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第30話 最後の裁定①

 ◆◆◆


 外が明るい。

 ふっと目が覚めるとそこは暗い石造りの天井ではなく。


「あれ……? 私……」


 落ち着いた青と緑の天蓋付きベッドに寝かされている。

 ええと。家に帰ってきたわけじゃないので……ここはお城の中の客室かしら?


「ルシリカが殿方の面前でいきなりスカートの裾をたくし上げて、あの男に『死者の花』による毒で炎症が起きるっていうことを自ら証明してくれたんです」


「あの時のリンゼイ様の形相ったら凄かったわよね。あまり表情を変えない方なのに、ひと睨みでレンシャルを殺せそうな眼光でしたわ」


「当然ですわよ。ルシリカだって淑女教育を受けた《《令嬢》》なのよ。あんな真似をさせるなんて許せない!」


「それにルシリカをお姫様抱っこして介抱だなんて……ちょっと憧れちゃうな」

「ええ、私もわかりますわ。それって……乙女の夢ですわよね」


 ん? 誰かが私とリンゼイの話をしている。

 この声は……。


「ルシリカ、大丈夫かしら。まだ寝ているみたいなんだけど」


 エリス姉様!

 やっぱり。やっぱりエリス姉様は生きていたんだ。夢じゃない!

 私はベッドから跳ね起きた。

 すると落ち着いた、それでいてとても知っている人の声が聞こえてきた。


「毒を中和させる塗り薬を処方しているから大丈夫ですよ。カルミア様の腕も、痕は残ってしまうけど、根気よく飲み薬を続けていけば、赤い色素は徐々に薄くなります」


「本当ですか?」

「ええ」


 私はベッドから降りて声が聞こえる隣の部屋の扉を開けた。


「お母さん!? それに……エリス姉様に、カルミア様!」


 部屋に入ると私の母、エリス姉様、そしてカルミア様が円卓を囲んで話をしていた。


「あらルシリカ気がついた? 気分はどう?」


 私は久しぶりに会った母に近づくと、黙ってその肩を抱きしめた。私の背中に母の温かで柔らかい手が回される。母の体からはおなじみの香草の香りが漂っていた。


「名医って、お母さんのことだったんだ」

「まあそうなの?」


「リンゼイに呼ばれたんでしょ」


「うふふ。そんな所。とにかく早く来てくれって、彼の部下の騎士様がね。私を連れて行かないとリンゼイ様に大目玉を食らうからって、半べそかきながら言うものだから……」


 抱擁を解いて私は母の穏やかな瞳に再度安堵した。

 母は私を二十の時に産んだ。だから四十二才だけどとても若々しい。

 母から体を離して、私を見守るエリス姉様の視線に気付いた。


 ファーデン家の銀の薔薇。少しまだやつれた感じが残っているけど、仮死状態になっていたあの時のエリス姉様と比べたら、頬や唇はふんわりと血の気が通っていて確かに生きているってわかる。


「エリス姉様! 本当に生きていて良かった!」

「ルシリカ……私のせいで大変な目に合わせて……許して頂戴」


 私はエリス姉様と額を寄せて抱き合った。


 コンコン。

 控えめなノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


 エリス姉様が応えた。


「失礼いたします」


 部屋の扉が開いて黒髪の騎士が顔を覗かせた。リンゼイだ。

 彼は私を見るなり唇に微笑を浮かべた。

 うわ。なんだろう。

 人の顔を見て笑うなんて……何か悪いしらせかしら?


「ルシリカ、起きていたのか」

「はい。名医の治療のおかげで足も全く痛みません。ありがとうございました」


 私はぺこりと頭を下げた。

 黒い近衛騎士の服と白いマント姿。腰には白い飾緒がついた細剣を帯びている。

 見慣れた格好なのに、ここがお城の中のせいか……リンゼイがものすごく格好良く見える。死者の花には幻覚を見せる作用があるのかしら。きっとそう。


「丁度よかった。国王陛下とファーデン公爵が皆様をお呼びです。私と一緒に謁見の間へお越しいただけますか?」


「わかりました」


 私達は席を立ち、リンゼイに連れられて外へ出た。



 ◆◆◆



 私が寝かされていたのはリンゼイの執務室の隣の部屋だったらしい。

 そこはお城の二階部分で、謁見の間は長い廊下を真っ直ぐ歩いた突き当りにあった。リンゼイは近衛騎士団長だから、そりゃ、王様から近い場所に部屋があるわけね。


 謁見の間に入ると、国王陛下は玉座に腰掛け、その隣に私とエリス姉様の父であるファーデン公爵が立っていた。

 私はエリス姉様の後ろに並ぼうとしたが、「ルシリカは私の隣へ」と、エリス姉様が言ってくれた。


 私を真ん中に、左側にエリス姉様。右側にカルミア様。母は私達の後ろへ並んで、スカートの裾を両手でつまみ、片足を後ろに下げて国王陛下へ挨拶をした。


「呼び立ててすまなかったな。ルシリカ、足の具合はどうだ?」


 国王陛下が私に呼びかけた。


「はい。母が手当をしてくれました。おかげさまで大丈夫です」

「うむ。そなたたちを呼んだのは、昨夜、保留になっていた幾つかのことについて裁定をするためだ」


 うわ。一気に緊張してきた。昨日保留になっていたのは。

 エリス姉様に毒を飲ませていたカルミア様の処遇。

 レンシャルが、カルミア様がエリス姉様に毒薬を使ったことを、外部に漏らすといってカランサス王子を脅迫したこと。

 そしてリンゼイに私を殺すよう、不当な命令をカランサス王子がしたことだ。

 ファーデン公爵がちらと母の方をみて小さく咳払いをした。


「まずはカルミア・スフォルツオ伯爵令嬢」

「はい」


 カルミアは俯いていた顔を上げた。


「エリス・ファーデン公爵令嬢に対して食事に毒を入れた事実を認めるか」

「はい。認めます」


「だがそれは、エリスと共謀して彼女を病人に仕立てるために必要なことだったのだな」


「その通りでございます。国王陛下。エリスは隣国の愛する人と二度と会えないことを悲観するあまり、生きる目的を失っていました。このまま死んでもいいと言いました。私にとってエリスは幼馴染で大切な友人です。けれど彼女の計画に協力すれば、私の望みも叶うということを知りました」


「そなたの望みとは?」


「はい。私はカランサス王子殿下を心からお慕いしております。彼の傍にいて力になりたいと望みました」


「その気持ちは今も変わらないか?」


 一瞬、カルミアが言葉をつまらせた。瞬きをするとそこからは一筋の涙がこぼれ落ちた。


「変わりません。あの方は私にとって人生の光。その光があるからこそ、私という薔薇は咲き続けることができるのです」


「カランサス、出てまいれ」


 国王陛下が座る玉座の右手の青いカーテンが静かに揺れた。そこにはカランサス王子が立っていた。


 カルミアはその場に跪き、俯いていた。

 カランサス王子がゆっくりと歩いてカルミアに近づく。やおら、彼もまたカルミアの前で立ち止まると片膝をついた。


「カルミア……私のせいで心労をかけてすまない」

「いいえ。いいえ……」


「一つ聞かせてくれないか。もしも、私が王子でなくなったら、君は私を愛してくれないだろうか」


 はっとカルミアが顔を上げた。


「そんなことはありません! あなたは私にとっての王子様なのですから。私が愛しているのはカランサス様、あなただけです」


 ふっとカランサス王子が優しく微笑んだ。

 そしてカルミアの両手を取って握りしめるとゆっくり立ち上がらせた。


「父上。私はここで自分の罪を告白いたします。私はエリス・ファーデン公爵令嬢と婚姻を結びましたが、妻として愛することができませんでした。ここにいるカルミアを愛していたからです。そのため、エリスの心を傷つけ、彼女が自ら命を断とうと願うほどまでの精神的苦痛を与えてしまいました。そしてカルミアを守りたいという気持ちのせいで、レンシャルの諫言に乗り、ルシリカ・エアレインの命を奪うよう、リンゼイに不当な命令を出しました」


 カランサス王子様が今度は私に向かって、その場に片足をついて跪いた。


「ルシリカ嬢。あなたにしてしまった私の行為をここに謝罪する。結果としてエリスは生きていたが、根拠もなく毒殺の容疑で孤島に幽閉させてしまったことも……重ねて謝罪する」


 私はその場に立ったまま静かに頷いた。


「カランサス王子様。あなたの謝罪を私は受け入れます」


「ありがとう。ルシリカ、君の作った『エリス王太子妃のための森の香り』や、カルミアをイメージした『薔薇の香水』は、その香りを嗅いだ途端、彼女たちの顔が浮かんでくるようだった。君の『香職人』としての活動を、今まで迷惑をかけたお詫びとして、今後支援させて頂きたい」


「……カランサス王子様……ありがとうございます。あの、お気持ちだけでと言いたい所ですが。ここは素直に賠償金を受け取りたいです」


「はは。ルシリカ、遠慮するでない。カランサス、その言葉に二言はないな?」


 国王陛下の問いにカランサス王子は深く頷いた。


「はい。ございません。それから……エリス」


 カランサス王子は膝をついたまま、今度はエリス姉様を見上げた。

 静かにエリス姉様がその場に膝をついた。

 はっとカランサス王子が息を飲む。


「どうか……カルミアを『幸せ』にしてくださいませ。それで私への謝罪は十分です」


「エリス。あなたはもっと自分を主張したほうが良い。それこそルシリカのように」


 くすりとエリス姉様が微笑んだ。さもおかしそうに。


「そうですわね。死ぬ勇気があれば、生きる勇気も持つことができると学ぶことができました」


「もっとご自分を大事にして下さい。あなたを愛する人が悲しみますよ」


 カランサス王子が先に立ち上がって、エリス姉様の手を取り立ち上がらせた。

 そしてカランサス王子は玉座の国王陛下の所へ歩き、再びその場に膝をついた。


「父上――いえ、国王陛下。この場で私は宣言いたします。以上の私の罪を償うため、オルラーグ国・王位継承者の身分を放棄いたします。そしてエリス・ファーデン公爵令嬢と離縁が成立した暁には、カルミア・スフォルツオ伯爵令嬢と結婚させて頂くことをお許し下さい」


「カランサス。この度のことは残念に思う。だがお前やエリス・ファーデン公爵令嬢の気持ちも考えず、親同士の都合で婚姻を決めてしまった私も反省をしておる」


「父上……」


「カランサス王子殿下。私もエリスの気持ちを察してやることができなかった。そのせいで大切な娘の命を失う所だった。私の非をお許しいただけないだろうか」


「ファーデン公爵……あなたの娘エリスに過失はありませんでした。すべては私が……」


「カランサス王子様」


 エリス姉様の呼びかけにカランサス王子が頭を垂れた。


「エリス。私はあなたへ非礼があったことを認める。それ故にあなたを離縁し、自由の身になってもらいたいと望みます。そして、どうぞ愛しい方と幸せになって下さい」


「はい。カランサス王子様。至らぬ私への謝罪と離縁のお言葉。確かに受け取りました」


「うむ。それでは私とファーデン公爵が証人となる。まずはエリスとカランサスの婚姻は今日をもって無効とする。そしてカルミアとカランサスの結婚を今日よりひと月が経過した後に認めるものとする。ただし、カランサスは別領地へ異動処分とする」

「父上。カルミアとの結婚を認めて下さり、ありがとうございます。これからはいち家臣としてお仕えいたします」


 カルミアとカランサスは見つめ合った。

 エリス姉様もほっとしたように二人を見ていた。私も――。

 長かったけど、やっと求め合うもの同士が傍にいることを許されたのだ。


「続いて……リンゼイ。レンシャルの尋問の結果を報告してもらおう」

「はい国王陛下」


 リンゼイはいつものように、感情をその顔に浮かべることなく、落ち着いた様子で国王陛下の前に進み出た。無駄のない機敏な所作。油断していた私は思わずため息をついてしまった。


 私はベッドで休むことができたけど、リンゼイはひょっとして、一晩中起きてレンシャルの尋問をしていたのだろうか。それを思うと胸にチクリと痛みを感じた。リンゼイには関係ないことなのに。私やエリス姉様、カランサス王子、そしてカルミアのために動いてくれたんだろうな。


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