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仮縫いのステップ、本番の約束




 まだまだ冬模様のシュトラール辺境伯領。


 辺境伯夫人ミレイユは、王都で開かれる春の舞踏会へ向けての準備に、日々追われていた。



「はい、では参りますよ、ライオネル様、

――1、2、3。――1、2、3」


 ミレイユが発する掛け声に合わせ、ゆっくりとライオネルはミレイユをリードするようステップを踏んだ。


 仕立て部屋にある別室で、二人は舞踏会用の衣装を身に着けている。


 ただ違うのは、衣装が最終調整をするための仮縫い状態。


 動きに合わせて着心地に違和感がないか、軽くダンスのステップを踏んで確認をする。


 ミレイユの衣装は、すべての縫い目は本縫い前のしつけ糸で留められており、生地はまだ本番の質感そのままではないものの、動きを確認するだけなら十分な仕上がりだった。


 肩やウエスト、胸元のカッティングも仮とは思えないほど美しく、ミレイユの肌に優しく沿っていた。


 (すそ)も軽やかに揺れ、動きに合わせて布が静かに波打つ。



 ライオネルの衣装もまた、ミレイユと同様に仮縫いの段階だ。


 黒に近い深いボルドーのジャケットは、すべてしつけ糸で組み上げられており、 随所には白い補強布(ほきょうぬの)が仮留めされている。


 肩と腰まわりには動きやすさを見込んだ余白があり、軽く身体を傾けただけでも、布が控えめに浮く。


 刺繍はまだ完成しておらず、金糸の意匠は全体の半分ほどしか施されていない。 だが、柄の配置はしるし糸で丁寧にトレースされていて、 最終的な仕上がりの美しさを容易に想像させた。


 首元には、本番と同じ素材を使ったフリルタイが仮結びされており、 踊りのたびに軽やかに揺れながら、視界や動作の妨げにならないかが確かめられている。


 背面には数段階のベント(切れ込み)が仮どめ糸で縫い分けられ、 ターンやステップのたびに、その開き具合を微細に確認していた。


 足元のブーツと腰の剣帯(けんたい)だけは本番仕様で、 これはライオネル自身が普段から使い慣れているものである。 ダンスの重心を確かめ、所作に馴染ませるための本気の装備だった。


 左手には、染色前の仮縫い用グローブがひとつ。 縫い目の感触や指の可動域(かどういき)を試すためだけに、あえて片手のみに。


 さらに、懐中時計のチェーンもまだ仮金具のままで、 踊っているうちに落ちたり、引っかかったりしないか、 動作に合わせて慎重にバランスが見極められている。



 ミレイユとライオネルの要望に応え、仕立て屋が都度修正、セラはその箇所を紙へと書き込み、漏れがないようにする。

 

 その様子をミレイユは、佇みぼんやりと眺め、自分の衣装に視線を落とした。


(なんだか、衣装が出来上がってくると実感が湧いてくるわね)


 来月には、もう王都に出発なのである。


 はやる気持ちを抑え、ミレイユは隣に立つライオネルを見上げた。

 ミレイユの視線に気付いたライオネルは、微笑むと口を開く。


「大丈夫だ。たくさん練習しているのだろう?それがお前を導いてくれる」


 そう言うと優しく、ミレイユの手を握り、安心させるかのように手の甲を擦ってくれた。


 はやる気持ちは、緊張も含んでいたのか、ミレイユは自身の手が少し汗ばんでいることに気付いた。


 ライオネルが擦る手に、ミレイユは空いた手を重ねると


「来月はいよいよ王都、と思うとたしかに今から緊張してしまいますけれど、こうしてライオネル様と踊るのもあと少しなのかと考えましたら、淋しくも思います」


 ミレイユはライオネルの手を握るとそう答えた。


 そんなミレイユをライオネルは、愛おしく見つめ、

「また、いつでも踊れる。その時はまた大広間の家具を壁に寄せよう」


 そして、続けて「張り切る家令の腰が痛まない程度にな」と言うと笑うのだった。


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