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灯影怪談  作者: みくも
一、発端。
3/6

一ノ三

 本題を語ると宣言して、城之森秋良はしかし、わずかに沈黙した。

 俺は津和蕗の隣で長椅子に座り、袂の中に腕組みしながら少し猫背にそれを待った。

 思案深げに伏せられた瞼の下で、視線はどこへともなくさ迷っている。秋良は酷く慎重に、言葉を選んでいるのかも知れなかった。

 やがて、決した様に。

「まず――」

 薄い朱の灯火がゆらゆらと、その人の姿を照らしている。

「まず、お願い申し上げます。これより七日、どなた様も外へはお出になりません様に。外出は勿論、庭へ降りるのもお控え下さい」

 刹那、「七日!」と叫んだのは井葉だが、俺も似た様な気持ちだった。庭へ降りてもならないとは。

「それは?」

 理由を問うのは都祁警部だ。

「当家に伝わるしきたりです」

「しきたりって申しましてもねぇ」

「えぇ、当然」

 明らかに苛立つ井葉を、秋良は微かに頷く事で抑える。

「故あっての事。当家は本日より七日、喪に服さねばならないのです」

 俺は思わず、あっと声を零した。

 先程「知人」と秋良が紹介した二人に、眼を向ける。こんな時――と、大内は口にしなかっただろうか。磯村青年の正装は、弔問のための配慮ではないか。

「亡くなったのは母ですが、当主を務めておりましたので」

 続けて説明する秋良に、斉庵医師が頭を下げる。

「これは、お悔やみを」

「恐れ入ります。しかしながら特に葬儀は致しませんし、皆様どうぞお気遣いなく。平素のままお過ごし下さい」

 彼はそこで、チラと自らの横を見る。

「承知していても、この様に整わぬ者も居りますし」

「心外だな。取る物も取り敢えず駆け付けたと言って欲しいね」

 すかさず減らず口を叩く大内に、まるで「ほらね?」とでも言うふうに秋良は他の客達に薄く笑んで見せた。

「では、現在のご当主は秋良殿であると了解して宜しいのですね?」

 冗談を解さない松野巡査が、確認する様に口を挟む。けれどもそれは、即座に否定された。

「さきほども申し上げました通り、亡くなりましたのは当家の主でございました。しきたりでは当主の没した日の日暮れから七夜、門戸を閉ざして過ごしたのち、七日目の朝に新たな当主のお披露目をする事になっております」

「このしきたり、廃する訳には行きませんかね」

 ついぽろりと、本音が出た。

 皆が一斉にこちらを見るのには参ってしまったが、でも、そうは思わないか?

 家族が喪に服すのは当然としても、何故人の出入りを禁じる事があるだろう。そんなの無意味だし、困るではないか。

 至って真剣なつもりでそう訴えたが、脳天気そうにでも見えたのだろうか。秋良はふっと笑い、まるで道理でも言い含めるかの様に俺に言った。

「まだ申し上げておりませんでした。このしきたりは先代の喪に服すと同時に、代替えの儀礼の意味もございます。そうそう曲げて差し上げるわけにはまいりませんが、もう一つ、言い伝えの様なものがございまして……」

「言い伝え、ですか」

「左様です。前の代替えは私の生れるより昔で、真偽のほどは定かではありませんが。城之森の代替えには、変事ありと言われて居ります」

 変事。

 それを聞いて、「はっ?」と素っ頓狂に裏返った声を上げたのは、驚いた事に俺だけだった。

 他の客達は、落ち着いたものだ。

 どうして驚かないのだろう。充分に馬鹿げた話ではないか。

 俺は、秋良に確かめずにいられなかった。

「それを、信じておられるのですか?」

「……難しいご質問です。ただ、気に掛けてはおります。仰る通り、客人や使用人の出入りまでを禁じるしきたりは厳しいもの。無意味に思えながらも今日まで残るのは、故あっての事やも知れぬと。ですから、皆様にご助力願いました」

 ああ、成程。

 思えば当然のところを、「ですから」と説かれてやっと得心した。誰も驚かない訳だ。皆、このために呼ばれたのだから。

 怪しげな祈祷師。自称、霊能者。不測の事態に備え、医師と警察。

 何もないなら、こんな面子を招く理由はどこにもない。

「母が亡くなるのは、時間の問題でしたので……。覚悟はできておりましたが、変事とは何かと少々気掛かりだった事も事実」

 だからいよいよとなった時、あんな広告を出した。

 医学と法の協力を得るのは、恐らく苦労しなかっただろう。彼等はちゃんと、どこにでもいる。けれども拝み屋なんて、一体どうやって見付ければいいのだろう。

 我が咲田家が代々世話になっている菩提寺の住職はいい人だが、幽霊退治が出来るとは噂にも聞いた事がない。でも寺の坊主なら、念仏と説教の文句さえ頭に入っていれば充分と言うものだ。

 確かに、拝み屋やまじない師に頼るのを好む者も少なくはない。だが俺はいまだ、霊威を証明して見せてくれた者にも、神や仏の存在を信じさせてくれた者にも出会った事はない。

 そして特別な力や、奇怪な事柄を看板に掲げている人間は、どうも信用出来ない者ばかりの様に思えて仕方ない。

 それだけに、俺は一層そう言ったものに懐疑的にならざるを得ないのだ。

 それを考えると、この場に居合わせた事さえ憂鬱になる。

 が、ふと思い当たった。すぐ隣で柔らかに笑う、胡桃色の男。そう言えば、この人も霊能者なんて肩書きだったな。

 最後に、秋良が言う。

「何もないであれば、それで構わないのです。むしろ、私の杞憂であってくれれば良い。しかしながらどうかご滞在の間、少しばかり心に留めて頂きたいのです。そしてもしも、万が一の折には、当家の者を守る為にご尽力を賜りたい」

 どうか。と深く下げられた頭が、鬱々とした胸には重たかった。

 話を終えて秋良が退室してしまうと、客達もそれぞれバラバラに散って行った。

 空の椅子ばかりが残る居間には、俺と津和蕗と、磯村だけが何となく留まっていた。

 津和蕗は、言葉なく微笑している。

 これはたった今発見したが、彼には不思議に厭味な所がない。恐らくこの笑顔も、別の人間では同じ様にしてもニヤニヤと人の悪い笑みになるに違いない。

 俺はそれを見ていると何だが段々と腹が立って、せめて先に自分で言ってしまおうと思い切った。

「あんた、俺の事を馬鹿だと思ってるでしょう」

「いやいや、とんでもない。何とも豪気な方だなぁと、感心をね。それより、よい着物を貸して頂きましたね」

 心にもない事をしゃあしゃあと言ったかと思うと、彼はヒョイと首を伸ばして俺の背中を覗き込んだ。

 落ち着いた藍色の、美しい絹で対に仕立てた羽織と着物。その背には一つだけ、秋良の羽織に染め抜かれたのと同じ図柄の紋がある。数こそ違うが、この着物が城之森家の持ち物だと言う証だ。

 しかし、これより質素な着物はないものだろうか。借り物だと言うだけでも落ち着かないのに、こうも上等の着物だと尚の事、肩が凝って敵わない。

 ああ、もう。嫌になる。

「いいんです。俺も自分で馬鹿だと思ってるんですから」

「なら、しかたないですね。認めましょう」

「やっぱり思ってたんじゃないか!」

「あはははは」

 津和蕗は笑って誤魔化したが、こっちは文句を言えた義理じゃない。実際、馬鹿だ。

 何が起こるが解らない、津和蕗の言を借りれば「こう言った場所柄」に、俺は刀の一本も持たずに来てしまったのだから。

 昨年の廃刀令からこちら、帯刀しての外出は禁じられた。だが腰に帯びず、何かの荷物に紛らせてしまえば咎められる事もない。この家にも持ち込めた筈だ。

 まあしかし、それは幾らかの猶予があればと言う話だ。例え出発時に事情を知らされていたとしても、あの平五郎老の慌て様では自宅から荷物を用意して戻るまで待ってはくれなかっただろう。

「やあ、それは冗談ですが」

 すっかり肩を落した俺を気遣ってか、今更何の慰めにもならない前置きをして津和蕗は言う。

「今も不思議な気はしますね。何故、あなたの様な人がこちらへいらしたのか」

「俺の様な、ですか」

「うん。えぇと、説明するのは難しいな。一口に言ってしまうと、僕好みなんですよ。咲田さんは」

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