第16話 まだ材料が一つ足りないの
「リンゼイ。私と母は、植物の持つ様々な力を借りて、体と心を健やかにできるような……そんな暮らしを気軽に皆さんに試して欲しいって思っている。だけど香草から香りのエッセンスを取り出すには、大量の材料が必要だしお金もかかるの。現在、香料商ギルドを通じて『お香』を購入するとね、価格の1/2をギルドに収める仕組みになっている。勿論、その金額はお香の代金に含まれているわ。仮に銀貨十五枚の価格がついたお香の内訳はね」
私は机の上に置いていた紙に書いた。
(ギルド価格)販売売価 銀貨 十五枚
(売価の内訳)
・販売(元売価)銀貨 十枚
・ギルド手数料 銀貨 五枚
「なるほど。元々の売価の半分をギルドに卸し代として《《上乗せ》》するのか」
「そうなの。《《高すぎる》》と思わない? これが無くなったら、お香が安くなってもっと身近に利用してもらえるわ。女官や騎士の皆さんだって、気分転換に使ってもらえると思うの。香料商ギルドは薬草の卸にも関わっているから、お薬も同じような手数料が上乗せされているの。私の母はそれを嫌って、低所得の方でもお薬を作ってあげれるように、ギルドを介さず、制作者として直接販売を始めたわ。それで……怒ったギルドに販売を辞めるように言われたんだけど、母は毅然と断った。だからギルド長のレンシャルは母から薬匠の免状を取り上げて、大口の販売ができないようにしたの」
「そうか。これは財務長官と国王陛下のお耳にも、入れておいたほうがいい情報だな」
「まあ、ありがとうございます。姉の毒殺容疑で幽閉生活を送っていますけど、あなたという人脈のおかげで、香料商ギルドの体制が改善されたら……今の境遇も無駄では無かったのかな、って思いたいわ」
「すまない、ルシリカ」
「あら急にどうしたの?」
「私は……あまり世の中を知らないのだ。城内勤務が長くて」
「ふうん。ええと、どれくらいお城づとめされているんですか?」
「生まれてからずっとだ。前の近衛騎士隊長に赤子の頃から預けられて…二十四年間か」
私はまじまじとリンゼイの顔を見つめた。どこかの貴族のご出身だろうなって思っていたけど。生まれてからお城にいるなんて。何か余程の事情があるかんじ。
「あ、し、失礼なことをお聞きしちゃいましたね。それじゃあ、お若くして近衛騎士隊長になられたのも納得だわ」
リンゼイは私が思っているよりも涼やかな顔をしていた。
まるで自分の知らなかった一面を発見したと言わんばかりに。淀んでいた瞳に光が差していた。
「だから……願ってみたのだ。君が作った『願いが叶う★ハーブとラズベリー』のお茶を飲む時に。私も自由に、外の世界を見ることができないかと……」
照れたようにリンゼイの瞳がふっと細められる。
「リンゼイ……」
私は咄嗟にリンゼイの両手を掴んで握りしめた。
「できるわよ! だって、願いは叶えるためにあるもの!」
『諦めないで。ルシリカ。願いは叶えるためにあると思うの』
はっきりと耳に凛としたエリス姉様の声が聞こえた。
「私もね、もしも自由の身になれたら、この国を出ていろんな香草を探して、香職人としてお店を持ちたいなあって思ってるから。だから叶えましょうよ。いつか、きっと」
「ふっ……君の笑顔を見ていたら、そんな未来が見える気がする。不思議だな」
「え、あ……何よそれ……」
褒められたのかな? あの皮肉屋のリンゼイ様に?
胸の鼓動が何故か早くなる。うわうわ。うるさいったら。
私は大きく深呼吸した。落ち着け。今日のリンゼイ様はきっとお城勤めで疲れていて、頭のネジや感情が少し飛んでいるのよ。
だから私なんかとたわいない話をしているんだわ。
「では、お互いの未来のためにも、君にかけられた毒殺容疑を晴らさなくてはな。あの時、国王陛下が君の事情徴収を取り仕切っていたので聞けなかったが、エリス様の寝所にいた時、何か変わったことは無かったか?」
「ええっ?」
「カランサス王子とご結婚されて、私も時々エリス様と会うことがあったが、どこか無理をされていたご様子だった。亡くなる一ヶ月前には、夕食を摂った後に体調を崩すことが多くなって、諸外国の来賓達との晩餐会を欠席するようになった。そのたびに、侍女のカルミアが王太子妃代行として、カランサス王子と同席して場を乗り切ったという」
「ううん。エリス姉様、ちょっと人見知りしちゃうのよね。反対にカルミア様は相手がどんな方でも、堂々とお話する方だから……わからなくもないわ」
「本当に人見知りのせいだろうか?」
リンゼイに問いかけられて、私は最後に会ったエリス姉様の顔を思い出した。
王太子妃として嫁ぐ前のそれに比べて、頬は痩けて青ざめており、握りしめた指も枯れ木のように骨ばっていた。十分に食事が摂れていないと誰もが思うだろう。病気のせいか、精神的なもののせいかはわからないけど。
「エリス姉様の体調不良の原因について、調べる必要がありそうだと思う」
「そうか」
リンゼイがようやく『人間を駄目にするクッション』――ポヨン鳥の羽毛で作ったクッションから体を起こした。
「それとなく、料理人や女官に探りを入れてみよう」
「リンゼイ、あ、あのね」
私ははっとあることを思い出した。
「私、エリス姉様の身に何が起きたのか――調べることができるかもしれない」
「……ほう?」
興味を惹かれたかのように、リンゼイのペリドットの瞳が鋭さを帯びた。
「『魔女の香薬』っていう古のレシピがあるんだけど、そこにね、自分の知りたい事や疑問について答えをもらうことができる『幻視のハーブ水』の作り方があって、材料がそろったら私、作ろうと思っているの」
「『幻視のハーブ水』とは。また……禍々しい気を感じる名前だな。安全なのか? それは」
「ううん。下手をすると気が狂って、窓の外から飛び降りたくなるかもしれないんだって。この建物の三階に住んでいた人が実際試して、真実を知った途端、首を括ったの。ほら、覚えてる? ここに来た時窓の外にロープがぶら下がっていたでしょ。あれみたいよ」
「ルシリカ待て。それを試すのは私がいる時にしろ。絶対に一人の時に使うな!」
私はクフフ……とあの王女様を思い出しながら笑った。
「そうね。そうする。だけどまだ材料が一つ足りないの」
「材料……それは何だ? お母さんの店で手に入るか?」
私はゆっくりと首を横に振った。
「花なんだけど――『生花』じゃないと駄目なの。でも大丈夫。この島に生えているのは確かだから。もしも花を見つけたら場所だけ確認しておいて、あなたが来た時に摘みに行くわ。それならいいでしょ?」
「ルシリカ、くれぐれも早まるなよ」
「うん。わかってる。お城の皆さんからお香の大量注文も受けたしね。じゃあ、また必要な材料を持ってきてくれる?」
「了解した。材料が揃ったらすぐに来る」
「お待ちしてますね~」
私は扉を開いた。
うわ。ひょおお~って風が哭いている。外は夕暮れが迫ってきたみたい。
リンゼイがちらっと名残惜しそうにポヨン鳥クッションを見つめている。
欲しいって言ったって、あれはあげないからね。絶対に。




