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第13話 ポヨン鳥の恩返し

 ◆◆◆


 小麦粉がそろそろ切れるかなって思ったら、週に一回リンゼイが来る日だったりする。だけど今週は気持ちがずっとそわそわしている。

 だって、私が本当に『有罪』認定されるかどうかの判定がお城で行われているんですもの。


「……密閉容器に頭を突っ込んで、そこに香炉の煙を充満させたら酸欠で死ぬことができるわよね。別に私の作った香じゃなくても……はあ」


 柄になくため息なんかついたりして。

 私はキッチンの隣に置いている机で頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 でも脳裏に浮かぶのは……。


 あの日。病身のエリス姉様の寝所を訪れた時。彼女は枕に美しい銀の髪を束ねることなく乱れるに任せ、ただでさえ白い肌を青ざめさせて、まるで存在自体が消えて無くなりそうに見えた。


 たおやかな指は枯れ木のようにやせ細って、体温を感じるのもやっとだった。

 ファーデン公爵家の銀の薔薇、ってみんな姉様のことを言っていたのに。カランサス王子様に嫁いで一年。その変わり果てた姿に心が痛んだわ。


「エリス姉様の身に何があったんだろう……」


 私はふと机の上に置いた紙に視線を落とした。

 先日、ここの三階に縛られていた王女様の幽霊が、『幻視のハーブ水』のレシピを教えてくれた。

 この水に問いかければ、自分の知りたい疑問を水鏡として覗き見ることができるという――。


「よし。『幻視のハーブ水』を作ってみようかな。材料はとってもシンプルなのよね。まずは『月光水』。鉄を含まない容器――できればガラスの密閉瓶がいいわね――それにきれいな水……井戸水で大丈夫だけど、満月の夜の光を一晩中当てれば作れる。次に『故人の思い出』――つまり、エリス姉様を思い浮かべて月光水を水鏡にすればいいと思う。問題は……最後の『死者の花』」


 すごい名前よね。まあ植物にはこういうおどろおどろしい名前がついているものがあるけど。人間の指に似た『死者の指』っていうキノコなら知っているんだけど。

 とても美味しいのだけど、食べたら最後、強烈な幻覚症状が出て気が狂ってしまうんだって。


『死者の花』は……これがよくわからない。イメージも曖昧だし。

 しかも条件が『生花』。

 王女様にどんな花か、特徴を聞けばよかったなあ。

 後悔しても始まらないけど。


 だけど王女様は『幻視のハーブ水』を作ったのよね。ということは、この島のどこかに『死者の花』が咲いているってことだわ。

 開花時期はわからないけど。これは島中を歩いて探してみないとならないわね。


 ポヨ~ン! ポヨヨ~ン!


「この声は……」


 窓から外を覗くと、白くてまんまるな塊が十個ぐらい、ポヨンポヨンと上下に跳ねながらこちらに来るのが見えた。

 やがてポヨンポヨンという音は次第に大きくなり、あっという間に二階の扉の外まで聞こえてきた。


 コツコツ(くちばしで扉をノックしている音)


「はいはい。今、開けるわね」

「ポヨポヨ~!」

「ポヨポヨ~!!」


 何故か私もポヨポヨと鳴いてみる。

 扉を開けると私の知っている子(鳥)が立っていた。嵐の夜に羽がびしょ濡れになっちゃって、困り果てていたポヨン鳥だ。

 なんで見分けができるのかって? この子は頭の毛が一塊だけ逆毛になってるの。寝癖みたいにね。羽を乾かす時に、どうにかして逆毛を直そうとしたんだけどだめだったからよく覚えている。


 それでね。鳥といってもホント、大きいのよ。私と同じくらいある。

 えっ。今日は団体さんでお越しなの?

 その子の後ろにあと十匹ぐらい、お行儀よく一列に並んでる!


「ポヨ~ン」


 おいで、と言わんばかりにポヨン鳥が両手……両翼を広げた。

 抱擁ハグが挨拶みたいなのよ。本当に人間みたいな鳥だわ。


「いらっしゃい~今日は何しに来たのかな?」


 私は抱きしめようとしたが、反対に抱きしめられる形になり、ポヨン鳥のふわふわとした胸の羽毛に顔を埋めた。


 すーはー。

 ああ、おひさまに干したおふとんの良い香り~このまま寝てもいいかな~? って思いたくなる……けれど。

 その誘惑を引き剥がして、私は羽毛から顔を出してポヨン鳥を見上げた。

 ぱちぱちとつぶらな黒い瞳が、機嫌よく細められている。可愛い。


「どうしたの~今日はお友達が一杯いるのね?」

「ポヨポヨ!!」

「ポヨッ!」


 うわっ。なになに~?

 ポヨン鳥たちがトコトコと部屋の中に入ってきた。あ、でも全部は流石に無理みたいで(部屋が狭い)、最初に入ってきた子達(三羽)が一列に並ぶと、一斉に体を震わせてポヨンポヨンと飛び跳ね始めちゃった。


「あっ……」


 ポヨ~ンと飛び上がって床に着地すると、ほわんほわんとしたお腹周りの羽が上下に揺れて、花びらのように白い何かがふわんと宙を舞った。

 あ、羽毛だわ。たんぽぽの綿毛のように柔らかな羽毛がポヨン鳥の体から抜け落ちていく。


「ポヨン鳥ちゃんたち、一体、何を……?」


 私の戸惑いも関係なく、彼らはポヨンポヨンと飛び跳ねて、白い羽毛を落としていく。それはいつしか部屋の床を雪のように埋め尽くしていった。

 やがて羽毛が落ちなくなったら、後ろにいる次のポヨン鳥と入れ替わって、同じようにポヨンポヨンと飛び跳ねる。


 舞い落ちる羽毛。羽毛。羽毛……。

 こっ、これはもしかして。

 私は布を広げてポヨン鳥の羽毛を集めた。


「ポヨン鳥ちゃん、ひょっとして私に羽をくれるの?」

「ポヨン!」


 一斉にポヨン鳥が返事をした。彼らは言葉を話せないが、意思の疎通はできるのかもしれない。


「ありがとう~! これがあったらあったかいお布団が作れるわ」

「ポヨポヨ」

「ポヨヨ~ン!」


 つぶらな黒い目を細めてポヨン鳥達が、ほら、もうちょっとあげると言わんばかりに羽の雨を降らせてくれた。

 もう大好き。ポヨン鳥ちゃんたち。

 彼らは何を食べるのが好きなんだろう。好物がわかったらごちそうしてあげたい。


 十匹のポヨン鳥たちは、床に寝そべると私の体が埋もれる位の大量の羽毛を残して、部屋から去っていった。

 きっと雨の日の夜、羽毛を乾かしてあげた時のお礼に来たんだと思う。

 私がポヨン鳥ちゃんの羽毛をすごく気に入ったと感じたんだろうなあ。

 なんて律儀な生き物なんだろう。

 そうだ。いいこと、思いついちゃった。

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