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第25話 あの美しい月の光がもう見えない

 ◆◆◆


 幻視のハーブ水を覗き込んだ私は、その日、何もする気が起きなくてポヨン鳥クッションに埋もれていた。

 あれは本当だったのだろうか。

 本当に、幼馴染だったカルミア様が、エリス姉様を妬んで毒を飲ませたのだろうか。しかも使われた毒は、あの『死者の花』を粉にしたものだった。


 そうだ。三階の王女様の工房で、死者の花についての記述が書かれた本を見たような気がする。私は起き上がって三階へと行く。

 図解のようなものはなかった。だから花の外見の特徴がわからなくて、どんな花なのか知ることができなかったのだ。

 本棚をひっくり返して数時間が経ち、私は毒草について書かれた本をやっと見つけた。ううむ。虫食いがあって花の名前はわからないけど、別名で『死者の花』って書いてある。



【〇〇・別名:死者の花】

 ・花、茎、根、種。すべてが有毒である。花を千切った時、茎から出る乳白色の液体は酸を含み、触れると皮膚がただれてしまう。

 これは該当植物を乾燥させ、粉にしても同一症状が現れる。取り扱う時は手袋をして空気中に舞う粉末を吸い込まないようにすること。

 微量ならすぐ死には至らず。ただ、肺に入った毒はその機能を低下させてやがて呼吸困難となり死亡する。

 粉末が手についた時は速やかに清水で洗うこと。皮膚が赤く炎症を起こして腫れてしまうため。



 幻視のハーブ水で作った水鏡を覗いた時。

 誰かはわからないけど、ここに書かれていたことと同じことを言っていた。

 エリス姉様はカルミア様に、この毒薬が入ったお茶や食事を取らされていた。そういえば、水鏡の中の彼女は手袋をしていなかった。

 でも今は、肘まで白い長手袋をいつもはめている。

 きっと毒の粉がついたせいで、手が腫れているのかも知れない。

 あの手袋を外してみれば……!


 ん?

 足音?

 リンゼイかしら。でも、まだ彼が来る日じゃないわ。


 そおっと階段を三階から二階へ降りる。

 人の気配。がさがさと何かを漁る音。階段を降りて二階を覗き見る。

 見知らぬ黒っぽい服を着た者が二人、キッチンの方でごそごそしている。

 何? あの人達?


「レシピ……そんなもの本当にあるのか?」

「薔薇の香水のレシピだ……こっちにはなさそうだ。やはり三階の部屋か」


 二人の男が階段の方へ近づいてくる。

 私は咄嗟に一階の納屋まで階段を駆け下りた。物陰に隠れて階段を覗くと、男達は三階へ上がろうとしている所だった。


「私のレシピを探している?」


 誰かはわからないけど、ルシリカさんの作業場に盗みを働こうとは許さない。

 私は壁際の棚から保存瓶を一つ掴んだ。一階の納屋は勿論外に出られる扉がある。

 音がしないようにそっと開いて、私は外に出た。

 湖の方を見ると桟橋に小船が係留されている。彼らが乗ってきたものだろう。


 ガシャン!

 三階から物音がする。彼らが何を探しているのかわからないけど、貴重な蒸留装置はガラスでできているんだから。それに王女様の工房を荒らされるのは気分が悪いわ。


 私は外階段を昇って二階の扉をそっと開いた。奴らはまだ三階を家探ししている。

 私はふとキッチン台の上に置いている銀製の花器に目をやった。

 昨日、『幻視のハーブ水』を試してそのままにしていたものだ。

 その水に浮かぶ死者の花は萎れることなく、白い花弁を開かせて水面に浮いている。


 ああ……この花。よく考えたらすごく貴重かもしれない。

 乾燥させてサンプルとして取っておこうかな。

 私は咄嗟に花の茎をつまんで、スカートのポケットの中に入れた。

 その時だ。


「お、お前! そこにいたのか」


 私は我に返った。侵入者の男達がいつの間にか三階から二階に降りてきていたのだ。


「……薔薇の香水のレシピを渡してもらおうか」

「あなた達は一体誰?」


「そんなこと、どうでもいい。あんたは罪人で……ここで死んだ所で誰も気にしない」


 じりじりと男達が私の方へ近づいてくる。髭面の男が徐ろに短剣を抜いて右手に持っている。私はキッチン台の方へ後退りした。


「レシピなんてないわよ」

「何だと?」


「香職人の頭の中にすべて入ってるから。その代わり、これでも喰らいなさいな!!」


 私は手にした瓶の中身を男達に向けて振りまいた。

 ぱあっと赤い粉末が周囲に広がる。

 正面にいた髭面の男は、赤い粉末を顔面からまともに浴びた。


「な、何だこれはーーーー!!」


もう一人の若い男も、髭面の男のようにまともに粉は浴びなかったが、空気中に飛散したそれを吸い込んだらしい。


「目がっ! 目が焼けるように痛いっーー!!」

「ゴホッ……! グワッ、何投げやがった!?」


 二人はごほごほとその場に座り込んで咳き込んでいる。


「ルシリカさん特製の唐辛子エキスはどんなお味かしら!」


 男達が床で七転八倒しているうちに、私は銀の花器を掴んで、暖炉に向けてその水をぶちまける。

 もうもうと白い煙が上がって、部屋の中の視界が見る間に悪くなった。

 逃げるなら今のうち。私は二階の扉から急いで外へ飛び出した。


「ルシリカ!」


 突然名前を呼ばれて、私は湖の方に顔を向けた。


「リンゼイ!」


 湖の桟橋にはもう一艘の小船が係留されていて、黒いマントを羽織ったリンゼイと、彼の部下と思しき者達が三人、急いでこちらに向かって走ってくるのが見える。

 彼らはあっという間に階段を駆け上がって私の所へと来た。



 ◆◆◆



「……というわけで、私のレシピを狙って賊が侵入したの。あ、部屋に入る時は気をつけて。唐辛子エキスが目に入ったら死ぬほど痛いから」


 駆けつけたリンゼイと彼の部下の騎士たちに私は状況を説明した。

 私の建物に無断侵入した二人の賊は、騎士達に捕らえられたけど、目の痛みで事情聴取どころじゃなくって。

 お情けで井戸水を大量に浴びせてあげたわ。まあ、数時間したら痛みも治まるとは思うけど。


「ルシリカ、よかった。無事で」


「ありがとう。リンゼイ。あなた達が駆けつけてくれなかったら、私は島の森で夜を明かそうかなって思ってたのよ」


「言っただろう。湖を不審に通る船があれば、監視塔で気付いてここに駆けつけるとね」


 確かに。湖はきっちりリンゼイ達が見張っているってことね。

 私が仮にここから逃げ出そうと目論んでも無駄ってこと。


「それにしても……どうしようかな。暖炉に水をかけちゃったから、部屋に暫く入れそうにないわ」


 私はぼやいた。しかも部屋の中は灰だらけだろう。うわーん、最悪。


「ルシリカ、煙が……」

「ああ、そうね」


 私達は建物から離れて外階段から一階の納屋の前に移動した。

 周りが薄暗くなってきた。もう夕方みたい。私は夢中で本を読み漁っていたのね。

 湖に夕日の最後の光が映っている。周りを取り囲む森の影が黒く水面に滲んでいる。ひやりとした風が吹いてきて、リンゼイの黒いマントと髪をそよがせていた。


「煙が収まれば、三階の部屋に住めそうか?」

「ええ。上は大丈夫だと思う。明日、二階の掃除をすることにするわ」


 私は自分が襲われたことに動揺していたけど、リンゼイの存在でようやく落ち着きを取り戻した。それで、思い出した。


「ああそうだ! リンゼイ、私試したの。『幻視のハーブ水』を。あれほど一人の時に実行するなって言われてたけど。エリス姉様に誰が毒を盛ったのか視たわ。あのね……信じられないんだけど、侍女のカルミア様だった」


「カルミア殿が?」


「ええ。見間違いないわ。誰かはわからないんだけど、毒薬を入手するところと、エリス姉様のお茶に毒を入れる場面が水鏡に映っていたの。それから毒の正体もわかった。私、カルミア様が毒薬を扱っていたというのを証明させることができるの!」


「ルシリカ」


「何? 私、やっぱりエリス姉様を殺してなんかいない。姉様はカルミア様に少しずつ毒を飲まされて、その影響で呼吸が弱くなって、死んでしまったんだわ。リンゼイ、私、ここから出なくっちゃ。どうしても!」


「……」


 リンゼイの目が何故か私の方を見ない。湖面に視線を向けて、何かを考えるように黙りこくっている。私が嘘をついていると思っているのかな。


 よりにもよって、エリスの夫――カランサス王子に想いを抱いているカルミア様が毒を盛っていたなんて。


 私が罪を認めようとせず、カルミア様にそれをなすりつけているように思えるかもしれない。だからあなたは……そんな悲しそうな顔をするの……?


「リンゼイ。私は突飛なことを言っているかもしれない。だけど本当に水鏡で見たの。真実を。そしてそれを証明させてみせるわ!」


「ルシリカ……覚えているかい?」


 囁くようなリンゼイの声。ううん。それは実際、私の耳に囁かれた彼の声。すくうように私の瑠璃色の髪を手に受けて、指に絡め、それから頬へと触れていく。

 今日は手袋をしていない。だからかな。彼の指がひやりとする。


「この島に幽閉された君が……ここから出られるのは……」


 頬をそっと撫でた冷たい両手が首筋を伝って、喉元で止まった。


「君が、死んだ時だけなんだ――そう、言っただろう?」


えっ。


「リ、リン……ゼイ……?」


 首にかけられたリンゼイの指が、私の首をじわじわと締め上げていく。

 生命の通り道が塞がれていく。私は彼の腕を両手で掴んだ。そして息もかかるほどの距離に近づいた彼の顔を見上げた。


 綺麗だな……。ふっと思った。

 リンゼイの黒髪が夜空と一緒になって、透き通ったペリドット色の瞳がお月さまのように見えたの。


 こんな時じゃなければ、もっと、ずっと、見ていたいって思う、のに。

 お月さまの光が滲んできた。私の目から溢れてきた涙のせいで。


「どう……して……」

「いつか、こうなる時が来ると思っていた。すまない、ルシリカ」


 もう、駄目。いきが、できない。

 ――意識が暗闇に飲まれる。私に注がれるあの美しい月の光が、もう見えない。


 ああ。声が聴こえる。少女たちのはしゃぐ声。

 うふふ。あれは、私達が子供の頃にやっていたお茶会だわ。

 エリス姉様。

 カルミア様。

 そして私。

 私は『願いの叶う★ハーブとラズベリー』のお茶を作ったの。

 さあさあ皆様召し上がれ。

 ただし、心の中で叶えたい『お願い』を思い浮かべてから飲むのが作法よ。


 私は大好きな人と一緒にいられますように。

 そう願ってあのお茶を飲んだ。


 エリス姉様。母様。

 あなた達と一緒に私は過ごしたかっただけなのに。

 もう一度あなたに会いたい。エリス姉様。


 そして……リンゼイ。

 あなたとお茶を飲んだ時、私はあなたと一緒に、外の世界を見られますようにって。お願いしたの。

 お願いしたのよ。

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