最初の公開処刑
※残酷及び死の表現有り
「【宮内】先生、死んでるよ」
教卓の裏で壁に凭れて動かない【宮内】を調べた彼女が告げた言葉は、生徒達に少なくない衝撃を与えた。
「し、死んでるって……」
「正確には、心音無し、呼吸無し、当然だけど脈も無い。
一応、身体は温かいし、当然、医療とかが詳しい訳じゃ無いから、本当に死んでるか分からないけど、仮にまだ意識不明とかだったとしても、このままなら間違いなく死ぬんじゃない?
だって、圏外で警察とか救急車を呼べないし」
「じょ、冗談だよな?」
「なら、確かめて見れば?その方が受け入れられるならね」
平然と告げられた女子生徒が調べた結果に、その言葉を受け入れられなかった生徒の誰かが口にした、冗談であって欲しいと云う願望が混じった問いを、女子生徒は肩を竦めて馬鹿にする様な笑みを浮かべて『ならお前が調べてみろ』と否定する。
【網手】は女子生徒の発言を聞いて、表情等を注意深く観察した結果、《前者の発言は正確かは分からなかったが、後者は嘘は言っていないが、何か隠している事がある様に感じた》。
【網手】が立ち上がり、【宮内】が見える位置まで移動して観察してみるも、《確かに胸が動いている様には見えなかった》。少なくとも、死んだ振りとかでは無い様だ。仮にしていたとしても、する理由や必要も分からないが。
女子生徒の言葉を信じたのか、それとも自分で調べて本当に死んでいる事が分かるのが嫌なのか、将又単純に触りたく無いのかは分からないが、他の生徒達は誰一人として【宮内】に近付いて脈を確認したり等の生死の確認をしようとする者は居ない。
「で、どうするの?それぞれが好き勝手に動くのは、私は不味いと思うんだけど」
「どうするって言ったって……」
「なぁ、そう云えば、さっき窓が開かないって言っていたけど、外が変なんだよ。……本当に、俺達の学校か?」
【御影】とは別の窓際の席の男子が不安そうにそんな事を言う。その言葉を聞いた窓に近い生徒が窓の外を見て、眼を見開いて絶句する。
「何だよ、あの空……」
「夕方?そんなに長く気を失っていたのか……!?」
「でも、夕方にしては何か可怪しくない?」
他の生徒達も窓に近付いて、異常な色の空を見てざわつく。
「あぁ〜!!もう訳分かんない!!もう帰ろ!!」
「あ、うん。そうだねぇ~」
「良く分かんないけど、やりたい奴がやれば良いしね」
「あ、おい、ちょっと待て!!」
【喜多川】が苛立ちのままに乱暴に自分の鞄を掴むと、【上縁】の友人の制止を無視して、取り巻き達と共にドアを開けて教室から出て行く。
それを追い掛けるでも無く見送った生徒達は、どうするかとでも言いた気に顔を見合わせるも、少なくとも、今直ぐに【喜多川】達に追随して教室から出ていこうとする者は居ないらしい。
勿論、【網手】も態々追うつもりは無い。代わりに、聞くべきと判断した事を尋ねる事にした。
「質問。この中で、意識を失う直前に先生の背中に【子供みたいな物】を見た人っている?」
「あ、見たかも」
「俺も見た気がする」
「アレ、気の所為じゃなかったのか……」
チラホラと見たと云う生徒が現れる。幾つか出た証言を纏めてみると、やはり【ボロボロのレインコートの様な物を着た、フードを目深に被った子供らしき物】が、確かに【宮内】の背中にいたらしい。
その中で気になった証言が、【眼が無く、大きく裂けた口が見えた】と云う前から二番の列に座る生徒の物だ。眼を閉じているでは無く、眼が無いと証言しているので、何かを巻いていたか、本当にそもそも眼が無いのかも知れない。
「何か気付いたのかい?」
背後から忍び寄って肩に手を置きながら、女子生徒――【斎明 晦冥】――が楽しそうに笑いながら尋ねてきて、【網手】は彼女を知る者からすれば珍しいと思わず言ってしまう程、面倒臭がる様子も無く振り返る。
恰も友人である様な態度で話し掛けてきた【斎明】だが、彼女と【網手】の関係を互いが尋ねられれば、互いに友人では無いと否定するだろう。
かと云って、ならば幼馴染か何かかと云えば、その様な関係でも無い。何なら出会いはこの高校だ。
ならば何故、こんな気安い関係を築いているのかと云えば、他者や周囲を観察して行動する、ある意味事勿れ主義的な【網手】と、未知を追い求め、貪欲にそれに近付く為の何かを探ろうとする【斎明】の、真逆にも思える性が奇妙にも噛み合ったからと云う他ない。
或いは、真逆だからこそ噛み合ったとも云える二人の関係は、本人達が答えるならば互いの目的の為の協力者と答え、そうで無い者が答えるならば悪友とでも呼ぶのが一番近いのだろう。
兎も角、【網手】の理解者と呼べる自負……は別に無いが、他の生徒達よりは分かっているとは思っている【斎明】は当然、情報を集めて整理しているだろう【網手】から情報を得る為に動いた訳だ。当然、対価も持って。
「【傍観者】の情報を買わないかね?」
更に近付き肩を組んだ【斎明】が怪しく笑い、思い付いた悪戯に誘う様に耳元で囁いて対価を示す。
「支払いは?」
自身にだけ聞こえる様にして持ち掛けられた取引に、【網手】は愉しそうに悪どくも見える笑みを浮かべて、同じく囁いて報酬を問う。
「僕が未知を暴く為の手助けに決まっているだろ?ハニィー」
「私はあんたの彼女になった覚えは無いんだけど?【晦冥】。
でも良いよ。支払ってあげる」
「そう云う所、愛しているぜ、ハニィー。さぁ、これが約束の品だぜ」
芝居がかった口調と仕草で戯ける【斎明】がスマホを操作すると、【網手】のスマホが圏外の筈にも関わらず何かを受信する。確認すると、【斎明】から一通のメールが送られていた。
「圏外の今でも【投票アプリ】によるメールだけは使えるみたいだぜ?
つまり、これを使えば秘密の遣り取りや、紙面に残せない情報の受け渡しが出来るって訳さ」
「流石だよ。【晦冥】」
ニヤリと笑い合い、【網手】は受け取ったメールを確認する――
「――開いたッ!!」
――直前に、ガラガラと勢い良く後ろ側のドアが開き、飛び込む様に教室から出て行って帰った筈の【喜多川】の取り巻きの四人が入ってきた。
そのまま倒れ込む様に教室に入った四人の後ろで、触れる者が居なくなったドアが独りでに閉じる。
荒い息を吐く四人に何かあった事は明らかであり、外に出られるなら教室なんかに来ないだろう事から、恐らく外に出られなかったか、その前に何かあったのだろう。
そして、《動くのも億劫だろう程に疲労した様子にも関わらず、怯えた様子で頻りに入ってきたドアを確認する様に見ている姿から、何かに追われていたのでは?と【網手】は思った》。
「ねぇ、大丈夫だよね!?」
「分かんないよ!!」
「て云うか、何で【3−4】に戻ってんの!?」
「其れよりも、もう追って来てない!?」
随分と混乱しているらしい。辛うじて、三人目は周りを把握出来る程度には軽度だが、残り三人はそれすら出来ない程に錯乱して視野が狭まっている様だ。
周りの生徒は遠巻きに見るばかりで動かない。それを見て、【網手】は【斎明】に小さな声で話し掛ける。
「【晦冥】、落ち着かせられる?」
「おいおい、ハニィー。それは君の方が得意だろ?自分でやりなよ」
「役職抜きで【被害者】と【加害者】の関係なんだけど?ややこしい事になり兼ねないでしょ。まぁ、アイツ等の役職が【加害者】かは知らないけどね」
「でも、今ボス居ないじゃん。いけんじゃね?」
「適当言わないで。どうしてもって云うなら、アンタがやんな」
「嫌だよ面倒な」
そんな事を言い合っていたその時、
ピーン、ポォォ゙〜ン゙、バァ゙〜〜ン゙、ボォ゙〜〜ン゙
意識を失う前に聞いたチャイムに類似した音の変質が起こった、連絡事項や呼び出しの放送を行うアナウンス前に流される通知音がスピーカーから流れる。
突然の事に何人かの生徒が、特に取り巻き達が驚いてビクリと肩を跳ねさせて、それをしなかった生徒を含めて多くの生徒がそのスピーカーに眼を向けて、これから流れるだろう放送を、耳を欹てて待つ。
『ザザッ、プツッ。……只今より、【海柘榴 姫華】の【処刑】を開始します。テレビをご覧下さい』
異常が起こる直前に聞いた、あの無機質な抑揚の無い中性的な声の淡々とした通告と共に、教室にある画面の大きな薄型テレビの画面が唐突に付いて、ノイズで乱れた映像が映し出される。
無数の羽虫が羽搏く様な耳障りな雑音が流れ、映像の乱れと共に其れが薄らぐと、女子らしい高い喚き声が聞こえ、野外と思われるコンクリートの床と其の中央に置かれたギロチンが映し出された。
『――ねぇ!!止めてよ!!離して!!』
映像越しに見えるギロチンにセットされた、薄汚れた縄で吊るされた鈍い金属光沢のある巨大で重厚な片刃や、首も両腕を固定する為だろう赤茶けた木と金属を組み合わせた其れは、《安っぽい演劇等に使われる様な見せ掛けの偽物等では無く、確かな本物であると云う確信を【網手】に与える》。
「嘘!?此れ【姫華】の声じゃない!?」
教室に飛び込んできた取り巻きの一人が、多少は乱れた息や混乱が落ち着いたのか、先程よりも平常に近付きながらも、逸れたらしい仲間と思しき声が聞こえた驚きを感じさせる上擦った声を上げる。
【網手】が其れを聞いて不愉快な記憶の中にある【海柘榴】の声と照らし合わせてみれば、《成る程、確かに【海柘榴】の声に聞こえる。可能性は高そうだ》。
其の答え合わせをする様に、此の異常な教室で目覚める直前に見た、恐らく【宮内】を殺害したのだろう、複数匹のボロボロのレインコートの様な物を着て、フードを目深に被った子供程の大きさの人型が、不快に歪む子供じみた高い鳴き声を愉しげに上げながら、一人の女子生徒――【海柘榴 姫華】の手脚や、脱色してブロンドっぽくなった長いウェーブの掛かった髪を掴んで背中を引き摺る様に画面外から現れ、真っ直ぐにギロチンへと向かって行く。尚、其れに参加していない個体を含めればもっといた。
【海柘榴】の制服は抵抗した事を示す様に乱れ、四肢からは多少の傷からではあり得ない量の出血があるらしく、赤黒い線を引いている。当然存在するだろう痛みや恐怖からか、涙やらで化粧が崩れて表情も含めてグシャグシャになっている様に見える。
そして、どうやら子供じみた人型は相当に悪趣味らしく、輸送に参加していない個体がギロチンを指差して嗤う様に鳴いたり、輸送している個体等が態々ギロチンが見える様に向きを変えたりしており、其れによって顔が見えなくなったが、恐らくは更に酷い状態となっている事だろう。
抵抗虚しく、何なら途中で人型が大人しくさせる為なのか鉈や包丁らしい刃物の柄や峰で殴打されながら断頭台まで引き摺られて行った【海柘榴】は、先行して準備をしていた人型によって開けられた枷に無理矢理に首と手首を置かされ、即座に閉じて固定される。
其の先は余りにも想像する事は容易く、【網手】の耳に誰かが漏らした引き攣った短い悲鳴が確かに聞こえた。
そして、今正に断頭台に固定された【海柘榴】も彼等と同じ、否、眼前まで迫った自身の終わりを想像して、人型による暴行によって弱っていた筈の彼女は、道中以上に暴れ喚き始めた。
『嘘!?冗談でしょ!?嘘!?嫌!!止めて!!止め――』
人型が目深に被ったフードの下から見える口を醜悪な弧に歪めて適当極まりない様な動作で鉈を振ってギロチンの刃を吊るす縄をアッサリと断つ。
其れにより、自身の上に吊り下がっていた巨大な死から逃れようと暴れるも枷を揺らすしか出来ない【海柘榴】の首と手首は、重力に引かれて落ちた凶刃により容易く切断されて声が途絶えた。
両手が落ち、頭が転がる。残された身体からは、既に存在しない頭部や両手へと血液を供給しようとする心臓から送り出された鮮血が、頸椎や肉が覗く頸から断続的に噴き出して、断頭台の枷や床を汚して行く。
次第に噴き出す勢いが弱まっていく赤黒い液体は、一目で致死量と分かる程に床に大きな水溜りを作っていた。
そして、映像が消えて黒くなった画面には、其れを見ていた教室の者達の姿が反射して映っていた。




