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魔法がかかる夜。愛もドレスも、まだ準備中。

先日、お知らせしたにもかかわらず、R15表記がされておりませんでした。

大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ございません。


読んでくださる方、リアクション、ブックマーク、評価、筆の支えになっております。

ありがとうございます。




 シュトラール辺境伯領にミレイユが嫁いで五ヶ月が過ぎた頃。

 季節は冬。

 まだまだ雪深いシュトラール辺境伯領。

 ミレイユは、セラを連れて日課の散歩で鍛錬場に訪れていた。



「春の視察?」


 ミレイユは、男性兵士が話した内容に質問していた。


 なんでも、雪解けになると辺境伯領では、春の視察が行われるという。


「厳しい冬を乗り越えた(ねぎら)いってやつですね。少ないながらも食料なんかも(たずさ)えて、各地を周るんですけどね。」

と、男性兵士は笑顔で説明する。


「今回は、領民達に奥様の紹介も兼ねて周るんじゃないスかね?」

 ミレイユは、男性兵士の言葉に目を輝かせた。


「あ、紹介と言えば、今回は視察より城に行くんじゃねぇか?」


 しかし、そこで、他の男性兵士が別の話題を振ってくる。


「ああ、恒例の」

「恒例の」


「なあに?恒例って」


 城でも春になにか恒例行事があるようだ。

 ミレイユは気になって質問した。


「春を祝う舞踏会だったか?毎年お城から招待状が届いてるみたいなんですけど、閣下はそこにいつも視察をぶち込んでるんです」

と、説明してくれた男性兵士は、うーん、と言いながら、


「でも、今年は、王命もあったことだし、奥様を(ともな)っての強制参加になるでしょうから、視察は俺たちだけかな?」

と、言うのだった。


 ミレイユは早速、寝所でライオネルにその話をした。


「ああ、なんだ。兵士らに聞いたのか」

と、ミレイユの話を聞いて、そう反応するライオネル。


「城から招待状は届いている。兵士らの予想どおり強制参加だ。

だが、私は、ミレイユの体調を第一に考えたい」

そう、ライオネルは言う。


「私は、大丈夫ですわ。日課の散歩も続けておりますし」


「そうか。ちなみに舞踏会というからには、一曲ぐらいは踊らねばならん。ミレイユ、ダンスの経験は?」


 ライオネルは、続けて「ちなみに、俺は下手だ」という。


「子供の頃に(たしな)んだ程度で、私もそんなには⋯」


 頬を染めながらミレイユは、ぽそりと、呟いた。


 ライオネルは、そんなミレイユの頬を軽く摘まんで撫でながら、

「ならば練習だな」

と、微笑みながら口にした。


「ライオネル様も?」


 ミレイユは頬を撫でるライオネルの手に、手を重ねて尋ねてみる。


「ああ。男性のパートナーは必要だろう?しかも私とミレイユでは身長差もある。舞踏会当日を楽しめるくらいには、練習しようか?」


 ライオネルからの提案にミレイユは、瞳を輝かせた。


「嬉しい!ライオネル様との練習ならきっと楽しいでしょうね!

私、練習、頑張りますね!」


 ミレイユは、ライオネルの手を両手で掴むと、ギュ、と握りしめて元気よく答えた。


 ライオネルは、そんなミレイユを見てクスリ、と笑うと、


「足は何度でも踏んで良いぞ」

と言うのだった。



 相変わらず、淑女の礼儀は続いているようで、未だに離れて床につき、手を繋ぐ二人。


「ライオネル様の手は、本当に大きくていらっしゃいますね。とっても頼もしいですわ。ダンス、楽しみにしていますね」


 ライオネルの穏やかな紅い瞳を見つめ、ミレイユは笑顔で言うと目を瞑った。


 ウトウトしながら朧気(おぼろげ)に、ミレイユは夢を見る。


 キラキラと輝くシャンデリアの下、ミレイユは夢の中でライオネルと踊っていた。


 彼の手は大きくて、けれど驚くほど優しくて。


 背に添えられた手からも、彼の静かな温もりが伝わってくるようだ。


 ライオネルはミレイユを見下ろして、穏やかに微笑んだ。


 その微笑みに心がふわりとほどけて、「幸せだ」と夢の中のミレイユは思った。


 幸福に包まれて、いつまでもこのまま踊っていたいと思うのだった。



 実際のミレイユも、夢の続きを見ているのだろうか。

 柔らかく微笑むような寝顔で、すうすうと静かな寝息を立てていた。


 ライオネルはそっと身体を傾け、額にやさしく唇を落とす。

 その瞬間——


 繋いでいたはずの手が、ほどかれた。

 唯一の繋がりを解かれたその行動に、僅かながらの悲しさを感じたライオネルは目を伏せたが、その瞬間、ミレイユがその胸に抱きつくように身体を寄せてきて、


「⋯⋯ふふ」


 と、幸せそうに眉を緩めて笑んだ。


 その様子に、ライオネルは安堵するかのように静かに息を吐くと、胸に頬を擦り寄せ眠るミレイユを、ライオネルはそっと包むように抱き寄せるのだった。




「まあ、ライオネル様。私もなかなかの腕前⋯⋯いえ、ライオネル様の足を何度も踏んでるから、足前かしら?ですけど、ライオネル様もなかなかのものを⋯持っていらっしゃいますね」


 ミレイユは感心したように、ライオネルの足元を見た。


「だから、下手だと言っただろう。女性と踊ることが無かったのでな」

と、いうライオネルは全く平然とした様子。



 屋敷の大広間では、家具は一旦壁際へと押しやり、即席の舞踏会場が出来上がっていた。


 家令の合図と共に、ダンス練習を開始したミレイユとライオネルだったが、お互い気を遣ってのギクシャクした動き、まるでマリオネットなのである。


「そんな事は、ありませぬぞ」という家令の声に、ふたりは目を向けた。


「旦那様のダンスの基本は、幼少の頃より私が叩き込んでおります。あの時の感覚さえ掴めば、ほら、このとおり、」


と言いながら、家令はセラにお辞儀をすると、手を差し出し

「お嬢さん、一曲お相手していただいても?」

というと、手を取ったセラをリードし、クルクルと優雅に踊り始めるのだった。


「まあ。素敵」


 ミレイユは、踊るふたりを見て感嘆の声を漏らし、二人のダンスに合わせて手拍子で合わせてしまうほどだ。


 ミレイユは、ライオネルに笑顔で振り向くと口を開き、


「私たちも頑張りましょうね!ライオネル様」


 その笑顔につられ、ライオネルも微笑む。


 ライオネルは思案げに家令を眺めた後、踊る家令を呼び止め、ふたりでニ、三、言葉を交わすと、スッとカップルの態勢に入った。


 セラはそんなふたりに、手拍子で調子を合わせる。

 ライオネルと家令もクルクル、クルクル⋯。


「まあ、素敵⋯」


 ミレイユが踊る二人を見て思わず、呟いてしまうほど。


 先程のライオネルと違って、ぎこちなさも無く家令をリードしていて、とても格好が良い。


(きっと私たちに身長差があるせいね。それにしてもライオネル様と家令殿の動きは、大変素晴らしいわ)


 息ぴったりの二人のダンスに、ミレイユは目を奪われる。



 一方、ライオネルと家令はというと、



「奥方様との身長差を気になさるせいで、ぎこちなさが出ておりますな。必死に身長差を埋めようとする奥方様に対し、まるで壊れ物を扱うように慎重で」


 踊りながら家令が、ライオネルに苦言を呈す。


「そうだな、その点お前は気を遣わなくて、済む」


「老体ですぞ。壊れ物を扱うように気を遣ってくだされ」


 そんなやりとりを交わしているとはミレイユは露知らず、ふたりの踊る姿にうっとりとするのだった。


 家令とのダンスを終えると「そうだな、こんな感覚だった」と、ライオネルは独りごちり、ミレイユの元まで戻ると、腰を屈めお辞儀をし、

「お嬢さん、一曲お相手いただけますか?」

と、ミレイユに手を差し伸べた。


 ミレイユは、(うやうや)しく手を差し伸べるライオネルに、破顔すると、

「ええ、喜んで」

と、手を取り合った。


 ライオネルが手を差し出すのを見た時、ミレイユは無意識に背筋を伸ばしていた。


 顔を上げると、彼の瞳は遥か高みにあるように思えて、踵が浮きそうになる。

 けれど次の瞬間──


 彼が、ほんのわずかに膝を緩めた。

 それは目立つ動きではなかったのに、気づけば、自分の胸の位置と、彼の胸の高さが、不思議と近づいている。


「気が利かず、すまなかった。⋯⋯こうすれば、踊りやすいだろう」


 低くささやかれた声に、ミレイユは軽く息をのんだ。


 背伸びする必要はなかった。


 見上げることも、距離を測る必要も。


 ライオネルの優しさが憎らしく思えて⋯


「まあ。私を置いて、もう感覚を取り戻されましたの?」

と、意地悪く拗ねてみた。


 そんな、ミレイユにライオネルは一笑し、腕をそっとミレイユの背へと回す。


 ミレイユは、体ごと導かれていく。

 互いの軸が揃い、お互いの芯となる“中心”が重なったそのとき、ミレイユは、身体が軽くなるのを感じた。


 ミレイユが踏み出した一歩に、フワリ、と裾が揺れた。


 ライオネルの動きに合わせて、自然と身体がついていく。

 手を強く引かれたわけでも、押されたわけでもないのに──気づけば、足が先に出ていた。


 (あら⋯?)



 彼の手は優しいのに、不思議と迷いがない。どちらへ行けばいいのか、どう動けばいいのか、考える前に身体が応えている。


(身体が楽について行っていると思ったら⋯ライオネル様が私を導いてくださっているのね)


 「⋯⋯ライオネル様のお陰で、こんなに楽しいダンスは生まれて初めてです」


 ミレイユが微笑みながらそう言うと、ライオネルはほんの少し目を細めて、


 「俺もだ」と返す。


 たったそれだけの言葉なのに、ミレイユの胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 ──この時間がずっと続けば良いのに⋯。


 まるで昨夜見た夢の続きのように、ミレイユとライオネルは、時間の許すかぎり踊るのだった。



「楽しくダンスをなされているところ、恐縮ですが、今後の予定について連絡いたします」


 セラの声で、夢の世界からあっという間に現実に戻された。


 ミレイユは息を整えながら、セラの声に耳を澄ませた。


「ダンスの練習を継続しつつ、ミレイユ様は王族や他の貴族への挨拶やマナーの復習も行います」


「その他に衣装の採寸。王都に滞在となりますので、ドレスの他にも何着かお作りいたします」


「ダンスの衣装が仮縫(かりぬ)いまで進みましたら、練習時に(まと)っていただいて、最終調整へと進みます。ああ、靴も作らねばなりませんね。足の採寸も追加⋯、と」


 セラは、書き加えながら、説明していく。



「舞踏会で知り合った貴族から、ご招待を受けることも想定され、その際のマナーの勉強も必要です。継続しております貴族出身の奥方付き侍女らを手本に学ぶマナー講座には、流行や情勢に詳しい侍女を追加いたします。大体の予定は、以上になります」


 ワクワクした気持ちが不安に支配されるほどの、マナーの嵐だった。


(さっきまで、ライオネル様と夢のような時間だったのに⋯)


 ミレイユは、期日までに教えられたことをきっちり覚えられるかどうか分からない不安に、

「はい、⋯頑張ります」

と、自信なげに応えるのだった。


 そんなミレイユの様子にライオネルは、ミレイユの頭に口づけを落とすと


「不安なことがあれば、周りを頼れば良い。私にも相談してくれると嬉しい。当日の舞踏会では、私がいる。セラは城の控えの間で待っている。ひとりではなくみんなで乗り越えよう、ミレイユ」

というと、柔らかく微笑んだ。


「お茶会などの招待は、私に魔物の血が入っているとかで王都では恐れられているからな。ミレイユには申し訳ないが、まぁ、来ないだろうな」

と、ライオネルは、続けて言うのだった。


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