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第24話 ◆王子の命令(リンゼイ視点)

「リンゼイです。お呼びと伺いましたが。カランサス様」

「入ってくれ」

「失礼いたします」


 カランサス王子は応接用の椅子に腰掛けていた。その対面には赤髪のギルド長レンシャルが座っていた。リンゼイが近づくと立ち上がって軽く会釈をした。

 何だか嫌な予感がする。


「リンゼイ様にもご報告したほうが良いと思って、カランサス王子殿下に呼んで頂いたのです。ルシリカが作った『エリス王太子妃の森の香り』という香の調査報告がでました。リンゼイ様には申し訳ございませんが、やはり有毒性ありの判定が出ました。我々健常者には何の影響も出ない程の量だが、エリス様のように呼吸疾患が出ている者には命取りとなります。よって、ルシリカは過失か故意かはわかりませんが、有罪であるかと」


「ちょっと待て。ルシリカはエリス様を姉として慕っていた。仮に彼女が故意に香を焚いたとして、それで彼女に一体何の得があるというのだ?」


「リンゼイ。ルシリカがエリス毒殺の動機を話さないのだから、我々にそれを知ることはできないだろう」


「カランサス様、しかし」


「とにかくあの女は有罪と決まった。父もそう仰った。それであの女の処遇だが……罪を償うために幽閉されている者が、香や香水を作って城内でそれを販売しているという。リンゼイ、材料の便宜をはかったのは誰の許しを得てやっている?」


 これはレンシャルの入れ知恵だな。ぴんときた。今までルシリカの処遇について、王子は何の関心も示さなかったのに。


「申し訳ありません。国王陛下に追加で香を作るように命じられたので、それで材料をルシリカに渡しました」


「まあ、お前しかいないからな。リンゼイ。こうなった以上、有罪も確定したため、ルシリカを《《殺せ》》」


一瞬耳を疑った。


「王子。どういうことですか。ルシリカはすでに幽閉となっており……」


「そうだ。死ぬまであの女は幽閉だ。生きている限り、お前は毎週あの女の所へ行かなくてはならない。だが、お前という援助がなければ、あの女は餓死する。お前とて彼女が死ぬまで長く苦しむ姿は見たくないだろう? ならば、速やかな死の方が慈悲だと思わないか?」


椅子に持たれカランサス王子が気だるげに呟いた。

――怪しい。


「恐れながら、それは、国王陛下のご指示ですか?」


「そうだ。エリスは王太子妃だったのだ。王族を死に至らしめた罪は重い。それに父もルシリカの作る香のせいで、香料商ギルドに与える経済的損失を危惧されている」


「カランサス王子殿下。早速の国王陛下へのご陳情、ありがとうございます」


 そばに控えるレンシャルがニヤニヤと笑いながら頭を下げている。

 まさか、レシピを勝手に使われた腹いせに、レンシャルに対抗したルシリカが、こんな不当な扱いをされる羽目になるとは。


「しかし……命まで奪うというのは」


「くどいぞリンゼイ。これは主君である私の命令だ。できぬというならそれでもいい。反逆罪でお前の身柄を直ちに拘束し、地下牢に入ってもらう。だが二度と生きて地上をみることはないだろう」


 カランサス王子の顔は血の気が引いて亡霊のようだった。


「リンゼイ。返事をきこう」



 ◆◆◆



 リンゼイはカランサス王子の部屋を出た。ふと背後に気配を感じる。

 振り返ると、紅茶色の髪を結い上げた白いドレス姿の女性――カルミア伯爵令嬢が立っている。


「リンゼイ様、ちょっとお話がございます。あなたのお部屋に行ってよいでしょうか」

「わかりました」


 リンゼイの執務室で二人きりになると、カルミアが顔を白くさせて震える声で口を開いた。


「お願いです。ルシリカを助けて下さい。私、先程王子の部屋を訪れて扉を開けた時に、貴方があの子を殺すように命じられるのを聞いてしまったんです!」


「カルミア殿……」


「私とルシリカ、そしてエリスは子供の頃、ファーデン公爵家で一緒に勉強したりお茶会を開いたりして、本当に仲が良かった。ルシリカはエリスの事をとても尊敬し慕っていました。あの子がエリスを毒殺なんてありえません」


「カルミア殿。お言葉ですが、レンシャルはルシリカの作った香が有毒だと調査報告を国王陛下に提出した。それを受けてルシリカの罪は確定した。私はルシリカにも言ったが、何故追放を選ばなかったのかと……幽閉だといずれこういう結果を迎えると思っていたのだ」


 カルミアが深くため息をついた。


「リンゼイ様、カランサス王子は、私のためにエリスを疎んじておられたのです。でも私は二人の愛する人――憧れのカランサス王子、そして幼馴染のエリス、どちらも失いたくなかった。けれどエリスは城内で孤立して、病気がちになってしまった……」


「エリス様はお気の毒だった。その上ルシリカまで。あなたとかかわらなければ、あの姉妹は今頃幸せに暮らしていたかもしれないな」


「うっ……」


 カルミアはこらえきれなくなったのか、目に涙を浮かべて唇を噛み締めている。

 リンゼイはため息をついた。


「ルシリカを助けたいのはやまやまだ。けれどこれが国王陛下のご意思であれば、私はその命令に従わねばならない」


「リンゼイ様。あなただって疑問に思いませんか? カランサス王子は理由もなくあんな非情な命令を出す方ではありません! あなただって王子の側近だし、私よりもその人柄をご存知ではありませんか?」


「それは……そうだが。確かに、理不尽なご命令ではあった」


「私……ギルド長レンシャルのせいだと思うのです。彼は金のためならどんな手段も厭わない、恐ろしい男です」


「ほう。カルミア殿は奴の裏の顔をご存知なのか」


「ええ……少し、薬を、コホッ……都合してもらったことがありまして」

「どんな薬を?」


「それは、今はまだ言えません。けれど、かなり高額な金額を要求されました。すぐに用意できないので、時間の猶予を願ったら、王子との関係を国王陛下に伝えると言って脅してきました。エリスが亡くなってから……私がカランサス王子の部屋で過ごす所をレンシャルに何度か目撃されていて……私は王子にご迷惑をおかけしたくなかった。だから必死にお金を作って彼に渡したのです」


 リンゼイは腕を組んだ。


「私も彼に《《脅された》》。ルシリカを援助しているだろうと。王太子妃を毒殺した罪人を騎士が援助している。国王陛下もそれを容認しているのではないかと。その事実を国民にバラされたくなければ、ルシリカの作った香水のレシピを言い値で買い取るから交渉して来いとね。全く、ヤツの強欲の皮は果てしないほどの厚みがあるな」


「リンゼイ様にまで……そんな……」


「カルミア殿。カランサス王子はあなたの推測通り、レンシャルに何か弱みを握られて利用されているかもしれない。それからルシリカがいる限り、ギルドで作った商品は売れなくなってしまうのだ」


「そうですわね。ルシリカが私をイメージして作ってくれた薔薇の香水。あの香りを嗅ぐと私は、カランサス王子の事を思って幸せに浸っていた、子供の頃の自分を思い出します。彼女の作る香りには、それをイメージした対象の魂の記憶を呼び覚ます効能があります。


 エリスをイメージして作った森の香りもそうだった。私、あの香りを嗅いだ時。決して不快ではなかったのです。エリスの事で胸がいっぱいになってしまって、あの場にいるのが苦しくなってしまった。ギルドの香職人がどんなに真似しようとも、あの香りを作れるのは、まぎれもなくルシリカだけなのです」


「それが、彼女の作る香りの魅力なのだな」


「ええ。だから私は……勉強会の後にルシリカが作ってくれるハーブティーをとても楽しみにしていました」


「『願いの叶う★ハーブとラズベリー』のお茶……」

「リンゼイ様、何故それをご存知なのですか?」


「ルシリカが私にごちそうしてくれたのだ。まさか、お茶を飲む前に『作法』があるなんてと驚いたのだがな」


 今も耳に聴こえる。

『ちょーっと待った! このお茶はね、叶えたい願いを心に思ってから飲むのよ!』

 ルシリカのあの真剣なまなざしを向けられたら、それに従わねばと思ってしまうだろう。


「叶えたい願い……ふふ、そんなお茶を確かに飲みましたわ。私の願いは叶うのかどうか……わかりませんが」


「願いとはこうありたいと望む『欲望』でもある。だが願いとはまた、それを叶えるために、一度しかない人生を生きる指針にもなる……」


「リンゼイ様。私はカランサス王子に説得を試みようと思います。ですからルシリカを殺すなんて恐ろしいこと……どうかやめてください。お願いです!」


「私は王子の側近だが、できればそれを回避したいと思っています。けれど……仮にレンシャルが、ルシリカを目障りだと思っているのなら……」


 私は冷たくカルミアに目線を向けた。


「私が手を下さなくても、ルシリカの身が危ない」

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