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第21話 死者の花①

 今日のリンゼイ様は機嫌が良い。

 私の顔を見てにやにやと不気味な笑みを振りまいてくれた。


「ルシリカ、やったぞ」

「えっ。何?」


 リンゼイがおもむろに私の両手を掴んで、急にダンスを始めちゃった。ステップを踏みながら私を暖炉の前のポヨン鳥クッションに座らせて、自分は定席の机の前の椅子に座り込む。こんなに彼がはしゃぐ所は見たことがない。


「ついにレンシャルは君の調香の才能を認めた。あの薔薇の香水のレシピを言い値で買い取りたいと言っていた。それから、君の作った『エリス王太子妃のための森の香り』を真似た『マロウ銀葉樹の森の香り』は、女官たちを中心に百個返品という状況になったそうだ。レンシャルが顔を真っ赤にして悔しがっていたのを、君にも見せたかったよ」


 なるほど。それが不気味な笑顔の原因だったのね。

 私の顔にもにんまりと同じ歪んだ笑みが浮かびます。


「へえ……それはこの目でぜひ見てみたかったわ。教えてくれてありがとう」

「ああそうだ。香水のレシピの件だが、君はそれをレンシャルに売る気はあるか?」

「まさか。それは絶対にありえない」

「だろうな。君がそう言うと思って、いや……私にそれを判断する権利はないから、レンシャルには断りを入れておいた」

「ありがとうございます。ここに閉じ込められて一ヶ月が過ぎたけど、少しだけすっきりしたわ」

「ルシリカ……」


 リンゼイの表情が曇った。


「ああ、ごめんなさい。結局の所、私がエリス姉様に焚いた香の検分の結果は、まだ出ていないのよね?」


 私が素直に喜べないのはそこなのよ。いくらあのオジサン――レンシャルが、私の調香のセンスを認めてくれたって、有罪判定のままだと私は『香職人』の仕事は元より、この島から出ることすら叶わない。


「レンシャルの奴。わざと結果を報告しないのかもしれん。カランサス王子や国王陛下に催促して下さるよう頼んでみる。それで……ルシリカ、例の『幻視のハーブ水』に足りないと言っていた花は、見つかったのか?」


 リンゼイが椅子から立ち上がったので、私もそれに倣う。


「ううん。残念ながら『死者の花』っていう植物の見当がつかないから、明日天気がよかったら、東の森に行ってみようと思うの。この島でまだ行ったことがない場所はそこしかなくて」


「気をつけろ。この島は小さいが、王の直轄地のため外部の人間はほぼ立ち入らない。だから古来の生物が棲んでいると噂されている。湖も然りだ」

「そうね」


 私は言葉少なく返した。ふうん。この島は王様の所有地なんだ。古来の生物と言えば、人間と同じ大きさの鳥、ポヨン鳥がそうかもしれないわね。まだ他にも私の知らない生き物が棲んでるかも。こわいような、楽しみなような。


「護身用のハーブもちょっと作ってるの。唐辛子エキスを抽出した液体なんだけど、これを目とか鼻の粘膜に振りかければ、巨大な熊も逃げ出す代物なの」

「わかった。また来週来るが……気をつけろよ」


「ありがとう。ああ、お城の女官さんたちに、もしも作ってほしい商品や香りがあったらきいといてくれない? 時間がいっぱいあるから、新しい香水とか作ろうと思って」

「了解した」


 私はいつものようにリンゼイを戸口で見送った。

 さっきも言ったけど、後は東の森の探索だけなのよね。あそこで『死者の花』が見つからなかったら、多分今は花が咲く季節じゃないってこと。冬か、春か、夏かはわからないけど。

 私がここから動けない限り、エリス姉様に誰が毒を盛ったのか。『幻視のハーブ水』の力を借りない限り、知る術がないのだ。



 ◆◆◆



 次の日の朝。秋を迎えた空は高く青く晴れ渡っていた。

 涼やかな空気が湖を包んで、時々朝霧も発生することがある。

 今日出かける東の森はこの島の二分の一の面積がある……と思う。建物の三階の窓から眺めただけなんだけど。濃い緑の森の木々が連なっていてそこそこ深そうなの。本当に熊とか巨大動物に遭遇したらどうしよう。ポヨン鳥も大きいしなあ。


 今日の私の出で立ちは少しだけ重装備というか、探索モードです。

 白いブラウスに青のフェルトのズボンと革のブーツ。ウエストに皮のコルセットベルトをつけている。これは肩からかけたカバンのストラップをコルセットベルトの留め金につけるため。こうすると重いものを入れても歩きやすいの。


 腰のベルトには一回り小さな小物入れを吊り下げています。

 リンゼイに言ったけど、熊とか凶暴な生物に遭遇したら、彼らをひるませるための唐辛子エキスが入った小瓶を入れています。

 後はカバンにハーブティーをつめた水筒と、小麦粉で作ったお弁当のパンを入れたら、探検に出る準備は整うわ。


「東の森……うん、ほのかにポヨン鳥ちゃんの羽毛の匂いがするわね」


 私は新しい土地に行くとき、つい空気の匂いを嗅いでしまうクセがある。人より嗅覚が鋭いせいなんだけど。

 知っている匂いがしたら、そこへ迷わずたどりつけるから便利なのよね。だから探している香草も一発で見つけちゃう。


 東の森の入口は、私が住んでいる建物から五分弱歩いた所。意外にも近いんだけど、湖の渚で流木拾いをしたり、南の森の前の開けた場所で、主食の香草の新芽を摘んだり、ラズベリーの実を採取したりしてあまり行く機会がなかったの。

 ちょっと木々が密集してて、昼間でも鬱蒼としていたから入りづらいっていうのもあったんだけどね。


 下草を踏みしめて、何かが通っているようなけもの道を歩きます。

 多分、ポヨン鳥ちゃんたちだと思う。この道を使っているのは。

 森を歩いてから数分経った所で、「ポヨ~ン」って声がしたの。


「ポヨポヨ~(こんにちは)」

「ポヨポヨ!!」


 うわっ!

 声をかけてみると、木々が大きく揺れて、あちこちからポヨン鳥のまるっこい頭がいっぱい出てきた!


 ぽよんぽよん。

 歩くというか、ほぼ、体ごと弾んでる形で顔をのぞかせたポヨン鳥が私の方へやってきた。軽く十匹ぐらいいるのかな。


「ポヨン鳥ちゃんたち、こんにちは。今日はちょっと遊びにきちゃった」

「ポヨポヨ~ポヨン!」

「えっ、あっ!」


 一匹のポヨン鳥が私に近づいてきた。小さな黒いくちばしが、何かを見つけてツンツンと突っつく。私の肩から斜めに下げたカバンをツンツンしている。

 確かここには私がお昼に食べようと思っていた、小麦粉の平べったいパンが入っている。


「お腹が空いているの? 良いわよ。みんなで食べて頂戴」


 私がカバンの蓋に手を添えて、紙で包んだパンの塊を取り出すと、ポヨン鳥ちゃん達の黒い瞳が一斉にキラキラと輝き出した。


「ポヨン!」

「ポヨン!!」


「あ、はいはい。ちょっとしかないけど、みんなにあげるから……ムギュ!」


 パンを手に持ったら四方八方、小さなくちばしが一斉にそれを突っついてる!

 池の鯉って知ってる? 餌を撒いたら一斉に集まって口をぱくぱくさせるでしょ?

 あれのポヨン鳥バージョンを想像してみて!


 あっちもこっちも、右も左もポヨン鳥ちゃんの頭だらけ。

 もふもふ羽毛はたまらないんだけど、こ、このままだと私は圧死してしまう……。


「ポヨン鳥ちゃんたち、ちょっと離れてくれないと、私、つぶれちゃう~!」


 私はカバンの中にあったもう一個のパンを何とか手にすると、彼らのくちばしのエジキになる前に、後方へぽーんと放り投げた。


 ボヨヨヨヨーン!!


 ポヨン鳥たちが一斉にパンが飛んだ方向へ走り出した。

 今よルシリカ。今のうちに森の中へ走るの。

 私は彼らと逆の方――更なる森の奥へと全速力で走った。


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