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第5話 開かずの扉

 幽閉生活二日目の朝。目覚めると私は暖炉の傍で、床に敷かれたシーツほどの大きさの敷物に包まっていた。

 そうだ。孤島で一人きりになって泣いちゃったけど、そのうち眠り込んじゃったんだ……。

 窓の外が白々として明るい。

 その光に誘われるように、私は目をこすりながら立ち上がった。

 ゆっくりと両手を上げて伸びをする。


「ふわあぁ……」


 ここに来る前の数日間は、薄暗い地下牢の中だった。

 それを思えば、外の光が見えるなんてとても幸せなことだと思う。


「うわ……きれい……」


 私は西側の窓へ近づいた。まるで海のように真っ青な湖が窓一面に広がっていた。

 朝焼けの空と湖の青の色の境界は、朝霧のせいでけぶっていた。

 城下町はどっちの方角かしら。対岸が見えないくらい広い湖だわ。

 ひとしきり窓の外の風景を見てから、私はようやく部屋の中を見回した。

 下手をすると一生、住むことになる私の家。(認めたくないけど)


 外から見た時、三階建てのようだった。ひょっとしたら三階部分は屋根裏部屋かも。暖炉の右側――部屋の東側に階段があるので行ってみよう。

 この階段で一階から三階まで昇り降りできるようね。明り採りの小窓が、私が今いる場所の壁についている。

 階段の採光はここしかないみたい。下を覗いてみると、ええと一階は……ちょっと暗いわね。ランプを持って後で降りてみよう。

 私は今いる二階(居室)に戻って部屋を確認することにした。


 ここはキッチンと暖炉がある。西側の窓の前に一人用の木の机と背もたれのない丸椅子一個。キッチンの隣にある扉はなんだろう? 


「あ、ここで用を足すのね」


 扉を開くと腰掛けられるようになっており、木の蓋がされている。そこを開けると丸く穴が開いていて下の湖面が見える。残念ながら穴が小さいのでここから逃亡は不可能。第一私は水が苦手で泳げない。用を足す時は下を見ないようにするか、部屋の片隅に置かれているツボを利用しよう。


 ふと花の香りを感じた。トイレの壁に可愛いドライフラワーの花束が吊るしてあった。随分古いもので埃を被っているけど、かすかに香ってきたのはラベンダーかな?

 私も外で香草を探してきて吊るそうっと。


 トイレの扉を閉めて次はキッチン。

 キッチンといっても石造りの台と水を貯めるシンクしかない。それから、昔からあったのかな。瀟洒な食器棚がついていて白い陶器のお皿が数枚とティーポットが一個とカップが二つ、木のスプーンやフォークというカトラリーも一通り入っている。


 カップはあの黒髪の騎士――リンゼイが用意してくれたのかな。市場でよく見かける素朴なものっぽい。反対にお皿はちょっとおしゃれ。縁がレースみたいな形になってる。こっちはアンティークかな?


 トイレのドライフラワーの花束といい、ひょっとしたらここに幽閉された昔の人は、貴族だったのかもしれないわね。


 次は部屋の北側にある暖炉。正面に草花をあしらうような模様がきざまれている。暖炉には鉄の焚き火台があり、ホコリまみれの鍋が一つ載っていた。煮物や焼き物はここで調理ね。それから種火を作って置けば大丈夫かな。あと灰や予熱を利用してパンとか焼けそう。

 うっ。パンを焼くには小麦粉が必要だった。今はないので作れない。


 主だった設備はこんなものみたい。

 部屋の窓は南と西の二箇所だけ。外階段に出られる扉も南側。

 そして床は灰色の敷石がむき出しで、敷物はリンゼイが用意してくれた毛織物が一枚だけ。夏が終わってそろそろ秋になってきたんだけど、冬になったらこれだけでは心もとないわよね……。


 二階の探索を終えた私は、階段に戻って上を見上げた。多分、三階は寝室だと思うんだけど。二階にベッドがないからね。そこで三階の階段――十段ばかりあるそれを昇って見ると左側に扉があった。


 何の変哲もない茶色の木の扉。

 だけど。

 えっ。なんだろう。

 扉の前に立ったら、急にぞくっと背筋が寒くなった。

 氷室を開けた時に流れ込んでくる、冷気のようなものを感じたんだけど。


「多分、気のせいよね……」


 私は意を決して、くすんだ金色のドアノブに手を伸ばした。


『キィィイイイーーーッツ!!』


「……きゃあ!」


 私は悲鳴を上げて一目散に階段を駆け下りた。

 足がもつれて暖炉の前の床に倒れるようにして座り込む。


「な、なに? 今のは……」


 ドアノブに触れた時に、ものすごい叫び声が聞こえたのだ。

 女性の甲高い……金切り声? のようなもの?

 まだそれが耳の奥にこびりついている。


 そしてドアノブも氷に触れたかのように、とても冷たかった。

 えっと……三階に何かがいるのかしら?

 リンゼイは百年ぶりにここが使われるって言っていたけれど。

 まさか。百年前に幽閉された人がまだいるっていうことは……ないよね。流石に。


 どうしよう。

 びっくりしすぎて扉を開けられなかったんだけど。

 今日は三階を覗くのをやめとこうかな。

 まだ心臓がばくばく跳ねて両手が震えている。


「はあ……少し、落ち着こう……」


 私はゆっくりと立ち上がった。何だかここの空気も重苦しくて、そして鼻が埃のせいかむずむずする。


 窓を開けよう!

 私は西側の窓に近づき、鍵を外して縁に手をかけた。

 ギシギシ。うっわ、かったーい。

 窓はずっと締め切られていたから、開けるのに苦労したわ。

 最後に開けられたのは百年前かもしれないわね。


「……いい風……」


 ふわりと心地よい香りが鼻をかすめた。青い……少し湿り気があり……豊かな自然を感じる匂い。私はそれにしばし髪を遊ばせながら外の風景に見入った。


 朝日に水面が輝く湖が綺麗。この湖の名前、確かウェンデミラ湖っていうのよね。

 オルラーグ国の中でも王城があるここは湖沼地方で、城の裏手からこの湖に行くことができるの。東西に細長くてとにかく広いそうなんだけど、まさかこんな所で幽閉生活を送ることになるなんて思ってもみなかった。


 空を映して広がるどこまでも青い湖面。山から吹き下ろす風が起こすさざ波の音。耳をすますと小鳥の鳴き声が遠くで聴こえる。静かだわ……とっても。

 この建物は石造りの塀で囲まれていて、唯一の出入口は連れてこられた小船の桟橋へと繋がっている。


 いたいた。茶色のマントにフードを被った騎士が二名立っている。

 彼らがいるかぎり、ここから逃げられないってわけね。

 ご苦労なことよね。私の見張りのために、こんな所でずっと過ごすなんて。

 私なら願い下げだわ。


 くぅと腹の虫が鳴いた。


「あ、お腹、すいたかも……」


 今まで意識しないようにしてたんだけどなあ……。

 やっぱり、生きるために食べ物は必要よね。

 湖といえば魚かあ。

 魚は生臭くてどうしても食べられない。

 食わず嫌いは駄目よと母が言ってて、香草に包んで焼いたものとか出してくれたっけ。


 今なら食べられそうかな。

 そう。食べ物がないわね。

 私がエリス姉様を毒殺した動機を言わなかったから、一週間分のパンももらい損ねちゃった。

 泣いても食べ物は出てこないし、島で手に入る食材を探しにいかないとなあ。

 そういえば昨日、リンゼイが言ってたっけ。扉の外の部下は朝までしか立っていないって。


 本当だ。戸口は施錠されていないし、見張りの騎士がいなくなってる。

 私は建物の外へ出て外階段を降りた。周囲は石造りの低い塀で囲まれている。アイビーのような蔓草の類のそれらが塀にも絡みついている。


 島の西側に当たるここは、切り立った断崖になっている。逃げたければ塀を乗り越えて湖を泳ぐ……気にはなれないなあ。やっぱり。

 建物を囲む塀沿いにぐるりと回ると、裏手、北側に井戸があるのを見つけた。

 井戸は枯れ葉が入らないように蓋がされて、やはり真新しい木桶が汲み置きのために用意されている。


「まあ、あの騎士様ったら桶まで用意してくれちゃって。ご親切に、ありがたく使わせて頂きますよ」


 桶を井戸に放り込んでロープを引っぱり、水を汲んでみる。

 うう……空きっ腹に堪える重労働だわ。

 やっとの思いで水を汲み上げ確認してみる。私の自慢の鼻は変な匂いを嗅ぎつけなかった。ゴミも浮かんでいないし、どうやら飲めそうね。

 両手ですくってみると、うわあ! 冷たい。

 でもまずは先に顔を洗いたい。

 じゃばじゃばと顔を洗うと、はああ~生き返った! ここに着いてから埃の洗礼を受けたんだもん。顔中がムズムズしてたまらなかったから、本当に助かったわ。

 部屋の中に鍋があったから、あれに水を入れておこうかな。

 飲み水の確保は大丈夫。後は食料だけだ。


 私はここで死ぬ気はない。

 赤子の頃から母の庭や郊外の森を訪れて、草花に囲まれて育ったんだから。

 母からも徹底的に薬草や香草についても教え込まれたし。


 とりあえず何か食べよう。

 といっても、見た所食べられそうなのは……あったわ。井戸の隣には花壇と思われる石の囲みがあって、緑色の草が茂っている。


 ほう。イラクサとコリーンが生えてるわ。私、ついてる。

 イラクサは楕円形の葉で縁はノコギリの刃みたいにギザギザしている。ただ名前の通り、葉や茎にトゲのような毛が生えていて、素手で触ると痛いし痒くもなるから、気を付けなくちゃいけない。だけど水で湯がくと美味しく食べることができるの。


 葉っぱを乾燥させたらお茶として飲むこともできたなあ。最近はあまり食べてないけど、意外と栄養も豊富で今の私には、まさに食材として必要なもの。


 コリーンはネギのような細長い葉っぱをした植物で、スープの具材として食べることが多いわ。春先の方が葉っぱが柔らかくていいんだけど、秋が近づくと地下茎が育ってくるから、この部分を酢につけてピクルスにしても絶品。

 それから昨日、ここに来る道すがら、ラズベリーの茂みもチェック済み。実がなっていたからあれも朝食に頂こう!


 朝食を食べたら薪も拾わなくっちゃ。湖の波打ち際に流木が落ちているのが見える。あとは……部屋の掃除もしたいわ。埃がぞっとするくらい積もってる。

 私、埃を吸い込んで早死するかもしれない。

 やることが一杯で当分忙しくなりそうだわ。

 ……と思ったのだけど。



 ◆◆◆


 私が島に来て一週間が過ぎた。

 雨風をしのげる所。あたたかな暖炉。水もある。

 けれど……やはり……。

 目が回る。体が……動かない……。


 香草は、食  べ  飽  き  た。


 私、ひょっとしてこのままじゃ、まずいかもしれない。

 エリス姉様が作ってくれた不細工な林檎のパイ、食べたいなあ……。

お読み頂きありがとうございます。ルシリカ、早くも栄養失調の危機。作者モチベアップのため、気になった方はぜひ、ブクマ・評価で応援よろしくお願いいたします。

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