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第15話 願いが叶う★ハーブとラズベリーのお茶

 この島に来て一週間が経った頃。私は香草しか食べられない生活のせいで栄養失調になり、意識不明になりながらも、子供の頃の夢を見ていた。

 これはあの時の夢の続き……。



 ◆◆◆



 ファーデン公爵家で週一回の勉強会が終わってから。私とエリス姉様は、お屋敷の図書室の外にある小さな中庭でお茶会をしていた。お客様はエリス姉様の幼馴染である、カルミア伯爵令嬢。お茶会に出すハーブティーを作るのが私の役割だった。


「お待たせしました。ルシリカちゃん特製の『願いが叶う★ハーブとラズベリー』のお茶ですよ。このお茶は、お願い事を心の中で言ってから飲んで下さいね」


「ねえ、カルミア、ルシリカ。二人はどんなお願い事をするの?」


 エリス姉様が透き通ったガラスのティーカップを見つめながら口を開いた。


「私は……私はね。将来、好きな人と結婚したいなあ……きゃっ」


 まあ。カルミア様ったら。嘘がつけないんですよね。いつも表情とか態度で出ちゃう。


「カルミア様、どなたか好きな人がいるんですね」

「もう、ちょっと恥ずかしいんだけど。ルシリカったら」

「私カルミアの好きな人って知っているかも……ふふっ」

「あ、エリス姉様は知っているの? カルミア様の好きな人」

「エッ、エリスっ!?」


 カルミア様が紅茶色の髪の毛と同じくらい頬を真っ赤にして、隣に座るエリス姉様を潤んだ目で怒ったように睨みつけている。


「先日お城で行われたカランサス王子様のお誕生日のお祝いでね。カルミアは王子様とダンスしたのよ」

「エリスっ! そ、それは王子様に……お誘いを頂いたから……だから……」


 カルミア様はレースの手袋をはめた両手で顔を覆っている。

 エリス姉様はお城に行かない私のために、その様子を楽しそうに話してくれた。


「私もあなたとカランサス王子のダンスを見てたけど、とっても上手で見惚れてしまいました。ピンクと白のドレスを着て踊るあなたは薔薇の花の精みたいで、その場にいた皆さん、お褒めになっていたわよ。それにね、カルミアがとてもうれしそうで、私もああいうふうになれたらなあって思ってしまったの」


「うわあ……いいなあ、カルミア様。私はダンスはちょっと苦手だからうらやましい」


「ルシリカ、エリスは人を褒めることだけは上手すぎるのよ。真に受けないで。私だって知ってるんだから。エリス、あなただって気になる人がいるんでしょ?」


 顔を両手で覆っていたカルミア様が、ぱっとそれを下ろしてエリス姉様を見つめ返す。


「金髪の……薄水色アクアマリンの瞳の男の方。確か、隣国の貴族だったと思うけど。王子様のパーティーに来ていたお客様よ。楽しそうに二人でお庭で話していたじゃない。今度紹介してよ」


「うふふ~。それは、どうかしら」


 エリス姉様はハーブティーと同じラベンダー色の瞳を細めて優雅に微笑んでる。


「あっ、エリスったら! あなたはいっつも、本音を隠して笑ってごまかすんだから。幼馴染の私を欺こうったって、そうはいかないわよ?」


「ま、まあお二人共。じゃあ、それぞれ好きな人を心に浮かべて、その方と一緒に笑っているイメージでお茶を飲んで下さいな」


「ルシリカ、ちょっと待ちなさい。私はあなたの好きな人の事をまだ聞いてないわよ」


「いやん、カルミア様ったら。私の大好きな人はお二人とお母さん、かな。今の所は」


 つんと唇を尖らせてカルミア様が呟いた。


「エリスとルシリカ。姉妹揃って意地悪じゃない? 私だけ好きな人の事を暴露しちゃって!」


「そ、そんなつもりではないです。私は皆様のことが大好きだから。それに私の願いは……もっと外の世界に出て、いろんな香草を手に入れて、調香の勉強をしたいんです」


「まあ……ルシリカ。それってすごいわね」


 エリス姉様が優しげに私を見て笑った。


「ルシリカ。諦めないで。願いは叶えるためにあると思うの」


「まあ、エリスったら偉そうに。だけどルシリカ、あなたなら叶えられるんじゃないかな。私もあなたが作ったお茶や香りの感想しか言えないけど、できることがあったら協力するわ」


「お二人共、ありがとうございます!」


「じゃあ、お茶が冷めてしまわないうちに頂きましょう」

「そうね」

「はい」


 私達はそれぞれの心に『願い』を浮かべて、お茶を飲んだ。




 ◆◆◆



「……リンゼイにも、叶えたいお願いってある?」

「……ぶっ!」


 リンゼイはまさにお茶を飲む寸前だったようだ。

 吹き出しかけたそれを我慢して、ゴクリと飲み込む音が聞こえた。


「願いを心の中で言ってから、お茶を飲むのが作法なのだろう?」

「そうよ。何てお願いしたの? 私はね~」

「君の冤罪が一日でも早く晴れるように」


 えっ。

 私は両手を胸の前で合わせたまま、しばし体を硬直させた。


「わた、私なんかのために……そんなお願いをしてくれたの?」

「……でないと、毎週ここに通う日が続くからな」

「うっ……リンゼイの意地悪」

「意地悪?」


「いやもういいです。はい、じゃあ国王陛下にお渡しする香も包んだから持って帰って」

「あ、ああ。ありがとう。ルシリカ……」

「何?」


「少し城内のことを伝えようと思っていたのに、君のクッションとお茶のもてなしのせいで忘れていた」

「城内って言われたって、私に何か関係するの?」

「大アリだ。実は……」


 リンゼイが上着の内ポケットからちょっと厚めの書類入れを取り出した。

 ぽんと私に手渡す。


「ほら」

「ほらって……紙?」


 あらら、思ったより重い。書類入れの綴じ紐をほどいて中を開けてみると、数十枚の紙が折りたたまれている。


「注文書だ」

「注文書って、何の?」


 リンゼイは何も言わず、その紙の束を見ろと言わんばかりに見つめている。

 私は一番上からそれを見ていった。


「『エリス王太子妃の森の香り』注文数10個。注文者(代表)女官長アリア・マードレー。『エリス王太子妃の森の香り』注文数15個。注文者(代表)近衛騎士(伝令部)カウラ・フィメル。って……ええっ!?」


 私は慌てて紙の束を全部確認していった。ずらずらとお城で働いている人達の名前と、欲しい香の数が書いてある。


「これって、私がエリス姉様をイメージして作ったお香の注文書なの?」


「そうだ。国王陛下が君の作った香を検分した時に、陛下は多くの人々の意見を聞くために、君の香を城内の男女に『聞き香』させたのだ。中には香り自体が苦手で、試すのを断って来た者もいたが、君の香を焚いてみて、ぜひ欲しいという声が上がった。それで城内の各代表者に何個欲しいか注文をまとめて、私が持ってきたというわけだ。ルシリカ。もちろん香の代金はいい値で支払う。売上金は君のお母さんの店に届けさせてもらう。どうだ、やってくれるか?」


 うわうわ。リンゼイが何を言っているのか、すぐに理解できない。


「あ、あのね。リンゼイ。私、『お香』の販売は、個人でしかやったことがないのよ。依頼者の方に今どんな香りのものが必要か、聞いて作るんだけど……エリス姉様をイメージしたお香が、皆さんにそんなに好きだと言われるなんて思わなかった……」


「そうか。お母さんもそんなことを言っていたな。君の作る香は、本来ならいろんな人に好まれるはずなのに……」


 リンゼイが何か思い当たるかのように言葉を途切れさせた。


「香料商ギルドを通さないと、大量販売はできないのか?」


「うん。私、この国の『香職人』の資格は持ってないから。表立って大口の商売はできないの」

「何故だ? 何故ギルドは君の事を認めない?」


 私はリンゼイが飲み終わったティーカップを受け取って流しへ片付けた。


「私達親子は、ギルド長のレンシャルに嫌われてるから。まあ、そりゃ嫌われているような事をしているからなんだけどね」

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