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秘め事の手引き、届きました。



 初夜未遂から半月が過ぎた頃の毎日の報告会。


 本日も執務室で、辺境伯で領主であるライオネル、家令、奥方付きの侍女、セラがソファーテーブルで顔を合わせている。


 ライオネルからいただいた宝石は加工はせずに、そのままの形で大切にしたいと、奥方であるミレイユの言葉を借りて、セラがいう。


「『私だけの星なのよ』と奥様は嬉しそうに(おっしゃ)っておられました」


 その言葉に、ミレイユの嬉しそうな顔が、ライオネルの脳裏に浮かぶ。


「そうか⋯」というライオネルの表情も穏やかだった。


「それと、」とセラが続ける。


「奥様への閨事(ねやごと)の資料が(そろ)いましたので、報告致します。資料は、全てに目を通しました。なるべく、奥様が理解しやすいように、絵付きの解説書を選ばせていただきました」


「資料はこちらに」と、セラは言い切ると、スッと、机に置く数冊の資料。


 題名からでも男女の身体の違いから始まり、房事(ぼうじ)所作(しょさ)など多岐(たき)に及んでそうだが、中には『旦那様を飽きさせない、正妻の心得(こころえ)』なるものもあり、ミレイユの変化に不安を覚えるライオネル。


「私もその資料に目を通してもいいだろうか」

 気付いた時には、口に出ていた。


「はい、旦那様にも是非(ぜひ)目を通していただきたいと思っておりましたので、全ての(うつ)しも用意しております」

と、セラは言うと、紙の束を出してきた。


「ぜ、全部写したのか?」


 これには、ライオネルも吃驚(びっくり)

 今月のセラの手当を三倍にしようと決めた瞬間だった。


「それで、いつから始める予定なんだ?」


 ライオネルの問いにセラは、

「明日から、というのは早計(そうけい)ですので、旦那様にお渡しした資料の内容に不備が無ければ、旦那様の号令次第で早急(さっきゅう)に取り掛かりたいと思っております」 


「そうか⋯」

 資料を読むのは簡単だ。きっと今日中には読み終えてしまう。


「少し、時間がかかるが良いだろうか?」

 心の迷いが言葉にして出ていた。


「旦那様がお忙しい身、というのは十分承知しております。こちらこそお手を煩わさせて、申し訳ございません」


 そういうと、セラは「報告は、以上になります」と言い終えた。


 セラが退室した後の、執務室では、ライオネルが資料をめくり目を通していた。


「あ」とライオネルの口から声が出た。


 房事の所作についてだ。


 ・痛がっても、決して痛いと言わないこと。

 ・旦那様の動きに(こた)えること。

 ・決して抵抗しないこと


と、書かれていた。


「そ、そんなに痛いのか⋯」


 つい文字を凝視してしまう。


 ミレイユにこんなこと出来るのだろうか、しかし、欲望に負けて、無理に押し進めてしまいそうな自分もいる。


 ミレイユを泣かすのか?

 嫌がるミレイユを?


 焦りが顔に出ていたのか、家令から声がかかる。

「しゃんとなさいませ、旦那様」


 ライオネルは顔を上げ、家令を見る。家令は言葉を続ける。


「旦那様がクヨクヨなさいますと、奥方のミレイユ様も不安になってしまいます。瓜を割るのが旦那様の役目です!しっかりなさいませ!それとも?それは出来ないと?承知いたしました。口が固く、そちらの方面に()けている者を準備致します」


 家令は、ツンとした様子でライオネルにそう進言した。


「ま、待て。誰も出来ないとは言っていない」

「私が、する。私の妻だ。誰にも触れさせはせん」


(その日が来る当日までに、ありとあらゆる備えを万全にせねば⋯!)


 そう決意するライオネルであった。



 三日後、ライオネルからの「進めて良い」という言葉をいただいたセラは、早速ミレイユに本日の午後のお茶の時間が終わり次第、教育を始めることを話した。


 男女が裸で横並び以外の何をするのだろう?とミレイユは、思っていたが、まずは男女の身体の違いからの学びだった。


(そういえば、男性の裸って見たことがないわ)


 図を見、初めて男性との身体の違いを意識したミレイユは、その夜、寝所にて早速教本どおりなのか、試してみることにした。


 いつものように抱き合って眠る夜、ミレイユはそっとライオネルの胸に両手を忍ばせた。


(まあ。本当に男性って胸がないのね。でも、ライオネル様は、筋肉なのか、とても発達していて意識したことが無かったわ)


 ライオネルの()っぱいの大きさにフムフムと触り、観察していると、ライオネルが起きた。


「どうした、ミレイユ」

「あ、ライオネル様、起こしてごめんなさい。今日、セラとお勉強した部分を実際に確かめていましたの」


「ふむ、実際に⋯え?」


 ライオネルの虚を突いたままミレイユは、ライオネルの手を両手で取ると、

「男性の胸って女性に比べてぺったんこって初めて知りました。ほら」

と言うと、男女の違いを分からせるように、ライオネルの手を自分の身体の上に置いた。


 ふにっ⋯。


 布越しの感触だったが、ライオネルの意識は、宇宙へ飛んだ。


 宇宙へ行ったまま戻ってこないライオネルをよそにミレイユは、尚且つ続ける。


「ここも、違うそうですよ。男性のは女性と違って飛び出てるんですって」

「⋯まあ、本当に飛び出てるしなんだか、ふにふにしているのね。気持ちが良いわ」


 またライオネルの手を両手で取る。

 意識が宇宙へ行ったまま戻ってこないライオネルは、まるで人形のようにされるがままだ。


「女性はここがなにもないのですよ。知ってました?⋯⋯ほら」


とミレイユは、笑顔で言うと、ライオネルの手を己の“なにもない”部分へと両太もも開き、しっかりと導いた。


「ライオネル様、男女の違いってこんなに違うんですね。私知りませんでした」

 お互いを触りあった状態でミレイユが言う。


「ライオネル様のここは、気持ちが良くて羨ましいですわ、⋯あら?大剣⋯?」


 ミレイユの両太ももで、ライオネルの手を挟み、しっかりと固定したままの状態で話しながら、再度ふにふにと触れるライオネルの身体の異変に気付く。

 ふにふにがカチカチになっていた。


「ミレイユ⋯っ!!」


 宇宙から意識が帰還したライオネルは瞬時に状況を把握し、ミレイユの太ももから素早く手を抜き、ミレイユの手を己から外した。


 珍しく頬を染めるライオネルは、「ちょっと、所用を、思い出した」と、いつもの決まり文句で、ミレイユを置いて私室に籠もるのだった。




「え⋯、実践⋯したの、でございますか?」


 ミレイユの朝の支度の最中、手伝うセラはミレイユの報告に驚きを隠せなかった。


「ええ。実際のところどうなのか、触って確かめてみたわ!」

セラを向き、ニッコリと微笑むミレイユ。

「触⋯っ!?」


 ミレイユの無邪気さを(あなど)っていたセラは、昨夜、まさか生身を使って復習をするとは思わず、驚愕した。


 その頃のライオネルは、セラから渡された閨事の資料を穴が開くほど食い入るように読み込んでいた。


 今夜、勉強を終えたミレイユからどんな仕打ちが来るのか、しっかり読み込んで(かわ)すためである。


「⋯⋯どちらが生娘なんだか」

 その様子を眺めていた家令からの揶揄(やゆ)すらも、ライオネルの耳へ、右から入って左へと抜けていった。



「え?閨事の教育を一時中断したい?」

 日課の報告会での執務室でのことだった。


 仕事の合間でも、閨事の資料を読み込んでいたライオネルにとっての朗報、思わずセラに尋ねた。

 セラは、コクリ、と頷くと


「奥様は、もしかすると、淑女としての男性への接し方についてもご存知ないのかと思いまして」

セラは、申し訳なさそうに言う。


「なるほど」


 その言葉にライオネルは、顎に手をやり大きく頷く。

「たしかに、昨夜は大胆だった」


「大変申し訳ございません⋯」

セラが謝り、こうべを垂れた。


「セラが謝ることではない。それだけにミレイユの興味を引くほどの授業だったということだろう。⋯そうか。たしかにミレイユのあの無邪気な様子は、男性への接し方を知らないというのは頷けるな。セラ、引き続き、淑女教育を頼まれてくれるか?」


「承知致しました」


 こうして、閨事教育は一旦取り止め、その日の内から淑女教育が始まった。


 その日の夜、ライオネルが寝台へ入り、ミレイユに近寄ろうとすると、一定の距離で退(しりぞ)かれた。


「え?」ライオネルは何事?と間を空けたミレイユを見る。


 ミレイユは、

「今日のお勉強で、男女は不用意に近寄らないほうが良いと教えていただきましたの。ライオネル様、私、すごく寂しいのですけれども、今夜はこうしてお眠りいたしましょう。手だけ握っても?」


と、早速勉強の成果を発揮している。

 ミレイユからの上目遣いのお願いに、つい叶えてしまうライオネルである。


「⋯わかった」

と、手を握って眠る。




 ⋯眠れるわけがない。


 ミレイユを見ると手だけでも満足なのか、既にすこやかな寝息を立てていた。


 閨事教育で男性を意識して避けられると覚悟はしていたが、まさか淑女教育で距離を取られるとは⋯。


 初めての同衾での距離を思い出す。

 たしか、あの時は、二、三人分空けていた。

 一日で埋まったが。


 今はひとり分ほどの間しかないが、もどかしい程に遠く感じる。

 腕の空間が(わび)しい。

 ライオネルは、「はぁ」と溜息をつくと、目を瞑った。



 翌朝、ライオネルは、まだ夜が明けぬ内に目が覚めた。

 空しく眠りに入ったのに、焦がれた温もりが両腕にあったからだ。


 ライオネルは、愛おしく思いながら、壊さぬようそれを抱きしめると、白金の髪に唇を落とすのだった。


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