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第29話 囁かれた声はどこまでも優しくて

「私、湖の孤島で『死者の花』を見つけて摘んだんです。それを迂闊にもポケットに入れていたものですから……ほら、よく見て!」


 はだけられた私の太腿にはカルミア様と同じ、赤い花の模様のように炎症ができていた。誰がどうみても疑いようがないでしょ?

 気のせいかな。うーん……さっきよりも、ちょっとぴりぴりする。


「どう! この花が本物かどうか。疑うのならあなたの体に花の汁を付けて、炎症が起きるか試してみる?」


「いや。それは辞退させてもらう。確かにその花は『死者の花』だ。本物だと認める。けれどそれはカルミア様が『死者の花』より作った毒をエリス様に使ったというのがこれで明らかになりましたな。私がそれを売ったという証拠はございませんが」


「……くっ!」


 私は唇を強く噛み締めた。それはわかっているわ。わかっているけど!


「ルシリカ、もういい……足を隠してくれ」


 リンゼイが頷いたので私はスカートから手を離した。

 何故か私を見るリンゼイの顔はひどく青ざめていた。例えるなら……静かなる殺意とでもいうのかしら。そんな気を体から発していた。


「国王陛下。私はこれ以上ルシリカへの辱めを看過できません。先程も申し上げましたが、ルシリカを殺すためにレンシャルは人を雇って彼女を襲わせました。奴がしらを切り続けても、地下牢にいる彼らがそれを自白している。カルミア殿に毒を売ったのがレンシャルであるかどうか、これはこの際関係ありません。王子殿下やカルミア殿への恐喝も含め、レンシャルを拘束し、この事について尋問をさせて下さい」


「うむ。リンゼイ、お前の好きなようにせよ」

「ありがとうございます」


「ええっ! そんな国王陛下! 私は……」

「レンシャルを牢へ連れて行け!」

「はっ!!」


 レンシャルは両脇の腕を二人の騎士に掴まれて部屋を出ていった。

 それをリンゼイは冷たい目で見つめていた。

 ひょっとして彼、すごく怒っている……?


「痛っ……」


 私は太腿が火照るように熱くなってきたのを感じた。

 まずい。やっぱり早く清水で皮膚についた毒を流さないと、毒液が体の中に入ったかもしれない。


「ルシリカ」


 気付くと私はリンゼイに抱き上げられていた。まるで子猫でも抱えるかのように、彼の手が私の頭へ添えられている。


「えっ、あっ……」


「国王陛下、ルシリカの足には毒液がついています。早急に洗浄の処置が必要です。退出をお許し下さい」


「わかった。行くが良い」

「失礼いたします」

 

 わあ。

 リンゼイが私を抱えたまま歩いてる。

 私は体を支えるために彼の首に両手を回した。

 い、いいのかな。なんかものすごく申し訳ない。

 今が夜でよかった。こんな所、お城の女官さんやメイドさん達に見られたらどんな噂が立つのやら……。


「リンゼイ、そんな……私歩けるから……」

「痛かったのなら何故早く言わないんだ!」


「ご、ごめんなさい。私がついクセで、あの花をポケットに入れていたせいで……」

「すぐに足を洗って毒を流さないと。薬草に詳しいくせに、君は呑気すぎるぞ」


 リンゼイは私を抱きかかえたまま、二階の謁見の間を過ぎて、どこかの部屋の扉を開けて中に入った。奥にベッドがある。そこへ私を連れて行くと静かに座らせてくれた。


「水桶を用意する。そこから動くんじゃないぞ」

「わ、わかりました……」


 リンゼイ様がやっぱり殺気立ってる。私、何か悪いことでもしたかしら。

 そう思っているうちに、リンゼイは空の木の桶をベッドの下に置いて、陶器の水差しを手にしていた。


「毒を洗うから、すまないが裾を持ち上げてくれないか」

「あ、はい……」


 返事をしながら、私は頬が急に火照ってくるのを感じた。いやだって。足の炎症は太腿だから、かなりスカートの裾を上にめくらなくてはならないわけで。あの、私自分で足を洗えるんだけど……ううむ。どうしてもそうさせてくれないみたい。

 私はベッドに腰掛けて右の太腿が見えるようにスカートの裾を上にと引っ張り上げた。


「そこでいい。ずり落ちないように持っていてくれ」


 リンゼイが膝を着いて私の右足のブーツの紐をほどいていく。

 これってどういう状況かしら。殿方が膝をついて女性の靴を脱がせている。


 と、余計なことを考えてはダメ。心臓の鼓動がすごく早くなっている。皮膚に付いた毒が体内に入ったのかな……。

 ああ。頬もすごく火照っていて熱いかも……。

 リンゼイは私の右足からブーツを脱がせた。続いて左足も靴紐をほどいて同じようにする。


「右足を桶の中に入れてくれ」

「はい」

「水をかけるぞ」

「は……ひひゃっ!」


 水差しの水が冷たくて、思わず変な声が出ちゃった。


「痛いのか?」

「ひゃ、いや、大丈夫。花は一晩中水につけてたから、毒液は薄いはずなの」


 リンゼイが二個目の水差しの水を私の太腿にかけていく。肌に伝う水の冷たさで思わず体の筋肉が強張って緊張する。


 リンゼイは私があまり痛みを感じないようにするためか、すごく気をつけて水をかけて洗い流してくれた。でもそのお陰で、ひりひりしていた足の火照りがかなり和らいできた。


「リンゼイ、ありがとう。すごく楽になってきたわ……」


 彼は三杯目の水差しを空にして、それを机の上に置いていた。


「足を拭くが痛かったら我慢せずにそう言ってくれ」

「あ、はい」


 清潔な布で濡れた足をリンゼイが拭いていく。まずは足先から足の裏。くるぶしからふくらはぎへ。


「ベッドに横になってくれ」


 私は言われた通り、ベッドに横たわった。太腿の炎症部分は触らないようにして、布で足を包み込むようにして水気を取っていく。


「今、名医を呼んでいる。診断を受けてから薬を塗ったほうがいいが、今は包帯だけしておくぞ」

「お願いします」


 甲斐甲斐しく手当してもらっている身なので、リンゼイ様には逆らえません。

 水差しやら包帯やら。何がどれだけ必要なのか。全然無駄がない。


「随分と……慣れていらっしゃいませんか?」

「慣れる? ああ、包帯のことか」

「あ、まあ……そんな所ですかね」


「戦場における応急処置も見習いの頃より、前の騎士隊長から指導を受けた。今は幸いにして戦闘をする機会がない。ただ、たまに若い騎士見習いが訓練の時に打撲や切り傷をよく作るから……手当をすることもある」


「そう……ですか」


 リンゼイはあっという間に私の太腿に包帯を巻いた。


「すまなかったな」

「いえ、ありがとうございました」


 私はいそいそとスカートの裾を元に戻した。

 リンゼイがベッドの縁に腰掛けて私の方を見ている。あのきれいなペリドット色の瞳が私の顔をうつしている。


「君はしばらくここで休んでいてくれ。動き回ると万一体に毒が入っていた場合、回りが早くなる」


「そうね……少し、疲れたかもしれない」


「ルシリカ。いろいろ……君に手荒な事をして申し訳なかった。後、エリス様を密かに匿っていたことも……」


 私は枕に頭を沈ませたまま、小さく首を横に振った。


「いいえ。今はいろんなことがありすぎて頭が混乱してるけど。私は晴れて無罪になれたしね。本当はエリス姉様が生きているってこと知ってたくせにって……怒りたくなったんだけど。リンゼイだけは私の味方だった。エリス姉様を守ってくれた。私も守ってくれてた。だから、許してあげる」


「ありがとう。君を守ることができて光栄だった」


 リンゼイの口が笑みを浮かべて微笑した。

 うう、何その笑みは。そんな優しげな笑顔なんて見たことない。町娘に騎士様の微笑みは眩しくて直視できませんよ。


 うん? なんだがまぶたが重くなってきた。眠い、のかな。

 そう。ここはあの湖の孤島じゃない。あそこから私、みんながいる所へ戻ってきたんだよね?


 ふと頬に暖かさを感じた。リンゼイの手が私の頬を包むように触れている。

 彼の手からじんわりとしたぬくもりが伝わってくるから……それで私、安心しているんだ。


 そのぬくもりが、すっと消えかけた。

 私は思わず彼の手に触れていた。


「行かないで。ここにいて欲しいの」


 思わずそんな言葉が私の唇からこぼれた。

 ふわりとしたぬくもりが私の頭に再び優しく触れた。


「わかった。ここにいよう。それでいいか?」


 リンゼイの言葉が私の耳元で囁いた。

 私はそっとまぶたを開いた。いつか見た夜空に輝くきれいな月の光――それを思わせるリンゼイの瞳が私の顔を覗き込んでいた。

 今度は私、それをいつまでも見つめることができた。

 眠くて目を開けていられなくなるまで。


「ルシリカ、お休み」


 そっと囁かれた声はどこまでも優しくて。私は今度こそ本当に眠りの沼へと落ちていった。

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