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第27話 あなたは私を蘇らせる②

「どういうことだ……エリス……」


 ふらりとカランサス王子がよろめいて近くの壁に肩を預けた。

 リンゼイと剣を交えたことで息が上がったのか、激しくそれが上下している。


「カランサスよ。驚かせてすまんな。私も驚いたのだが、エリスが生きておったのだ」


 エリス姉様の後ろには、何と国王陛下が立っていた。


「父上……!?」


 もはや何がどうなっているのかさっぱりわからない。

 私もだけど、ここはエリス姉様から話を聞くのが手っ取り早いんじゃないかしら。

 カランサス王子の顔が青白いを通り越して真っ白になっている。

 反対にカルミア様は、妙に落ち着いた様子でエリス姉様を見つめている。

 私が目を開けた時はすごい悲鳴を上げたのに。


「エリス姉様。どういうことなのか教えてもらえませんか?」


「ええ。私はそのためにここへ来ました。ルシリカ、貴方には迷惑をかけてしまって……本当にごめんなさい」


 エリス姉様は瞳を伏せて私に向かって深く頭を下げた。

 それから隣に立っている国王陛下の足元へ跪いた。


「国王陛下。事情は父と共に別室で先程お話した通りでございます。私はこうして生きております。ルシリカは私を毒殺などしておりません。まずはそれを先にお認め下さい」


「わかった。そなたが生きていることで、ルシリカの容疑は晴れた。エリス毒殺についての有罪判決を撤回。無罪といたす」


「……国王陛下!!」


 国王陛下が穏やかな顔で私を見て深く頷いて下さった。


「お前は無実だ。ルシリカ・エアレイン。だが……」


 国王陛下は辺りを見回した。

 カランサス王子が呆然とした表情で荒い呼吸を繰り返している。


「カランサス。お前はルシリカを殺すように、リンゼイに命じたそうだな」

「そっ……それは……」


 カランサス王子が一呼吸置いて口を開こうとした時――。


「お許しくださいませ! 国王陛下。カランサス様は私を庇って下さったのです」


 カルミア様が国王陛下の足元へ転がるように跪いた。


「私が、私がエリス様のお食事に毒を入れていたのです。それでエリスは……エリス様は王太子妃として公務ができないほど、健康を害してしまいました」


 やはりカルミア様がエリス姉様に毒を飲ませていた。

『幻視のハーブ水』の水鏡で視た通りだったんだ。


「国王陛下。カルミアの言うことは本当です」


 エリス姉様が跪くカルミアの傍に座って、その肩を優しく抱きしめている。

 どうして?

 カルミア様はあなたに毒を盛っていたのよ? 


「私が頼んで、体調不良になる程度の毒を食事に入れてもらったのです」

「頼んだ、だと?」


 淡い金髪を揺らしながら、カランサス王子が顔を上げる。

 エリス姉様は小さく頷いた。


「ええ。カルミアと私はお互いの幸せを掴むために、今回の騒動を仕組んだのです。今から事情をご説明します」




 ◇◇◇(エリス視点)



 まずはルシリカ。

 今回の事件に巻き込んでごめんなさい。私はご覧の通り生きています。

 今から順を追ってお話します。


 今から丁度一年前のことです。

 私は父よりカランサス王子様との婚姻が決まったことを聞きました。

 ファーデン公爵家のために、ひいては王国のために、それを望まれました。

 私も貴族の娘。頭ではわかっていたのですが、心の奥底では受け入れられなかったのです。


 私には幼き時より好きな人がいました。私の母の弟の息子である、イルラシア国の貴族の方です。旅行が好きで、時々我がファーデン家にも訪れており、私も密かにお慕いしていました。

 カランサス王子様との結婚が決まった時は、泣きながら手紙を書きました。


 それにね。カランサス王子様が本当に愛していたのは、私の幼馴染のカルミアでした。ルシリカは知っていたと思うけど、カルミアもまた……カランサス王子様に恋していました。


 私は凄く後ろめたかった。親同士が決めた婚姻とはいえ、幼馴染の好きな人と私が結婚するのです。しかも私には、幼い頃からずっとお慕いしている方がいるのに。

 心がキシキシと痛みました。


 私はせめてもの償いにと、カルミアを王太子妃付きの侍女にしてもらいました。

 共に城にいればカルミアも、王子様の傍にいることができる。そう、思って。

 けれどそれが余計、私自身が孤立することになりました。


 カルミアは博識で今何が流行っているのか。あるいは市場がどのようになっているのか。場の空気を読んで相手に合わせて話をする聞き上手な才能の持ち主です。

 私は、どうもそういうのが苦手で。自分に興味のない話をずっと聞かされるのが苦痛でした。ただ、にこにこと微笑んでやり過ごす毎日でした。


 そのうち、カルミアに各国の来賓の方のお相手をお願いするようになり……私の代わりにカランサス王子様と一緒に、王子妃代行として公務をするようになりました。


 私はその頃。体調を崩すことが増えたのです。

 今から三ヶ月前ぐらいからでした。

 朝置きたら体が重く床から起き上がることができなくなったり。一度咳が出たら止まらなくなったり。息苦しくてなかなか寝付けなかったり。

 侍医が診てくださりましたが、いづれも原因が不明でした。


 でもきっとお城の環境のせいだと思っていました。だから私は自分が治るとはとても思えず、このまま病気で死んだら、カルミアはカランサス王子様と幸せになって欲しいと伝えたのです。するとカルミアが泣き出しました。


「エリスのバカ。そんなことになったら、私が心から幸せに暮らせると思っているの!」


 初めて彼女に頬を叩かれました。


「でも。私の都合で、カランサス様に離縁を願い出る事なんてできないわ。国王陛下や、ファーデン家の人達にも迷惑をかけてしまうから。カルミア、あなたがカランサス王子様と結婚するためには、私が死ぬしか方法がないの」


 そうカルミアに言った後。ふとある考えが浮かんだのです。

 どうせ死ぬのなら、私の命を賭けてみようと。

 もう一度、大好きな人に会うために。


 失敗することなんて怖くなかった。好きな人と共に生きられないのなら、今の私は死人と同じなのです。

 そこである計画を立てて、カルミアに協力してくれないかと頼んだのです。





 ◆◆◆(ルシリカ視点)



「計画って……どんな?」


 私はエリス姉様に尋ねた。


「私は飲むと仮死状態になる薬を入手していました。これを飲むと呼吸がほんのわずかとなり四十八時間、死んだ状態になるというものです。私が病死すれば、カルミアはカランサス王子と結婚できます。けれど私が突然毒薬を飲んで自殺すると、カランサス王子様や国王陛下……それに父のファーデン公爵にご迷惑がかかります。だから私は病人になる必要があった。カルミアが用意した毒薬の分量を調整して、私の食事やお茶に混ぜてくれたのです。


 その効果あって、私は本当に今にも死にそうな病人になりました。そして決行の日。私が仮死状態になる薬を飲んだ日、ルシリカ……あなたが面会に来ていたのです。私はもう意識がほとんどなくて。でもあなたが来ていたのは、焚いてくれた森の香りで気づきました。とてもうれしかった。

 仮死状態になる薬も、飲んだ後再び目覚める保証が確実ではありませんでしたから、このまま死ぬことになっても……あなたに会えたことがうれしかった。でもそのせいで、まさかあなたが私を毒殺したことになるとは思ってもみませんでした。本当にごめんなさい」


「ううん。エリス姉様が生きていればそれでいいの! それで……その後はどこにいたの?」


「協力者のカルミアが、私の隠れ家を城下町の郊外に用意してくれました。そしてリンゼイ様が密かに墓所から、私の体をそちらへ運んで下さいました」


「なっ……!」


 カランサス王子が驚いたようにリンゼイを見つめている。

 私も同じ。


「ということは、リンゼイ。お前はエリスが生きていることを《《知っていたのか》》!?」

「はい。カルミア様に協力を要請され、エリス様を郊外の隠れ家へお連れしました」

 

 うわーうわー。

 眉毛一つ変えることなく言ってのけるよ。この人!

 リンゼイったらひどい。

 すべて知っていて、地下牢に閉じ込めたり、幽閉された私の監視とかしてたわけ?

 私は隣に立つリンゼイをじとーっと睨みつけた。

 彼は動揺することなく表情一つ変えない。


「ルシリカ、リンゼイ様を責めないで。彼はカランサス王子様の側近で、私の体調不良についても普段から気にかけて下さったのです。私は彼が信用に値する方と見込んで、お城から逃亡する計画を打ち明けました。それに、ルシリカ……あなたが幽閉の身になったと聞いて、食事の差し入れなども進んで引き受けて下さったのよ」


「……はい、その節はお世話になりました」


 幽閉されて最初の一週間。私はお腹がすきすぎて倒れていたのだ。

 もう遠い思い出だけど。


「リンゼイ様が隠れ家に連れて行ってくれて、私も薬が切れて再び目覚めることができました。ただ、毒の影響で私もひと月ずっと寝たきりの状態でした。計画通りなら、私は病死という診断が下り、カランサス王子様とカルミアはいずれ結婚。私もまた、体調が回復したら隣国へ密かに向かう予定でした」


 エリス姉様はそこで深々と頭を垂れた。涼やかな長い銀髪が肩から流れ落ちて、憂いを帯びた顔が見えなくなるほど、深く。


「この度は皆様へご迷惑をおかけしたことを、この場で深くお詫びいたします」


「私も……自分の望みを叶えるために、国王陛下、そしてカランサス王子様を欺くことをしてしまいました。申し訳ございません」


 エリス姉様の隣りにいたカルミア様も深々とお辞儀をした。


「エリス、カルミア。そなた達のやったことはとても褒められたものではない。だが愛するものと結ばれたかったという思いだけは理解できる」

「国王陛下……」


 エリス姉様も目にいっぱい涙をためていた。瞬きをするとそれが今までの苦難を表すかのように、静かに頬を濡らしていった。

 本当に辛かったんだよね。

 私の幽閉生活なんて、エリス姉様の今までに比べたら全然大したことない。


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