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君と共に紡ぐ春の道



 暦の上では、春。

 しかし、ここシュトラール辺境伯領では、まだまだ冬の雪が残雪(ざんせつ)としてうず高く積もっていた。


 本日は、王都に向けていよいよ出発の日である。



 沢山の荷物と、たくさんの馬たち、警護の兵士などでいつもの静かな朝とは違い、騒々しい。


 ミレイユは、窓辺からその様子を熱心に眺めていた。


「奥様、出発までまだしばらくお時間がかかりますので、どうぞお座りになって(くつろ)いでくださいな。準備が終わり次第、セラも呼びに来ることですし」


 セラではないお部屋付きの侍女が、ミレイユに声を掛ける。


「そう⋯ね。でも、つい気になってしまって」

そういうミレイユの目はキラキラと輝いている。


 まるで子供のように、窓辺から離れてもチラチラと窓に視線をやるミレイユを、侍女はクスリ、と微笑むと、


「ならば、いっそ外で様子を眺めましょうか」

と、言ってくれるのだった。



 喧騒(けんそう)から離れたところで、侍女と2人でその様子を眺める。



「すごいわね。王都へ向かうには、こんなに物や人が準備されるのね」


「そうですね、皆どこも同じように、短い期間でもどこかへ移動となると、人や馬は必ず必要ですね。道中の護衛も必要で⋯す⋯し」


 侍女は答えながら、ミレイユの輿入れ時を思い出していた。


 玄関の入口で待機していた侍女は、開け放たれた扉からあらわれた姿、皆の前で挨拶をするミレイユの貧相に痩せた姿に軽い衝撃を覚えた。


 それに加え、その後、家令が奥様の荷物をカバンひとつの訳が無い、と他の荷物の行方について確かにそうなのかと周りの使用人に聞きまわっていた。


 思えば、嫁いできたというのに、侍女はひとりも付けていなかった。

 没落した伯爵令嬢なので、そうと言われればそうなのかも知れないが。


 王都では、(ぜい)を凝らしてわがまま放題、家が取り潰しになった原因と噂の娘。


 しかし、侍女の目の前にいるのは、王都に行く準備だけで、頬を紅潮(こうちょう)させ、目をキラキラと輝かせ、熱心にその様子を見ている少女だった。


「奥様、舞踏会、うんと楽しんできてくださいね」



 辺境伯領の女性の平均身長より小柄なミレイユを見つめ、侍女がそう言うと、


「ありがとう。うーんと!楽しんでくるわね」


と、茶目っ気たっぷりにミレイユは、答えるのだった。



 領主が旅立つという事もあって、家令を筆頭に屋敷全員でのお見送りだ。


「旦那様、奥様、お気をつけていってらっしゃいませ」

「舞踏会楽しんできてくださいませね」

「あちらで体調を崩しませんように」

「王都を楽しんで来てくださいね」


 みんな、それぞれお見送りの言葉を送ってくれる。

 少しの間離れるだけというのに、ミレイユの涙腺は、熱くなってしまう。


 ライオネルを見ると、さすが辺境伯領主、見送られるのには慣れた様子で皆の声に応えていた。


 馬車へと乗り込む。

 セラは別の馬車だという。

 ちょっと淋しい。


 馬車が出発する。

 皆に手を振りながら思い出す。

(そういえば、この馬車、揺れがとても少ない馬車だったわ)


 以前この馬車をミレイユのために、と特注で拵えてくれたライオネルを振り向くと、ミレイユは

「ライオネル様、色々とお心配りをしていただきありがとうございます。お陰で快適な馬車の旅になりそうです」

と、笑顔で告げた。


 見送る皆の姿が遠く見えなくなると、ライオネルが同じ座席に座ってくれた。

 それだけではなく、ミレイユを抱えて膝の上に座らせた。

 脚は痺れないのだろうか?そんな事を考えていたミレイユは、はた、っと気付く。


 そういえば、こうして二人の時間を過ごすのは、いつぶりだろうか?

 ここのところ準備で忙しく、ライオネルよりも先に寝てしまっていたことも続いていた。


「なんだか、ライオネル様とこうしてゆっくりするのも、久しぶりですね」

ミレイユはそう言い、ライオネルの首筋に鼻を寄せるとスーッと深呼吸をした。

 ライオネルの香りは大好きなので、落ち着くのである。


 そんなミレイユの肩から二の腕を愛おしく(さす)りながら、ライオネルは、ミレイユの頭に唇を落とす。


「そうだな。寂しかった」


 ライオネルの言葉が胸に染み込む。


「ところで」と切り出したライオネルから、


「男女は不用意に近付いてはならぬのでは?」

と、意地悪くそう言われた。表情はミレイユをからかう時の顔である。


「馬車の中は、お部屋と違って狭いから、例外です!」

そういうと、ミレイユはライオネルにギュッと抱きついた。


 ライオネルもそんなミレイユを優しく包み込むように抱き返すと、二人で笑い合うのだった。



 セラがいないとなるとライオネルのお世話は、私がやらねば、とミレイユは気合を入れていたのだが、ライオネルからセラ以上に、甲斐甲斐しく世話を焼かれた。


 お菓子はライオネルの手ずから。

 携帯の飲み物もライオネルの手ずから。

 口元が濡れたらそれも優しく拭いてくれる。


(ライオネル様⋯、よほど寂しかったのね。まるで子供の頃に面倒を見てくれた乳母のようだわ⋯)


 ミレイユの身体でライオネルを膝に乗せるのは不可能なので、ミレイユは膝枕をすることにした。

 恥ずかしがるライオネルを無理やり寝かせた。


 近隣の村への視察での、セラとの馬車の旅も楽しかったが、こうしてライオネルとゆっくりとふたりきりの時間を楽しむ馬車の旅も、悪くないな、とミレイユは思うのだった。


 ライオネルの黒髪を()でながら、馬車の窓から外に目をやる。


(戻る頃には、すっかり雪が溶けているのかしら?)


 春の辺境伯領は、どんな景色なのだろう?と、今から楽しみなミレイユだった。

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