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最終話 願いとは人生を形作るもの

「いや~! リンゼイったらいつからそこにいたのよ!」

「いつからそこにって、招待してくれたのは君じゃないか? ルシリカ」


 リンゼイが黒の上着の内ポケットから一枚のカードを取り出した。


「あ、ああ! お客様が来ていたからすっかり忘れてたわ。中に入って頂戴」


 私はあたふたとしながら、打ち合わせをする小部屋に彼を案内した。

 彼は物珍しげに部屋の中を見回している。

 うわうわ。そんな庶民の家に何か興味を引くものなんかあるんですかね。


「ごめんなさいね。落ち着いたらいつでもお茶を飲みに来てって、そのカードを送ったくせに。まさか今日お越し下さるとは思ってもみなかったから……」


「用があったのなら日を改めるが」


「と、とんでもない! お忙しいリンゼイ様が来てくださったんですから。今すぐお茶を用意するので、座って待ってて!」


 私はいそいそと調理場に行った。そこには母がいて丁度お湯を沸かしていた所だった。


「お母さん、リンゼイが来たからお茶を出したいの。このお湯をもらってもいい?」

「いいわよ。使って」

「ありがとう!」


 私は台所を見回した。ぱっと目についたのは鮮やかな赤紫色のラズベリーが入ったジャムの瓶。私はガラスのティーポットにあの懐かしいハーブティーの材料を放り込んだ。


「お待たせしました」


 リンゼイは椅子に腰掛けて、季節の香草が花を咲かせる庭を眺めていた。

 湖の孤島でもああして暖炉の前の椅子に座っていたっけ。


「この香りは……」

「あら。気付いた?」


 私はティーポットからカップにお茶を注いだ。ラズベリーの色が溶け込んだきれいな赤紫色のお茶が入った所で、香り付けにラズベリーリーフの若葉を浮かべる。


「どうぞ。ルシリカさん特製の『願いが叶う★ハーブとラズベリー』のお茶ですよ」

「ありがとう」


 リンゼイがふっと笑みを浮かべてやおら席から立ち上がった。

 対面の椅子の背に手をかけてそれを引く。


「おかけ下さい」

「えっ……あっ、はい……」


 私は戸惑いながらもリンゼイが引いてくれた椅子に腰を下ろした。

 私が席についてからリンゼイが対面の椅子に再び座った。

 こういうのはファーデン公爵家に行った時にしかしないから、ちょっとどきどきするわね……。お茶もまだ飲んでいないのに私の頬は急に熱を帯びて熱くなった。


 白い湯気から立ち上る甘酸っぱいラズベリーと柑橘の香りを楽しむように、リンゼイが瞳を閉じている。


「気分が解される……いい香りだ。それからお茶を飲む時の作法は、心の中に叶えたい願いを思い浮かべるのだったな?」


「え、ええ……」


 私は内心失敗したと思っていた。

 よりにもよって、以前ふるまった同じお茶を出すなんて。


「ルシリカ」

「なんですか?」

「君の願いが叶ってよかった。まだそのお祝いを言っていなかった。おめでとう」

「あ……ありがとう、ございます……」


 私は両手でティーカップを持ったまま頭を下げた。


「エリス姉様がもしも生きていなかったら……有罪のままで、今もあの島に幽閉されていたかもしれない、ですけど……」


「そうだな。その時は私が君を、あの島から連れ出そうと思っていた。それこそ死体にみせかけて、エリス様のようにこっそりと連れ帰って匿ってもいいと思っていた」


「ええっ?」


「覚えているか。君があの島で『願いの叶うハーブとラズベリー』のお茶を出してくれた時。私がそこで願った内容を」


 ずきん、と胸が大きく鼓動を立てた。


「うん。リンゼイはお城にずっといたから、自由に外の世界を見てみたいって……」

「その通りだ。ルシリカ。君も、同じことを願っていたな」


 私はしばしティーカップのお茶に視線を落とした。


「ええ。まだ母には言っていないんだけど。私……思ったの。あの湖の孤島の周りだけでも、私の知らない『死者の花』とか、香草や生き物(ポヨン鳥)がいたわ。ここの生活も楽しいけど、世界には私がまだ見たこともない植物や、嗅いだことのない香りも沢山あると思うの。私はそれを知りたい。そしてみんなに植物の恩恵を香りやお茶で伝えることができたらと……思うようになったの。だから私、旅に出るわ」


「ルシリカ……」


「そう。私、レンシャルに素人扱いされたけど、本当にまだまだ香草の知識が足りないの。ここにいるだけじゃ新しいことを学べない」


「そうか。ならばその旅に、私を護衛として雇わないか?」

「リンゼイ? ええと……それはそれで構わないんだけど」


 私は手に持っていたティーカップを机の上に置いた。


「あなたはこの国のお世継ぎでしょ? そんなことできるの?」


 ふふっとリンゼイの唇が笑みを浮かべた。真正面からペリドット色の瞳がこちらを見つめてくる。


「辞退した」

「何ですって?」


「王弟の息子に王位継承権が回ってくるなんて考えた事がなかった。今更、世継ぎだと言われても《《困る》》。それにカランサス王子も《《表向きは》》静養と称して辺境に行っていることになっている。数年後にはきっと城に戻られるだろうし、国王陛下もまだ四十五才とお若い。


 私は国王陛下のお許しを頂いて、見聞を広める名目で騎士団を辞め、晴れて自由の身となった。勿論、オルラーグ国に有事があればすぐに戻る必要があるが……ルシリカ、君が言っていたことは本当だった」


 リンゼイが机の上に置いた私の手に自分のそれを載せた。


「『願い』とは、叶えるために存在する。それを叶えるために人は努力し研鑽を積んで……それが人生を形作るのだと。私はそう思う」


 ああ。この人は。

 やっと自分のやるべきことを、やりたいことを見つけたのかもしれない。

 押し付けられたり強制されるのではなく。自分自身の意思で。


「どうしようかしら……第一私、まだ母に旅に出ていいってお許しをもらってないんだけど」


「あらルシリカ。エリス様の結婚式、来月に決まったそうよ。隣国は遠いから、リンゼイ様が一緒に行ってくださったら、とても心強いと思わない~?」


 にやにやと。いや、にんまりとか。

 母が姿を現した。


「ちょっとお母さん! いつから私達の話を立ち聞きしてたの!?」


「まあまあルシリカいいじゃない。母はあなたが旅に出るのは止めないから。あの孤島で一人、頑張ってこられたんですもの。あなたもあなたがやりたいことをやってみればいいわ」


「ラーナ殿。ルシリカのことは私が必ずお守りいたします。ですから、どうぞご安心を」


「ええ。その言葉に偽りがないのはわかっております。そうでしょ、ルシリカ」

「……お、お母さんったら……」


「じゃあ、私は用があるから席を外すわね。リンゼイ様、どうぞゆっくりしていってくださいな」


「ありがとうございます」

「あ、ちょっと……!!」


 母が部屋の奥へ姿を消した。私はリンゼイと二人っきりにされて、しかも机の上には『願いの叶う★ハーブとラズベリー』のお茶が口も付けられないまま冷めて残っている。最悪だわ……。


「リンゼイ、お茶が冷めてしまったから作り直してくるわね」

「いや、構わない」

「でも……」


「折角作ったお茶を飲まずに捨てるのは勿体ない。しかもこのお茶は『願い』を叶えてくれる魔法がかかっている」


「あら、リンゼイったら欲張りね。まだ叶えたい『願い』があるの?」


「ふふっ。そうだ。一つ叶ったのなら、また新たな願いを叶えるために、生きる目標ができるだろう?」


「わかったわ。じゃあ目を閉じて、心の中で叶えたい『お願い』を言ってからお茶を飲みましょう」


 私は両手を組んで机の上に載せた。目を静かに閉じる。

 私の叶えたい次の『願い』は――。

 ふっとリンゼイの顔が脳裏を過った。

 先程、リンゼイの推し香水を作るためにイメージした香りが私の鼻先をかすめる。

 最初はしっとりと落ち着いた夜露の香り。

 それから抱きしめられた時に感じた彼の体温。甘く香るバニラに包まれて思わず酔いしれてしまいそうだった。

 最後は優しく降り注ぐ月の光。誰よりも誠実で自分の信念を貫こうとする潔さ――。

 そういう所に、私は惹かれ始めているのかもしれない。

 私の願いは――。


 ふと目を開けた。机の上に置いた私の手を、リンゼイの一回り大きなそれが包み込むように載せられている。

 彼は私を真摯な瞳で見つめながら、やおら私の手を取りその甲に自らの唇を寄せた。


「ルシリカ、君の旅路に私を連れて行ってくれないか」


 ちょっと、リンゼイったら。

 私はふとどこかで母が覗いていないか気になった。元より顔が急に火照ってきちゃってどうしたらいいの?


「私では――駄目か」


 失望ともとれるようにリンゼイの顔に陰りが過った。

 私は咄嗟に彼の頬に両手を添えた。


「違うの。お茶の作法を忘れたの? お願いごとは心の中で言わないと叶わない――」

「勿論、言ったとも」

「私も、あなたが傍にいてくれたら……とても、うれしい……」

「ルシリカ」


 私達は見つめ合ったまま、お互いティーカップを手にとって黙って『願いが叶う★ハーブとラズベリーのお茶』を飲んだ。


「リンゼイ、じゃあ出発は二週間後よ。私、受注のお仕事を済ませてから出発したいの。イルラシア国までの道筋はエリスお姉様に聞いてみる。馬車もいいけど、私はできたら徒歩で向かいたい。そうすると二週間ぐらいかかるらしいわ。そうそう、路銀は心配ないからね。カランサス王子というパトロンが私にはいるから、必要経費として全部落とすことができるの。一緒に新しい世界へ出かけましょ」


「ああ、とても楽しみにしている。そうだルシリカ」

「えっ、何?」

「この後時間があるなら、私に街を案内してくれないか?」


 私は小さく笑い声を上げてリンゼイの顔を睨んだ。


「あなたの最初の大冒険に付き合えっていうのね。わかったわ。今支度してくるから待って頂戴」


 この後私は城下町をリンゼイと一緒に歩くんだけど、元近衛騎士団長の人気をまざまざと見せつけられることになる。

 でもね、彼はもうただのリンゼイなの。

 私の生涯の旅の相棒となる、唯一無二の人なのだから。



(完)






【お礼】

「ルシリカ・ノート~幽閉された香職人は湖の孤島で真実を探します」をお読み頂いてありがとうございました!


もしも本作が面白かったら、★評価等、頂けますと小躍りします♪

次ページはあとがきと、本作の裏話をちょこっとだけ語っております。


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