セラとふたりきりだったり、他の使用人も交えてお喋りに(きょう)じたり、と馬の体調に合わせての旅となっているので、比較的ゆっくりとした旅程となっている。


 本日の宿泊先は、街の宿を一軒貸し切りだ。


 宿の女将が案内してくれた部屋は、特別室。


 中は広く、白木の床にはほのかに艶があり、窓辺には季節の花が活けられている。

 見回すたびに、もてなしの気配がにじむ。

 清潔感もあり、ゆったりと過ごせそうだ。


 ひととおり部屋の案内を受けた後、

「では、お食事のお時間になりましたら、お声がけをさせていただきますね。それまで、ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

そう言うと、女将は、出ていった。


 侍女のセラと、男性従者は、ライオネルとミレイユの荷物の整理をしている。


「疲れていないか、ミレイユ」

ライオネルから尋ねられた。


「いいえ、全く。ライオネル様や皆様のおかげで。それにしても王都までの旅って、お宿を貸し切りにして泊まるのですね」


 ミレイユの感想に対して、

「まぁ、どこも大人数での移動となるとこんな感じだと思うが」


 そこで、ふと、ライオネルは、質問した。


「⋯ミレイユは、うちに――シュトラールまで輿入(こしい)れに来ただろう?あの時は、どうだったんだ?」


 その質問に、てっきり宿を利用していた、と答えると思っていたのだが、ミレイユは、

「馬車の中で、お休みさせていただいておりました」

と、笑顔で答えた。


 宿ではなく⋯、と声に出そうなところをライオネルは寸でで飲み込んだ。 


 ミレイユの発言に、セラも作業の手を止め「馬車⋯、」と呟く。


 馭者(ぎょしゃ)には路銀を渡していたはずだ。

 この旅程にも参加しているはず。


 本人に問い詰めたい気持ちを抑え、屋敷に帰り次第、家令に詳しく話を聞こう、とライオネルは自分に言い聞かせた。


「あの、奥様。輿入れの際は、長い旅の行程(こうてい)で身体も汚れていたと思いますが、辺境伯領到着時は、そうは見受けられませんでした。どこかで、身を清めていたのでしょうか?」


 セラの質問に、ミレイユは


「来る途中にずーっと川が続いているでしょう?そこで身を清めていたわ」

と、答えるのだった。


 その答えに、ライオネルとセラは絶句した。


 いくら当時は、()せ細り、子供のような身長と体つきであっても、女性である。


 聞けば、馬を休ませる際に川を利用していたそうだ。

 その機会に済ましていたと言う。


 馭者は何をしていたのだ、とライオネルは、強い苛立ちを覚えた。


「寝泊まりは、馬車だと先程お伺いいたしましたが、お食事などはどこで調達をされていましたか?」と、セラは努めて冷静に、さらに尋ねた。


 セラの質問に、ライオネルは、(路銀を渡していたから食事の世話ぐらいはされていたはずだ)と、思った。


 しかし、ミレイユの答えは、

「食べられる草を食べていたわ。馭者の方がお宿を利用する際に、お宿の方から調理場を貸していただいたの。だからちゃんと灰汁(あく)抜きも出来て。親切だったわ」


 ライオネルもセラも衝撃で、相槌(あいづち)も返事も出来なかった。


 (なお)もミレイユは続ける。

「教会にも泊まらせていただいたわ。皆、親切で他にも食用に出来る雑草を教えていただいたわ。馭者の方からは、パンもいただいたの」


 ライオネルは、足早に部屋から出ていった。


 笑顔でなんでもないことのように話すミレイユを見ていたら、居ても立ってもいられなかった。


 馭者は、すぐに見つかった。


 早足の勢いのまま、馭者の胸ぐらを(つか)む。

 驚きに目を()いた馭者を(にら)みつけてライオネルは、馭者に尋ねた。


「貴様、夏にミレイユが輿入れの際、往復の路銀を渡していただろう?宿代に食事代、二人分に加えて多めに渡していたはず。何につかった?何につかったか、私に言え!」


 ライオネルの剣幕に、馭者は震えながら答えた。


「あ、あ、あたし、いえ、わ、私が、奥様をむか、迎えに行った際、そこの、奥様の“引取人”と名乗る男爵の方に、こう言われました」


 馭者は生唾(なまつば)をグビリ、とのむと、今までの人生で使ったことのない言葉を遣い、記憶を探った。言い間違えた瞬間、(しかばね)になりかねない気迫だったからだ。


「『この()は、我が家に借金をしていて、“支度金で返済する”と、この()に言われましたが、返済に()てるには、とてもじゃあないが足りません。こ、この()の分まで、路銀が出ているのであれば、それも借金の返済に充てる』と」


 唇を舐め唾を飲み込むため、嚥下する。

 ライオネルから胸ぐらを掴まれているため喉は苦しく、その目に涙が溜まる。


 それでも馭者は続けた。


「『なにぶん、浪費癖(ろうひぐせ)のある娘なので、我が家も困っている』と、私は断ったのですが、『辺境伯様には、先触れも出して了承済みだ』と。奥様には噂もありましたので、それで⋯」


 ようやく、言い終えたところにライオネルの顔がぐい、と迫り、「ひっ」と思わず声が出た。


「ならば、なぜ戻ってきた際、それを報告しなかった?家令がミレイユの荷物がカバンひとつだけなのかと、お前を尋ねてきただろう」


 赤い目がギラギラと馭者を追い詰めながらも、次の言葉を口にする。


「その時、多めに渡した路銀を、すべてその引取人の男爵とやらに渡したと、報告できただろう。何故しなかった?」


 ライオネルの詰問(きつもん)に、馭者は声を震わせながら、


「も、申し訳ございません⋯」

と、謝罪するのだった。


「わかった、もういい。辺境伯領に戻った際は、必ず家令に当時のことを報告するように」


 ライオネルは、馭者を掴んだ手を放し、そう言うと(きびす)を返して歩き出した。


 なにかミレイユに、(つぐな)いをしたかった。


 辺境伯に輿入れをする妻に宿にも泊まらせず、飯も与えず、草を食べさせていたなど。

 馭者は、それを見て見ぬふりをしていたなど。

 川で身を清めていたなど。


(しかも、私はそんな妻を初対面で冷たく扱った。

 馬車を降りる際に、エスコートもせず、妻に恥をかかせて)


 ライオネルは、ミレイユのためになにかしたかった。


 埋め合わせには足りないが、とりあえず、今晩の料理をびっくりするほど豪華にしよう、と決めた。

 すぐに女将に掛け合うために、ライオネルは階下へと降りた。



 夕餉(ゆうげ)の時間。

 思わず口を開けたまま、ミレイユはしばし固まっていた。

 所狭(ところせま)しと料理が並び、テーブルの天板(てんばん)が見えないほどだったからだ。


 女将(いわ)く、

「こんなに作ったのはいつぶりぐらいでしょうかねぇ〜。うちの旦那も初めて使う食材に気合が入りましたよ」

とのこと。


「男性の兵士が多いと、夕餉がこんなに豪華になるのですね⋯」

 

 ミレイユは、目をキラキラさせて呟いた。


 ライオネルは、ミレイユの口に合いそうな料理をどんどん皿に取り分けながら、「兵士は、肉さえあれば文句言わん」と、言い、


「兵士のことは、どうでも良い。しっかり食べて、よく休むんだ。甘味(かんみ)も用意してもらっている。君の好物だとセラから聞いた」


 ライオネルの言葉にミレイユの目が輝く。


「ありがとうございます。ライオネル様⋯」


 ライオネルの親切に(馬車の旅ってとっても良いものだわ)とミレイユは思うのだった。



 夜の寝所では、淑女(しゅくじょ)の礼儀に忠実に手を繋いで寝ようとするミレイユを、ライオネルは静止した。


 今夜は抱き合って眠りたいと言う。


(どうしたのかしら、ライオネル様。いつもこんな事(おっしゃ)らないのに⋯)


 旅路一週間目で郷愁の思いに駆られたとか?


 ミレイユは、まだ乳母がいた頃、両親とは眠れない夜の事を思い出した。


 寂しがるミレイユを乳母があやしてくれたように、ミレイユは身体を少しずらすと、ライオネルの頭を引き寄せ、己の胸に抱いて「よし、よし」と、安心させるかのように、頭をさすってあげた。


 ミレイユの胸に顔を埋めたライオネルは、落ち着いたのか、(しばら)く動かなかったが、くぐもった声で、


「すまない、ミレイユ。所用を、おもいだした」と、言うと、ギクシャクとした動きでミレイユから離れ、右手と右足を同時に出しながら、(かわや)へと()もるのだった。


 翌日の馬車の中は、軽食がこれでもかと言うほどバスケットに敷き詰められていた。

 菓子も同様だ。


 馬車は、ミレイユ、ライオネル、セラの三人。


 何故か、ミレイユは、ライオネルに横抱きにされていた。


 小腹が空く頃になると、セラがバスケットからミレイユが食べたいであろうものを取り出すと、ライオネルに渡す。

 ライオネルは、それを受け取ると、ミレイユに手ずから食べさす。


 飲み物も同様だ。


 給餌のような状態のミレイユは、「このままだと、舞踏会の日にドレスが着れなくなってしまいます!」とふたりに抗議をしたのだが。


「仕立て屋も同行している。サイズはどうとでも出来る」

と、ライオネルが断言すると、セラも静かに頷くのだった。


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