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狂乱と嗤う【制裁】

 教室の誰もが映像越しとは云え、目の前で人一人、其れもクラスメイトの一人が殺されると云う日常ではあり得ない衝撃的な事態を直ぐには処理出来ずに思考が停止した事で、教室を沈黙が広がる。


 「――あ、え?」


 女子の誰かが言葉にならない声を漏らす。其れが合図になった訳では無いだろうが、教室内で凍り付いた様に止まっていた彼等の時が動き出した。


 「ウッ!!オェ゙……ッ!!」


 男子の一人が口元を右手で押さえ、何とか教室の隅の一角に移動すると、堪え切れずに嘔吐して、其処から鼻を衝く饐えた臭いとベチャベチャと云う湿った音を立てる。


 「何?え?【姫華】??」


 取り巻きの一人が未だに映像の内容を処理出来ていないのか、呆然とした様子で混乱の言葉を呟きながら、小刻みに揺れる眼で暗い画面を見詰めている。


 「ッ!!そうか!!ドッキリか何か!?そうだとしたら悪趣味だぞ!!おい、文句を言ってやるから、早くネタバラシに出て来いよ!!」


 自身に言い聞かせる為だろうか?【上縁】の友人だろう男子に文句を返していた男子が、周りを見回しながら大声でそんな事を言って、引き攣った歪な笑みを浮かべて、大きな身振り手振りで身体を左右に揺らす。


 不味いと【網手】の顔が強張る。《幸い、【網手】自身は取り乱す程の精神的なダメージは受けてない》し、軽く確認した所、《周囲を巻き込みそうな精神の変調を起こした者は数人程度の様に感じる》。


 だが、此処で数人が起こしたパニックが波及でもして、集団ヒステリーにでも拡大すれば最悪の事態になり兼ねないと云う、火薬やガスの近くで火種が燻っている様な危機感が、【網手】に焦りを与えた。


 そして、其れは現在進行系で此の様な事態を引き起こしている者からすれば、当然求めている事態である。


 ――バァーーンッ!!ベチャリ……


 窓から、何かが強く叩き付けられた事で発生した大きな音が響き、直後に濡れた音が続いた。


 見ては不味い!!と云う警告が脳が発するよりも早く、反射的に教室内にいる殆どの者達が音の発生源である窓に視線を向ける。……向けてしまう。


 最初に浮かんだのは、赤みのある黒だった。窓に何か液体らしい赤黒い丸っぽい汚れがついていた。


 次に、其の先から近付く何かに気付いて、直ぐに【其れ】が、恐らくだが再び窓にぶつかり、先程よりも小さくなった衝撃音とグチュリと云う湿った音を鳴らして窓を打つ。


 赤と暗赤と赤褐色で濡れた【其れ】が何か、一瞬分からなかったが、輪郭から形に思考が移った時、窓の向こうにあるぶつかった物の正体に気付いてしまう。


 窓に付着して垂れる暗赤には既に意識が向いていない。


 赤黒く汚れていたのは、教室内に居る彼女等も着ている学校の制服であり、細かいコンクリートの塵や埃が付着して、解れや破れた部分が所々に見える損壊した其れを着ている者の身体だった。


 上下逆の身体は左側へと傾き、手首から先が途切れた存在しない両手を万歳する様に下げて、左脚も重力によって不格好に折り曲げられて、某大阪にある赤地の背景の看板に描かれたランナーを適当に真似た様にも見える。


 然し、其れは只の偶然であり、窓の向こうにいる【其れ】にはそんな意思どころか命すら無い事は、窓を汚す赤黒い液体――血液を零す頭部の存在しない切断面が粗く毛羽立った頸部を見れば誰の眼にも明らかだった。


 《気管や頸動脈、脊髄を包む肉が生々しく露出した頸部の断面と、鼻を衝いてくる様な錯覚を与える腥い鉄錆の幻臭が【網手】の精神を削り取り、揺らいだ正気の合間から狂気の芽が覗く。


 寒くもないにも関わらず小刻みに震える口は急速に乾き、叫びの代わりに掠れた言葉にならぬ震える声が漏れるのみ。


 四肢は震え、怖気が身体を硬直させる。


 机か何かが倒れたらしい音や、誰かの絶叫が嫌に鈍く遠く聞こえる。


 視界が急速に狭まり暗くなる。今直ぐに目の前に吊られた無頭の屍体を視界から外したいのに、寧ろ其れに焦点が固定されて、其れだけがハッキリと焼き付ける様に釘付けになってしまう。


 呼吸が段々と早く浅くなり――》。


 「――しっかりしろッ!!」


 鋭い声と共に背中に強い衝撃が走る。其の一撃で硬直が解け、前に押された身体を支える為に一歩踏み出して、ハッとして声がした方を向けば、血の気が引いた青白い顔に無理矢理気丈な笑みを浮かべた【斎明】と視線が合った。


 「大丈夫かよ?相棒」

 「お陰様でね、ありがと」

 「良いって事よ」


 【網手】は過呼吸に近付いていた息を意識的に深く長くして落ち着け、白く凍り掛けた思考を動かして整理していく。


 (屍体は【海柘榴】でほぼ間違いない、筈だ)


 正直な所、学校指定の物であるが故に、基本的に何か分かり易いストラップの様な目印が無ければ、着ている制服を見ただけでは個人を特定は難しく、【網手】も流石に関わり合いになりたくもない相手の一人の体付きが、目の前にぶら下がる無残な屍体と同一であると云う確信がある訳でも無い。が、恐らく間違いないと云う前提で観察する。


 《落下を無理矢理止められた事で異常に伸びた様に見える右脚を良く見れば、赤褐色に汚れた黃と黒を撚り合わせた化学繊維の紐が幾重にも巻き付いているのが、窓の上辺りに見える。


 少なくとも、オカルトチックな不思議な力で窓の外で停滞している訳ではなさそうだ。上に伸びる紐の先は、やはり屋上なのだろうか?》


 ピーン、ポォォ゙〜ン゙、バァ゙〜〜ン゙、ボォ゙〜〜ン゙


 其の時、再び放送の開始を伝えるあの歪なチャイムが鳴り響き、教室内に居るクラスメイト達が反射的にスピーカーを見る。


 『ザザッ、プツッ。……【虐め(ペナルティ)行為】が確認されました。暴力行為を行った【斎明 晦冥】に制裁を行います』


 再び教室がざわめき、名指しされた【斎明】に視線を向ける。


 【網手】はどう云う事だ!?と【斎明】の方をバッと向きながら考えて、直後に自身の発狂を防いだ背中への一撃だと気付き、焦燥に顔を歪めて舌打ちする。


 自身の役職である【被害者】の役職特記の一つである【貴方は、【処刑】以外の方法で他の役職に危害を加えても【制裁】対象にはならない】とは、裏を返せば【被害者(・・・)以外の役職は危害を(・・・・・・・・・)加えた場合(・・・・・)、【制裁(・・)と云う何かの(・・・・・・)対象となる(・・・・・)と云う事だ。


 ――クスクス……


 【制裁】を齎すだろう存在を見付けて阻止する為に素早く辺りを見回す【網手】の耳に、嘲笑う様な冷笑じみた笑い声が直ぐ側で聞こえた。


 バッと聞こえた方向を向くも、其れらしい物は何も見えない。勘違いか?と思った時、


 「グッ!?ガァ゙ッ!?」


 【斎明】が突然、苦悶の声を上げながら見えない何か(・・・・・・)に持ち上げられる(・・・・・・・・)様に不自然な姿勢(・・・・・・・・)で宙に浮かんだ(・・・・・・・)


 「【晦冥】!?」

 「ウ、グゥ゙……ッ!!」


 慌ててどうにかしようと思うも、そもそもどうすれば良いのか分からずに立ち竦んで名前を呼ぶしか出来ずにいる【網手】の目の前で、絞り出す様に苦悶の声を漏らす【斎明】の首筋から突然鮮血が噴き出し、不可視のチューブでもあるかの様に奇妙な軌道で空中を奔る。


 ()様に(・・)では無かった(・・・・・・)


 流れ込んだ鮮血が【其れ】の全体に拡がり、其の姿を顕にする。


 ――硝子や水の様に屈折率の違いによる輪郭すらも見えない程に完全な透明だった【其れ】の無数の蠕動する管状の触手とゼリーじみた肉で構成されていた、既存の汎ゆる生物とも似つかない大人の肥満男性以上の大きさの肉塊としか表現しようの無い肉体を、【斎明】から吸い上げた鮮血が染めて赤く浮かび上がらせた。


 頭部どころか、顔に相当する場所も、眼すら無く、大きな鉤爪を【斎明】の身体に食い込ませ、首筋から鮮血を啜り上げている物と同じであろう八目鰻に似た悍ましい口をパクパクと開閉させて、翼や翅の様な部位が無いにも関わらず、【斎明】に鉤爪や触手を絡み付かせた状態で、まるで其処に足場があるかの様に安定して空中に浮かんで拘束している。


 「ヒッ……!?」

 「ぇ?何、アレ……?」

 「ば、化け物……ッ!?」


 突如として教室に顕現した生物や物理学の常識を冒涜する異形の存在は、窓の外にぶら下がる猟奇的な屍体とは別の恐ろしさでクラス内の者達の精神に爪を立て、(やすり)を掛ける様に正気を摩耗させる。


 《だが、【網手】は其の理外の恐怖を上回る程の怒りによって捩じ伏せ、揺るがぬ正気で【斎明】を解放する手掛かりを得る為に冷静に観察した》。


 (《皮?は弾性がありそうだ。闇雲に殴ったりしてもダメージは無いかも知れない。


 人一人問題無く抱えて安定して浮かべる事と【晦冥】の苦し気な表情と声から、……飛行に其れが関係あるかは分からないが、人一人を容易に締め上げられる程には高い筋力を持つと見て良い筈。而も、完全に不可視になる事が出来る?


 ……駄目だ。どう考えても、私一人ではどうにも出来ない……ッ!!》)


 一般的な女子と比べて高い筋力を持ち、《武道》と云う拘束から逃れる為の身体の動かし方を知っているだろう【斎明】が全く抜け出せる気配も無く、其のどちらも彼女に及ばない自身では明らかに手も足も出ない相手である事を理解して、悔しさに歯を強く噛む。


 「――う、うわぁああああああああああ!?」


 男子の一人が絶叫して反転すると同時に駆け出し、教室のドアを開けて廊下に飛び出す。


 先程、窓が開かない事を確かめていた上に、ぶら下がる屍体とそもそもの教室がある階層の高さが頭にあるからか、其れとも最初に逃げ出した男子の行動に触発されたのか不明だが、其れに続く様に更に数人の生徒が廊下へと飛び出していく。


 「……ァハ、苺ゼリーが浮いてるぅ~」

 「ちょ!?お前、何考えてんだ!?」


 目の前で化け物が出現してクラスメイトを襲っている状況には明らかにそぐわない場違いな間延びした台詞と共に、【姫乃】がふらふらと化け物へと向かって歩き出す。其の表情に恐怖の色は見えず、本当に目の前の化け物が苺ゼリーに見えているのでは?と【網手】は思う。《精神分析》をせずとも確実に発狂しており、此れ以上の精神的負荷を受けない為に脳が視覚情報を書き換えているのだろう。


 近くにいた男子が慌てた声を出すが、【制裁】を恐れてか腕を掴む等をして止めようとする様子は無く、【姫乃】は段々と化け物へと近付いていく。


  ――クスクス……


 再び、嗤い声が聞こえたかと思うと、唐突に化け物は【斎明】の拘束を解いて、【斎明】の身体が落下し、其のまま床に倒れる。


 「【晦冥】ッ!!」

 「……ッう……」


 【網手】は化け物に襲われるリスクを無視して【斎明】に駆け寄ると、化け物を見ながら【斎明】を肩に担いで離れようとする。


 ――クスクス……


 嗤い声と共に、口の付いた触手の先から鮮血の赤が抜けていき、消えていく。


 ――クスクス……


 嗤い声。肉塊じみた胴らしい身体も薄らいで不可視に近付いていく。


 そして、完全に消えた。


 ――クスクス……


 嗤い声。其れは、『まだ此処に居るぞ』と言っている様に聞こえた。

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