第2話 闇色の髪の騎士
私は王太子妃寝所で近衛騎士に捕らえられ、弁明する間もなく城の地下牢に閉じ込められた。何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
エリス姉様が亡くなったことだけでも、心の中を侘しい風が吹き抜けていくのに。
冷たくて薄暗い石の牢屋に入れられて、悲しみ以上に不安だけが大きく膨らんでいく。幸いだったのは、扉が木ではなく鉄格子であったことだ。牢の通路の柱に設置されているランプの明かりは私にとって希望を灯す光だった。
カツ、カツ――。
私は突如牢内に響いた複数の足音を聞いて、冷たい石壁に寄りかかっていた体を起こした。捕らえられた時のままの服装――王太子妃であるエリスに面会するのだから、香草の匂いが染み込んだ作業服ではなく、母が見立ててくれた白いブラウスに足首まである濃紺の天鵞絨のロングスカートと皮のブーツ。腰まである瑠璃色の髪を珍しく左肩の方へ流すようにふわりとまとめて、頑張って身支度を整えてみたのだ。
今となっては、ブラウスもスカートも積もった埃で汚れまくっているし、顔や髪だって目も当てられない様をしていると思う。
足音の主は私が閉じ込められている牢の前にやってきた。
一人ではない。三、四人の衛士の制服を纏った男達だ。同時に私は顔をしかめた。一人だけ……体臭というか汗臭い衛士がいるの。訓練直後かどうかわからないけど。鼻が利くのもこういうのは苦痛だわ。じゃらっと鍵束が鳴る音と共に鉄格子の扉が開かれた。
「外へ出ろ。今からお前に罪状が言い渡される」
感情も何もこもらない、まさに事務的な声だった。
私に話しかけて来た男は一人だけ白いマントを纏っていた。城づとめの騎士かもしれない。衛士を後ろに下がらせて牢の中へ入ってきた。
柱のランプの光が彼のせいで遮られて、元より、薄暗い牢の中だからどんな顔をしているのかもわからない。口調からは若い男性だと見受けられるけど。
私は石壁に手をついて寝台より立ち上がった。
同じ姿勢をしていたせいか、体のあちこちが痛い。梳かすことができない髪が顔に張り付いてしまったので右手を上げて振り払う。
「罪状? 何ですかそれ。私が一体何をしたというの? エリス姉様は病気だった。だから私は……」
「早く出るのだ。何度も言わせるな」
「……あっ!」
騎士は私の言うことに一切耳を貸さず、手首を掴んで自分の方へ引き寄せた。
私は抵抗できず、引っ張られるまま牢の外へ連れ出された。
「いくぞ」
「はっ」
周りを三人の衛士に取り囲まれ(多分汗臭い人は真後ろにいる)、私を牢から出した騎士は、白いマントを翻らせて確認するように振り返った。
壁際のランプの光を受けて、きらりとペリドット色の瞳が光った。夜空を溶かしたような深い闇色の髪。精悍な顔つきの青年騎士だ。多分私より二つほど年上に見えるから、二十四、五才ぐらいかしら。
私は咄嗟に唯一まだ残っている怒りの感情をかき集めて騎士を睨みつけた。
だが彼は私と視線を交わすことなく、先頭をきって通路を歩き出した。
罪状が言い渡されるって……そんな、私は何も弁明できないってことなの?
◆◆◆
地下牢から出された私の行先は、そうそうたる顔ぶれが揃った大広間だった。
あ、今は昼間だったのね。白いレースのカーテンごしに外光が入って眩しい。
中央に立つ赤い礼装とマントに身を包んだ白金の髪の男性は……国王陛下。その隣の二十代の金髪男性はエリスの夫、カランサス王子。そして王子妃エリスの侍女――伯爵令嬢のカルミアがその後ろに控えていた。
他にも見知らぬ人々が数名いたような気がするけど、何しろまるで地下墳墓のような牢屋から明るいところに連れてこられたので、まだ目が慣れなくてしょぼしょぼする。
「国王陛下の御前だ。膝をつくのだ」
私は不意に両肩に手を載せられてその重みで床に膝をついた。背後に立つあの黒髪の騎士が小声で囁く。言われた通りにすると国王陛下が重々しく私の名を言った。
「ルシリカ・エアレイン。お前にいくつか質問をする」
「はい」
「現在の職業と住処を述べよ。顔は上げるが良い」
急に心臓の鼓動が速さを増した。私は乱れる呼吸を整え頭を上げた。
今度は私に質問する国王陛下の厳しい顔がよく見えた。
心証は最悪っていったかんじかな。無理もない。私はやってないけど、王太子妃を毒殺した容疑がかかっているものね。はあ。