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春の妖精に、贈るドレス



 雪積もるシュトラール辺境伯領。


 辺境伯領屋敷の部屋のひとつでは、領主の妻であるミレイユのために、仕立て屋を雇い入れて常駐させている。


 主であるライオネルは、奥方ミレイユへ仕立てるドレスに使う生地選びについて、仕事以上に真剣な眼差しで、じぃっと生地を眺めていた。


(うーん、どれを選んでも似合いそうなので、違いが分からん)


 剣しか握ったことない(おとこ)、ライオネルは繊細な布をひとつひとつ触りながら「うーん⋯」と、(うな)っている。


 職人が、「奥様の髪、肌、瞳のお色に合わせたものと考えますと⋯、ざっとこちらの色達になりますでしょうかね、ええ」

と、出してきた色見本の種類の多いこと。


「ドレスの生地に使うものでしたら、この辺でしょうかね、ええ」

と、出してきた生地の種類の多いこと。


「今あるドレス生地で、在庫がある色だとこちらになりますかね、ええ」



「⋯減らんではないか」


 てっきり、色と生地を掛け合わすと選ぶ種類が限られる、と思っていたがそうではなかった。


「ええ。私、奥様のために、と雇い入れられた身ですので、ええ」


 もういっそ、『ひとつのデザインを色違いで!』と、言いたくなる気持ちをぐっと(こら)える。


 同行した家令の目が怖いからだ。


『初めて奥方様にドレスを贈るのですから、もっと真剣にお選びくださいませ』


と、目が語っている。



 そこへ奥方付きの侍女、セラが入室してきた。

 家令が呼んだそうだ。


「遅れてしまい申し訳ございません。奥様と話し込んでしまいました」


 ライオネルは、つい、「なにを話していたのだ?」と聞きたくなる気持ちをぐっと堪え「そうか」とだけ、呟いた。


 しかし、セラが察してくれたのか、“話し込んでいた内容”を話し出す。


「奥様にどこに向かわれるのか、と問われ、旦那様が奥様に贈るドレスのことをお伝え致しました。瞳がこぼれそうなほど驚いてらっしゃいましたよ」


 ライオネルの頭の中に、猫のような瞳をいっぱいに開いたミレイユの姿が描かれ、クスリ、と思わず笑みが(こぼ)れた。


 セラは続けて言う。


「『お忙しいライオネル様の貴重な時間を、私ごときに使わせてしまって良いのかしら』と、申し訳なさそうにしておりました」


 セラの言葉に、ライオネルの頭が冷えていく。


 今すぐミレイユにこう言いたかった。


(それは、違う。

ミレイユだから、時間を割くんだ。ミレイユだから、ドレスを贈りたいだ。私はミレイユだから、君のために選びたいし、贈りたいのだ)


 驚いた瞳が、笑顔に変わるように。


 ドレスなんてどれも同じだと思った自分を張り倒したい。


 君が一番綺麗に映える色を――。

 君を一番美しく輝くデザインを――。


 私は贈るよ。

 ミレイユだから、ミレイユのために――。



 ライオネルが腰を据えて、布選びをしようと心を入れ替えた時には、既にセラによっての選別が進められていた。


「春の舞踏会なのに、この辺は、寒色なので向きません。

いっそ夏のドレスに用いると、涼しくて良いかも知れませんけど」


「この色⋯これだと、子供のお遊戯の発表会ね」


「この色は、下品だわ」


 セラの言葉に力がこもりだす。


 あっという間に数色の色のみとなった。


 セラがにこやかに、「デザインは、上から踊る姿を眺めた時に、花が咲いたような華やかな印象を持つようなデザインが良いと思いますが、どうでしょう?」


「⋯大変良いと思う」

セラの圧に、主人であるライオネルは、気が付けば首を縦に振っていた。


「ならば、フンワリとした透け感のある生地を用いまして、春の妖精のようなデザインはいかがでしょう?奥様の優しげな雰囲気にぴったりだと思いますよ。ええ」


「新妻らしく初々しい色香も欲しいところですわね」

職人とセラがふたりで話し込み、ライオネルは()か否か、うなずくだけの役回りとなっていた。


「旦那様、執務室の時とあまり変わらないようですが」

家令の嫌味に「うるさい。」と、しか言えなかった。


 職人とセラが話した内容は、すぐに可視化され提示された。


「このデザインだと、奥様自身が持つ可憐さや初々しさ、そして、閣下の隣に並んだ時に、そこはかとなく漂う新妻らしい色香も感じられると思いますよ。ええ」


 簡素に描かれたミレイユらしき女性が(まと)うドレスのデザインの横には、生地が見本のように、何種類か貼られていた。


 提示された()と布で、ミレイユが着ているところを想像する。


 ⋯⋯⋯⋯うまく想像できているか、分からないが、

 誰にも見せたくないほど、可愛いミレイユが出てきた。



「大丈夫か?愛らしすぎて(かどわ)かす輩が出ないか?」


 心配が声に出ていた。



 家令から

「重症ですな」

と、聞こえたが無視した。



僭越(せんえつ)ながら、奥様の目には旦那様しか映さないと思いますので、誰も手を出す気も起きないほど、密な雰囲気を作ればよろしいかと」


(城の雰囲気に、キョロキョロとあたりを見回しているミレイユしか頭に浮かばないが⋯)


 雪の日もエスコートを抜けて戯れていたことを思い出したライオネルは、

(しっかりと手をつないで、迷子にならないように気をつけてやらねば)

と、心に誓うのだった。

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