第31話 最後の裁定②
彼も疲れているはずなのに。微塵もそんなことを感じさせず、リンゼイは咳払いをして口を開いた。
「ルシリカを孤島で襲った二名の男は、やはりレンシャルに雇われていました。ルシリカを殺したら、薔薇の香水のレシピを見つけて持ち帰るようにと指示を受けていたそうです」
うわ。そうだったの。カルミア様をイメージした薔薇の香水も作る気まんまんだったのね。あのオジサン。
「レンシャルはそれを認めたのか」
「はい。ひどくあっけなく。地下牢の暮らしが合わないようで、その代わり保釈を求めてきました。金貨千枚を伝えたら、即金で用意してきました」
「レンシャルには他にも余罪がありそうだが」
「カランサス殿とカルミア殿への脅迫です。これはカランサス殿ご自身が、国王陛下へ報告をされていると思いますが」
「ああ。カルミアがエリスに毒を盛っている。その事実を私にばらされたくなければ、商売敵のルシリカを殺すようにと仕向けたとのことだったな」
「御意にございます」
「金貨千枚どころか、百万枚積んでも保釈などないと伝えろ。ルシリカのレシピの無断使用を含め、すべての罪を認めないかぎり、地下牢に死ぬまで幽閉だと申し渡せ!」
「かしこまりました」
「ファーデン公爵」
「はっ」
「香料商ギルドへレンシャルは国王の名において、ギルド長を罷免したと通達を出すように。それから……他にも奴が私腹を肥やすために行った余罪をすべて洗い出すのだ。それに対して補償が必要なら、レンシャルに賠償させるように。よいな?」
「かしこまりました」
「ファーデン。余がすべき裁定はこれで終わりか?」
「あと《《一つ》》ございます」
国王陛下は疲れたように玉座に肘をついた。
ファーデン公爵は真剣な顔で言葉を続けた。
「とても大事なことをお忘れです陛下。何しろ陛下は……いえ、この国は、カランサス王子というお世継ぎがいなくなってしまいました。次の王位継承者の指名が残っております」
さらっと言ってるけど、それってとてもまずいことではないですか? お父様。
私とエリス姉様はお互いの顔を見合わせた。
国王陛下はふうとため息をついた。頭でも痛いのかしら。後でリラックスできるお香でもお贈りしようかな。
「リンゼイ・グランディティエ」
「はっ」
石像が、いえ、リンゼイが。
国王陛下に呼ばれてその御前に片膝をついたわ。
「そなたは亡き我が弟アデルフィアの息子。余の後の王位継承者としてここに任ずる」
えっ。
えええっ!
そ、それって……。王様の弟の息子だから、リンゼイも王子様だったってこと!?
だから、生まれた時からお城にいるんだ!
その若さで近衛兵騎士団長に任命されているのも納得。
「国王陛下……私は……」
リンゼイが心苦しそうにつぶやいた。
珍しい。困惑する表情ってレアかもしれない……ってそんな不謹慎なことを思っちゃいけないわよね。私ったら。
「少し……考えるお時間をいただけないでしょうか」
「何を申すか? リンゼイ」
「国王陛下。お待ち下さい」
青ざめたリンゼイの様子にファーデン公爵が言葉を続けた。
「リンゼイはアデルフィア王弟殿下が不慮の事故で亡き後、騎士団の先頭に立つ者として、また王家を守る剣として、研鑽を積んで参りました。世継ぎとなるとその生き方が変わってしまうのです。この場での即答は求めず、暫し猶予を与えてはいただけないでしょうか」
けれど国王陛下は即答しないリンゼイの態度に不快感を覚えたようだ。
腕を組んでじっと目を閉じている。咳すらも憚れるような重い沈黙が謁見の間に広がっていく。
「……わかった。この場での回答は保留とする。だがリンゼイよ。お前がここにいる意味をよく考えることだな」
「ありがとうございます。国王陛下」
「うむ。ではこれにて裁定はすべて終了。皆の者、大儀であった。下がるが良い」
その声と共に玉座から退出する国王陛下を、私達は頭を垂れて見送った。
◆◆◆
王様との謁見を終えて、私はようやく懐かしい我が家へ帰ることが許された。
お城から家までの道のりは徒歩で二十分。
ファーデン公爵様が馬車を出すと仰ってくれたけど、私と母は笑顔でそれを断りました。
「私達よりエリス姉様についてあげて下さい。きっと不安に思っているはずです」
「だがルシリカ……たまには私に父親らしいことをさせてくれないか」
「いえ。お気持ちだけでうれしいです」
いくらファーデン公爵様が実子だと認知してくれていても、私は婚外子。それにね、貴族の生活なんてちっとも興味がないの。
私はエリス姉様にまた日を改めてお見舞いに行くことをお話し、そしてカルミア様とも今回の事件(私にとっては大事件でしょ?)について言葉を交わした。彼女は私が作ったあの薔薇の香水を付けてくれていた。女官たちにも、私が作った香水が気になったら、母の店に行って私を訪ねるように声掛けをすると言ってくれたわ。
「あっ! メリアドールの実がなっているわ。母様」
「えっ。どこどこ?」
「ほら。パン屋さんの隣の木の下!」
私達親子はこんなふうに、道端の草花を見つけながら家路へと向かっていた。
「今日は母様のキノコシチューが食べたいなあ」
「そうね。お詫びの印に作ってあげるわ」
快活な母が微妙な笑顔を私に向けながらそう言った。
ん?
「お詫びの印って……どういうこと?」
「ああ、実は私もエリス様の事、知っていたの」
「ええっ!?」
私は思わず足を止め、後ろから来る他の通行人の邪魔にならないよう、母の腕を掴み道端へとそれを引っ張った。
「ルシリカ、痛いってば……」
「いやちょっと! エリス姉様の事って……ひょっとして姉様が生きていたことを、お母さんも知っていたってことなの!?」
「あはは……そういう、ことね。エリス様から仮死状態になれる薬の事で相談されて。だけどお客様の秘密は絶対に守らないといけないから。だからあなたには言えなかったけど、リンゼイ様も見守ってくれているし、大丈夫って思っていたわ」
ああそうか。
私は疲れた笑みを浮かべながら、力なくうなずいた。
同時に安心した。お城へエリス姉様を見舞いに行った私が毒殺容疑で捕まって、数日拘束されて家に戻れず、そのまま孤島に生涯幽閉処分されたというのに。母は心配しているといった手紙を一切送ってこなかったのだ。
「詳しいことはまた……後で話を聞いていい?」
「いいわよ」
私は母の腕に自分のそれを絡めたまま、家路に向かって再び歩き出した。
◆◆◆
それから一ヶ月という時が過ぎた。
エリス姉様が生きていたという事は、表向きには伏せられていたんだけど、人の噂に立てる戸はないということで、城下町では暫くその話でもちきりだった。
カランサス王子とエリス姉様の婚姻解消も、宰相ファーデン公爵により正式発表されました。理由はカランサス王子の病気が発覚したからということなの。本当に深刻なご病気ではないけれど、王都を離れた空気の良い環境に行くのが望まれるという名目がついていました。
私の母が言うには、多分これはカランサス王子ではなく、カルミア様の体調のせいらしい。
カルミア様は時々咳き込まれていた。エリス姉様の食事に毒を入れていた時、空気中に毒の粉が舞ってそれを吸い込んでしまったのだろう。肺の機能に支障が出ているそうだ。
でもカルミア様もまだ二十四才と若いから、十分回復の見込みがあると思う。
エリス姉様も徐々に元の体力を取り戻していると聞いているわ。
姉様の好きな人。お見舞いに隣国から来てくださったんですって!
父のファーデン公爵様が、時々母のお店に立ち寄るんだけど、その時にお話してくださったの。エリス姉様の体調がよくなったら、ゆくゆくはお相手の方の国へ行くんだって。結婚式にはぜひ出席して欲しい。公爵様から渡されたエリス姉様の手紙にはそう書いてあった。
ぜひ行ってみたいと思う。
だって私はこの国から出たことがない。
出ようと思ったこともなかった。
けれど今回、湖の孤島で一人で暮らしてみて……感じたことがある。




