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【番外編(連作)】第2話 「ルシリカと『ヒナちゃん』」

湖の孤島に冤罪で幽閉中のルシリカ。食材を求めて入った東の森。そこでうっかり『ふわもふな妖精』を連れて帰ってしまいました。

「ルシリカ、よかった。無事だったか」

「えっ? あ、リンゼイ来てたの?」


 私が東の森から帰宅したのは、湖の西の端に太陽が沈む頃。

 幽閉先の石造りの塔の二階が居室部分なんだけど、明かりがついていて、騎士リンゼイが私の帰りを待っていた。


 彼は私の見張り役。でも私の無実を信じてくれていて、こうして一週間に一度だけ、主食の小麦粉とか、母からの差し入れとかを届けてくれることになっている。


「ありがとう。暖炉に火を入れてくれて」

「こんなに遅くまでどこまで行っていたんだ? 部屋が寒かった。今日は食材を採りに行っていたのか」

「ええ……そんな所……」


 リンゼイが心配してくれている。へぇ~珍しい。

 私は返事をしつつ、ふと違和感に気付いた。

 それはリンゼイも同じみたいで。

 私は右腕に抱えていた籐籠の中を見つめた。

 何か聞こえる。

 小さな……鳴き声。まさか!!


「うわーどうしよう! 私ったら、持って帰ってきちゃった!?」


 いたのよ。

 籠の中に、ほわほわな『妖精』ちゃんが。

 私が食べようと思って摘んだ香草とラズベリーの実の中から、綿毛のような羽毛に包まれたポヨン鳥のヒナちゃんと目があってしまった。


「ああ……どうしよう。ヒナまみれになった時に、誤って籠の中に入っちゃったんだわ!!」

「ヒナまみれ?」


 そこで私は今日の出来事(ひなまつり)をリンゼイに話して聞かせた。



 ◆◆◆


「なるほど……ポヨン鳥か。そんな生物がこの島にいるのだな。それよりもルシリカ。まずはヒナを籠から出さないと」

「そうね」


 私はヒナちゃんを籐籠から救い出して手のひらに載せた。

 よかった。怪我とかはしていないみたい。

 リンゼイも興味津々というかんじてじっとそれを見つめている。

 気のせいかな。心なしかペリドット色の瞳もきらきらしているように見える。

 リンゼイが黒い革手袋を外して、素手でそっとヒナちゃんの頭に触れた。


「まだ……生まれたばかりのようだな」

「そうなの?」


「大人のポヨン鳥の大きさはどれくらいだ?」


「ええと……雌で人間の三才から四才ぐらいの子供ほどかな。雄だともう一回り大きくて六才ぐらいかしら」


「ならばやはりそうだろう。こんなに小さいのだから」

「うん……わあ……あったかくて可愛い……」


 両手からじんわりと伝わってくる。命の温かさ。

 湖の孤島で一人っきりの生活もひと月が過ぎたせいかな。この小さなぬくもりに、思わず涙腺が緩んでくる。


 ほわほわとしたヒナちゃんの羽毛は、親より細くて、ふっと息を吹きかけると飛んでしまうタンポポの綿毛みたい。体も真ん丸で、その合間に黒くて小さな瞳と、平べったい黄色のくちばしがあるの。


 あっ。くちばしの上の柔らかな部分。そこがきっと《《鼻》》だわ。あのね、ヒナが息をするとぺたりと羽毛が吸い付いて、息を吐くとそこから離れてプカプカしているの。もう……可愛すぎて悶絶しちゃう。


 リンゼイも無言でヒナを見つめている。

 これはなんとなくなんだけど、騎士様ったらどうもこういうふわふわなものが好きみたいなんだよね。

 言わないけど絶対そうだわ。

 ほら、触りたそうに、ヒナの頭にかざした手をまた伸ばそうかと迷ってる。


「リンゼイ、あなたもヒナちゃんを抱っこしてみる?」

「えっ」


 リンゼイの動作が一瞬固まった。

 嬉しいのか驚いたのか。どちらの感情もごちゃまぜになってるみたい。


「ほら。両手をそろえてじっとしてて……」


 私はリンゼイの手のひらに、ヒナちゃんを載せようとした。その時。


ボヨボヨーーン!(訳:びえええーーん)!」


 リンゼイの手のひらの上で、ヒナが泣き叫んじゃった。


「ど、どうしたのヒナちゃん!?」

「ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!!」


 体全体で泣き叫ぶポヨン鳥のヒナちゃん。寧ろ絶叫に近い。


「ルシリカ、おい。私は《《何もしていない》》ぞ!」

「え、あ。うん。わかってるけど」


「ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!! ボヨボヨーーン!!」


「ルシリカ、とりあえずヒナを返す。受け取れ」


 私の手のひらに戻ったのに、何故かヒナちゃんが全然鳴き止まない。


「親元から離れて寂しくなったのかな? どうしよう、リンゼイ」


 人間の赤ちゃんすら私はあやしたことないし。

 リンゼイも困ったようにヒナちゃんを見つめている。


「ひょっとしたら、腹が空いているんじゃないか?」

「あ、そうよね!」

「でも……このヒナは何を食べるんだ?」 


 ほわほわ羽毛を震わせながら、ヒナちゃんが黄色いくちばしを開けている。

 お腹が減っているのは間違いないみたい。私は部屋を見回した。

 ヒナが食べられそうなもの。小麦粉でも溶かしてみる? 蜂蜜とか? あ、もっといいものがあった。


「リンゼイ。ポヨン鳥は私が焼いたパンが好きなのよ。机の上に鍋があるから、その中に今朝焼いたパンが入っているの。ちぎってくれる?」

「わかった」


 私はヒナちゃんを両手で包みこんで、体温が下がらないようにする。

 リンゼイが小さくちぎったパンを手でつまんで持っている。


「ヒナちゃん、これ食べて」


 リンゼイが「ボヨボヨーーン!!」と鳴くヒナのくちばしへパンを近づける。

 するとヒナはそれをぴたりと閉じてしまった。


「うそ。お腹が空いているはずなのに。なんで食べてくれないの?」


 パンを離すとまたヒナが「ボヨボヨーーン!!」と声を上げる。小さな体のどこに、これだけの大音量で鳴き叫ぶ力があるというのか。


「ルシリカ。君のパンは《《お気に召さない》》ようだ。ヒナをまずは大人しくさせよう。こんなに鳴くと体力を使い果たして弱ってしまう」


 うっ。大人のポヨン鳥には私のパン……大好評だったのよ。

 でも仕方がないわ。私はぐっと悔しさを飲み込んだ。


「わかったわ。でも……どうやって大人しくさせる?」

「小さな籠はないか?」

「えーっと。あ、これがちょうどいいかも」


 私はキッチンの上に置いていた小さな籐籠を手にした。

 このままだと寒いから、体を包める布が欲しい……そうだわ!


「リンゼイ、暖炉にあるクッションの口を開いて頂戴。あの中にポヨン鳥からもらった羽毛が入っているのよ。これを敷き詰めてあげたらきっと落ち着くと思うわ」

「よしわかった」


 リンゼイは私の指示通りに動いてくれた。ポヨン鳥クッションはね、あれに体を包まれたら最後、立ち上がる気力がなくなってしまうほどの癒やし効果がある。リンゼイが寝落ちしかけたこともあったわね。

 クッションから羽毛を取り出して、籐籠の中にそれを入れる。


「さあ、ヒナちゃん。こっちでちょっと休みましょ」


 お母さんの羽毛の方が安心できるだろうけど。今夜はここでがまんして。

 ヒナちゃんがもぞもぞと羽毛の中にもぐりこんだ。


「ポヨーポヨー……」


 小さな鳴き声。どうやら落ち着いてきたようだ。


「よかった」


 私はリンゼイと顔を見合わせた。リンゼイも珍しく唇の広角をあげて笑みを浮かべている。


「ルシリカ。ヒナを親の所に返すべきだが今日はもう日が暮れた。夜の森を歩くのは勧められない」

「うん。明日の朝、東の森に行ってヒナちゃんを親鳥の所に連れて行くわ」

「……少しだけ、いいか?」


 リンゼイがヒナちゃんの顔を見ながら、おずおずと右手を出した。

 ああ。お城に帰る前に触ってみたいのね。ふふ。


「どうぞ。ポヨン鳥の羽毛のせいで落ち着いているから大丈夫よ」


 ヒナちゃんの入った籠を受け取ったリンゼイは、ふわふわの丸い頭にそっと指をすべらせていた。目を細めて見入っている。


「リンゼイ、あなたがいてくれてよかったわ」

「えっ?」


 私はヒナちゃんが入った籐籠を暖炉の近くの床に置いた。


「あんなに激しくヒナちゃんが鳴いちゃって……どうしたらいいか私、一瞬わかんなくなっちゃったから」

「ルシリカ」


 リンゼイが私の右手をとった。彼の手もヒナちゃんの体温のように暖かかった。


「困ったことがあれば言って欲しい。まあ、この島から出ることだけはできないが……それ以外なら私も君の力になれる。それだけは忘れないでくれ」

「うん……」


 そっと手のぬくもりが離れた。

 私はそれを失いたくなくて、胸の前でぎゅっと握りしめた。


「では、また来週」

「ええ。気をつけてね」

「君も……ああ、ヒナの体温に注意するんだぞ。ではな」


 リンゼイったら。私より思いっきりヒナちゃんに未練があるみたい。

 少し焼きもち焼いていい?



 ◆◆◆



 コツコツ。コツコツ。

 扉を叩く音。


「……はっ」


 私は目を開けた。窓から入る光は明るくて、どうやら夜が明けているみたい。


 コツコツコツ。


「あ、ちょっとまってね」


 ひょっとしたらポヨン鳥(逆毛君)かな? あの子は礼儀正しくて鳥なのにノックするのよ。

 私はちらと暖炉の傍に置いたヒナちゃんの様子を伺った。

 大丈夫。ほわほわな体が、規則正しく呼吸して上下に動いている。

 よかった。生きてる。

 私はヒナちゃんが心配で、昨夜は暖炉の傍で添い寝したのだ。

 いそいそと扉に近づいてそれを開ける。


「あっ……」


 眼の前には柔らかそうな羽毛を全身に纏った一匹のポヨン鳥がいた。

 ちょっとなで肩で黒目を細めて、私の様子を伺うように見上げている。


「ポヨッ!」


 このひとはひょっとして……。

 すると籠からヒナちゃんが綿毛の頭をぴょこんと出した。


「ポヨ! ポヨポヨポヨポヨ……!!」

「ポヨポヨー!!」


 間違いない。ヒナちゃんのお母さんだ。

 母ポヨン鳥は、ポヨンポヨンと両足を揃えて小さく跳ねながら部屋の中に入った。


「ポヨーーーーン!!」


 ヒナちゃんが籠から渾身の大ジャンプをして、ぽすっとお母さんの胸元の羽毛の中へもぐりこんだ。


「ポヨポヨ~ポヨ~」


 甘えた鳴き声がする。ああよかった~迎えにきてもらえて。

 私は膝をついて母ポヨン鳥に話しかけた。


「ごめんなさい。決してあなたのお子さんを誘拐したんじゃないんです……籠の中にヒナちゃんが、あやまってもぐりこんじゃったみたいで。知らずに連れて帰ってしまいました。信じて下さい」


「ポヨポヨ~ン」


 ふわりと小さな翼が持ち上げられて、母ポヨン鳥がよしよしと頭を撫でてくれた!

 ど、どうやら誘拐犯ではないことをわかってもらえたみたい。

 ひょこっとヒナちゃんが羽毛の間から顔をのぞかせて「ポヨポヨポヨ」と鳴いている。


「ポヨー……」


 母ポヨン鳥がじっとその様子を見て訴えるように鳴いた。

 目線を追ってみると、机の上に置かれている私が作った平べったいパンへと向けられているみたい。


「ああ! よかったらお詫びの印に朝ご飯食べて!」


 私はパンの載った皿を掴んで母ポヨン鳥の前においた。


「ポヨーン♪」


 母ポヨン鳥はツンツンと私の焼いたパンをくちばしで突っついて口の中に入れた。

 もごもごとお口が上下左右に動いている。

 やがてそれを胸元から顔を出しているヒナちゃんに近づけた。


「ポヨ! ポヨ! ポヨ!」


 黄色いくちばしがぱかっと開いた。わあ、大きいお口。母ポヨン鳥はヒナの口の中に自分のくちばしを筒のようにして入れると給餌を始めた。


「ああそうか。ヒナちゃんはまだ自分で食事ができなかったんだね」


 だからパンをあげてもごはんだとわからず、くちばしを閉じちゃったんだ。


「ケップ……ポヨ……ポヨ……スピー……スピー」


 ヒナちゃんはようやくお腹がいっぱいになって満足したみたい。

 お母さんの胸元の羽毛に体を埋もらせながら目を閉じている。


 ああ……その愛くるしい寝顔。かわいい寝息。

 ほわほわした白い羽毛の妖精。

 できればその顔をずっと見ていたい。癒やされる。

 リンゼイにも見せたかったな。絶対彼、メロメロになると思うの。

 でもお母さんが迎えに来てくれたからね。森に帰らないと。


「ありがとうございました。あの、よかったら、またヒナちゃんを連れて遊びに来てくれませんか?」


「ポヨ~ン」


 ふわっと暖かな空気が私の体を包む。小さな翼を広げた母ポヨン鳥の胸毛に顔を寄せて、私もまたその柔らかでふわふわな肩を抱く。


「スピー……ポヨー……スピー……」


 近くで聞こえるヒナちゃんの寝息が愛くるしい。


「ヒナちゃん、またね」


 羽毛の妖精――ほんわりしたそれに頬を寄せ、私は立ち上がった。


「ポヨッ?」

「ああ、それはおみやげです。持って帰ってみんなで食べて下さいね」


 私はお別れの挨拶をする時に、母ポヨン鳥の首に、パンが入った布袋をぶらさげたのだ。


「ポヨ~ン!」


 母ポヨン鳥は目を細めて笑ってくれた。

 よかった。気に入ってもらえたみたいです。



 私は扉を開けた。母ポヨン鳥が東の森へ向かう道に向かって、ポヨンポヨンと跳ねていく。


「あっ」


 もう一匹、大きなポヨン鳥が彼女たちを待つように立っているのが見えた。

 きっとお父さん鳥だろうな。

 合流した二匹とヒナちゃん(お母さんの胸元で爆睡中)は、私の方を一度振り返って、そしてポヨンポヨンと飛び跳ねて去っていった。


「ああ……やっぱり家族っていいなあ……」


 私もいつか、無実を認められて島を出て、家族の元に帰ってやるんだから。

 いつかじゃない。絶対にね。



(第3話へ続く)

湖の孤島に冤罪で幽閉中のルシリカ。彼女の見張り役・騎士リンゼイは愕然とする。ルシリカはいつも戸口に鍵をかけずに森へ出かけるからだ。

扉を開けるとそこには――。


・第3話「扉を開けると極上布団がいました」へ続きます。


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