大好きのキスをあなたへ
ライオネルの葛藤とは裏腹に、ミレイユは、あの雪の日以来、なんだかポワポワする不思議な感覚に陥っていた。
何をするにも唇を交わした時の、ライオネルの微笑みが突然出てくるのだ。
本日も、セラに支度を手伝ってもらいながら、ライオネルの話題へとなった。
「奥様がこちらに嫁いでこられてから、旦那様はとても表情が豊かになられたんですよ」と。
「そうなの?」
と、ミレイユは、普段自分に接するライオネルの表情を思い浮かべる。
『冷たいな』とそう言って、もう一度唇を重ねたライオネル。
その直後に見せた穏やかな微笑み。
あの雪の日の光景が浮かび上がり、ミレイユは思わず赤面した。
「わたし、変になったみたい⋯」
ミレイユがぽそりと呟いた。
セラは、その小声を耳に入れ「変とは?」と、聞きたかったが、奥様が口にするまでは、と沈黙を守った。
やがてミレイユは、口を開く。
「ねぇ、セラ。くちづけって心に決めた人とするものよね?子供の頃、両親のくちづけを見て、『どうして、口と口をくっつけるの?』て、聞いたの。そうしたら、大好きな人とするものだって、昔お母様にそう教わったの」
そこまで話し、ミレイユはセラに振り向くと、
「だから、私、お母様に口づけをしたの。そうしたら、『これは大好きでも、心に決めた人とするものよ』て、セラもそう思う?」
「⋯そうですね、家族になるような心に決めた方だと思います」
「家族⋯」
(じゃあ、ライオネル様は、私を心に決めたの?)
王命だからそうなのだろう、と思い直したミレイユだったがそれでも嬉しく思うのだった。
寝所にて、今日は仕事が長引くから先に休んで良い、と言われたミレイユは、布団の中でうつらうつらとしていた。
ライオネルの私室からだろう、パタン、と扉の閉まる音がした。
暫くして、音と共に寝台が沈む気配がする。
掛けている布団が少しズレるような感覚、そして、たしかな存在に身体をそっと包みこまれる感覚。
前髪に何かがあたる。多分ライオネルの唇だ。
ミレイユは夢を見た。
まだ両親が生きていた、幼い子供の頃の夢。
寝る前の習慣。
寝台へ仰向けになると、首まで、すっぽりと上掛けのお布団を掛けてくれた両親が、ミレイユの額にそれぞれ唇を落としてくれるのだ。
「大好きよ、ミレイユ。おやすみなさい」と、挨拶をして眠りにつくのだ。
両親が部屋から出ていくのは寂しかったけど、この行為はミレイユは大好きだった。
「⋯大好きれふ⋯イオ⋯ネル様」
ミレイユは、寝ぼけながらも両親と同じくらい大好きな人に、おやすみの挨拶をすると、満足して深い眠りに入るのだった―――。




