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第17話 南の森へ材料調達と精油の抽出

 翌日。湖の上で吹きすさぶ冷たい風が収まって天気も良い。

 私は今日、まだ探検していない、島の南方面に行こうと思ってます。


 建物の窓から覗くと、マロウ針葉樹らしき白っぽい木々が見えるから気になっていたのよね。この木はオルラーグ国のどこにでも生えているけど、できれば秋から冬にかけて出てくる新芽の方が香りがいい。これからも追加注文があることを見越して、香の材料として備蓄したいわ。


 私はランプを手にして階段を一階まで降りた。ここは香草の保管場所に適した場所だったわ。葉や花を広げて乾燥するために幾つもの引き出しがついた棚が壁際に二個あるの。それから作り付け棚があって、スパイスや精油の瓶をストックできるようになっている。本当に王女様の調合工房だったことを思わせるわ。私もね、これから大いに利用させて頂くつもりよ。


 さあ。探索に出かけるわよ。森といえば、東側にも深いそれがある。ポヨン鳥たちも東からやってきた。島の半分を覆い尽くすぐらいの広い森だわ。

 でも今日はそっちには行かない。また今度。


 私はなんとなく下草を踏みしめられた道を南へと歩く。

 けもの道みたいなそれは、ポヨン鳥ちゃん達が日常的に歩いているのかな?

 それとも、まだ未知の生物が棲んでいるのだろうか。


 取り敢えず、今日は香の大量注文のために材料を用意する仕事が優先。何しろ100個よ? 調合作業は葉っぱや木炭を粉にするのに時間がかかるからね。急いでも三日三晩かかっちゃう。私の体力持つかしら?

 そんなことを思いながら森の中へ入った私は、自慢の鼻がその香りを捕らえるのと同時に目的のものを見つけていた。


「わあ……! 思った通り。マロウ針葉樹の茂みがあったわ!」


 この木はモミのように先端が鋭利な樹影だったりする。幹は白く滑らかで、薄っすらと産毛みたいな細かいそれがびっしりと生えている。残念ながら幹に香りはない。成長がすごく遅い木で、多分一年間で私の小指ぐらいの長さほどしか伸びない。

 よって「木」といっても、高いものでも私の身長の二倍ぐらいにしかならない。

 でもそのおかげで先端の柔らかい新芽が摘みやすいのよね。常緑樹だから年中葉っぱを収穫できるのも便利。ハート型の葉が鈴のように連なったとってもかわいい木なの。


「はあ……いい香り……」


 緑がかった白銀色の若葉。柔らかい産毛に表面を覆われていてとても触り心地がいい。まるで天鵞絨の絨毯のよう。枝から葉を千切ると香り成分が周囲に散って、森の爽やかな空気のシャワーを浴びているみたい。


「折角だから精油も取りたいわね……」


 私は手にしたナタで幹から新芽のついた枝を十本切り落とした。精油に関しては若葉である必要はないの。葉っぱを高濃度のアルコールに漬け込むと、植物の香りのエッセンスが溶けてくる。アルコールの臭いが消えて植物の香りがするようになったら精油の完成。ただし時間は二ヶ月ほどかかっちゃうけど。


「マロウ銀葉樹の香りは爽やかだから、暑苦しい兵士さん達の汗のニオイ消しに使えると思うのよね」


 思い出した。エリス姉様の毒殺犯として捕まえられた時。丁度訓練中だったのかな。騎士の中にすごい汗臭い人がいたのよ。

 あ、リンゼイじゃなかったからね。あの人騎士と言ったって、肉体労働するように見えないんだよね。本当に騎士なのかなって時々思っちゃう。


 いえ、鋭い眼光とかで真っ向から睨まれたら、蛇に睨まれたカエル状態で身動き取れなくなるんだけど。気圧されるっていうのかな。場の威圧感がすごいの。

 でもそのくせ……昨日、ポヨン鳥クッションで寛いでいた彼からは、そんな圧がすっかり形を潜めていて……そう、素のリンゼイってあんな感じなのかなあって思ったり。寝落ちしかけて、はっと我に返った顔が可愛かったと思ったのはココだけの話。


「さてと。材料はこれぐらいで良いかな~」


 私は収穫した葉を入れた布袋を肩に担いだ。お、重い……。がんばって、部屋まで帰らなくっちゃ。

 ん? マロウ銀葉樹の茂みの後ろに……えっ? 綺麗な薔薇が咲いているわ。ピンクと白がマーブル状に入り混じった花の色。しかも大輪で見応えがある。


 私は薔薇に近づいた。ツルバラの一種みたい。天然のアーチのように近くの木の幹に絡みついている。甘い蜜と濃厚で芳醇な香りが漂っていて、私は思わず目を閉じてうっとりとそれに酔いしれた。

 素敵……。

 これはぜひ、新作の香りとして商品化してみたいわあ。


 でも今持ってきている袋にはマロウ銀葉樹の枝がみっちり入っている。私は薔薇の花の部分を切り落としてスカートのポケットに入るだけ詰め込んだ。

 沢山は必要ないの。それにね。限られた資源は大切にしないといけないから、一度に大量に採取してはいけないって母に教わったの。今日の所は十輪だけ。

 でも収穫は上々よ! さあ、張り切って調合するわよ。



 ◆◆◆



 建物に戻った私は一階の材料保管倉庫へと降りた。

 作業台の板の上に今採ってきたばかりのマロウ銀葉樹の枝を並べて、先端の若葉の部分だけをもぎ取ります。薔薇の花も同様にね。ゴミや虫食いの葉は取り除きます。


 葉っぱ同士が重ならないように並べて、目の粗い竹のザルに入れて乾かします。こっちはお香の材料に使います。ちなみに乾燥期間は一週間から一ヶ月。日光に直接当てないように、ゆっくりゆっくり乾かすの。


 リンゼイが乾燥した葉を持ってきてくれると思うけど、万一足りなくなったらここから使わなくっちゃね。


 若葉を千切った残りは枝のまま板の台に広げて放置します。こっちも一ヶ月乾燥させて植物の水分を抜きます。生の状態だと水分が多くて、アルコールに香り成分が上手く溶け込まないの。

 今度リンゼイが来たら、これを漬け込むためのアルコールも持ってきてもらわないといけないなあ。


 私はふっと三階の部屋にあるガラスの蒸留装置を思い出した。そうそう。あれ、使ってみても良いかもしれない。


 植物の香りのエッセンスは、植物を煮出した水蒸気の中に含まれて、それを冷やすと『精油』として摂ることができるの。蒸留酒みたいなかんじでね。


 リンゼイが材料を持ってきてくれないと、注文の香も作れない。

 時間もあるし、蒸留装置でマロウ銀葉樹の『精油』を採取してみようかな。


 私は三階からガラスの蒸留装置を二階の居室へ運んだ。火と水を使うから、キッチンのシンクが必要だし暖炉の火も欲しい。

 装置はまず鉄の大きな燭台があり、その真下に蠟燭を置くことができます。アルコールランプの方が火力があるけど、アルコールがないので地味に蠟燭でやってみるわ。


 蠟燭で上の鉄の台があたためられて、四角いガラス容器が熱せられます。ここには水と香草を入れておきます。そのガラス容器と同じ大きさで上部にもう一個、蓋をするようにガラス容器を載せます。


 ここには熱せられた熱い空気を冷やすために氷を入れます。

 残念ながら氷がないので、冷たい井戸水で代用します。

 下の香草を入れる容器と、上の井戸水を入れる中間の部分は外に伸びるガラスの管がついていて、香り成分が含まれた空気が冷やされて水になり、摂取用のガラス瓶の中へ落ちていくという仕掛け。


 私は早速マロウ針葉樹の葉と水を入れて、蠟燭に火を着けた。王女様の部屋には沢山の蠟燭があるから、四、五本使ったわ。

 やがて水が沸騰してガラス容器が蒸気で白くなってきた。

 そしてそして。待ちかねた香りのエッセンスが『フローラル水』となって管の先から滴り落ちてきた。


 私は蒸気を冷やすための水を取り替えたり、蠟燭を足したりしてずっと装置につきっきりだった。

 でもその甲斐があって、夕方になる頃にはカップ一杯分の『フローラル水』を採ることができました!


「どれどれ……あっ、ちゃんと精油部分が浮いているわ」


 香りの成分が圧縮された『精油』は、フローラル水の上部に浮いているの。その部分をスポイトで吸い取って、色がついた小瓶に入れて保管します。太陽光に当てると香りが劣化するので、色付きの瓶に入れるのよ。


 残った水の部分にも、マロウ銀葉樹の爽やかで清涼な香りが入っています。はあ~すっきりする。ちょっと鼻の通りが悪かったから、この香りを嗅いだら良くなったわ。


 王女様の蒸留機器があって本当に助かる。

 お香以外の香り用品もこれで作り放題だわ。まあ、沢山は作れないんだけど。

 あとは白とピンクのマーブル模様の綺麗なあの薔薇。

 あれも香り成分を取り出して、香水でも作ってみようかな。

 私、ここの生活が楽しくなってきちゃった。


 ◆


 それから二日が過ぎて、リンゼイがやっと注文の香を作るための材料を持ってきてくれたわ。何しろ百個分だから、マロウ銀葉樹の葉も単純計算で三百枚必要。

 はあ……これをひたすら乳鉢で潰して潰して粉にするという重労働が待っている。

 受注数が多いので、納期は二週間もらうことにしました。乾燥に一週間かかっちゃうから、今日から作業しないととても間に合わない。


「小麦粉も一緒に持ってきた。では次は十日後に来るから」

「はい。わかりました。なるべく作業を急ぎますね」

「無理はするな。皆には大量注文のため時間がかかることを伝えてあるから」


 私はうなずいて戸口でリンゼイを見送った。

 あ、そうだ。


「待って、リンゼイ。渡したいものがあるの」

「なんだ?」


 怪訝な顔でリンゼイが足を止めた。

 私は彼の手に茶色の小びんを手渡した。


「あのね。訓練の後、汗のニオイで困っている人がいたら、これを使うようにすすめてみて。マロウ銀葉樹の香りで消臭効果があるから。できたら使用の感想も欲しいなあ」


「ああ……わかった。心当たりがあるから声をかけてみよう。ではな」


 リンゼイは小瓶を服のポケットに入れて、桟橋までの道を歩きだした。




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