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第11話 雨夜の訪問者

 私はまじまじとそれを見つめた。

 ほっそりとした白いもの。

 私のそばを通りすぎたそれは、暖炉の手前、石床の上にぺたりと倒れ込んでいた。

 私は雨風が吹き込む扉を閉めてから、そおっと白い塊へ近づいた。

 細長い形をしていて……大きさとしては子供ぐらいかしら。

 あら? 白いのは羽毛ね。だけど雨水を大量に吸い込んだのかな。石床がびっしょりと濡れて水たまりができている。


「あなた、全身ずぶ濡れだけど大丈夫?」


 白い塊に近づいて声を掛けると、頭らしきものがふらふら動いて私の方を見た。

 つぶらな黒い瞳と同じく黒くて小さなくちばし。

 あ、やっぱり鳥みたい。すごく、すっごく、大きいけど。


「ポヨン……ポヨ~ン……」


 鳥? は、くちばしを開いてか細い鳴き声を上げた。人間の子供と同じくらいの大きな体を小刻みに震わせている。きっと寒いんだわ。


「こっちにおいで。暖炉で羽を乾かさなくっちゃ風邪ひくわ」


 私は手を伸ばして倒れていた鳥(鳴き声からポヨン鳥と命名)を何とか起き上がらせた。ぺたぺたと足音を立てて、ポヨン鳥は暖炉の近くへ自分で歩いてくれた。

 薪を足して暖炉の火力を上げないといけないわね。


 ――バサバサバサッ!

 ああ~! これって私知ってるわ。

 水浴びした犬が体についた水分を落とすためにする『ブルブル』ってやつよ!


「うふふ……私もずぶ濡れになっちゃったんだけど」


『ブルブル』したお陰で先程より若干水気がなくなったポヨン鳥を見ながら、私は髪から顔へ垂れてきた水気を手で払い落とした。


「ポヨーン……」


 あらこの子ったら。しおらしげな鳴き声をして。


「いいのよ。気にしないで、暖炉で羽を乾かしていて。体を拭くものを取ってくるからね」


 私は三階の部屋に上がった。王女様の工房には使われていない布が沢山あった。

 おそらく幽閉された王女様のために持ってこられた物資かな。

 ベッド下のスペースは収納用の引き出しがあって、そこにシーツや布団、断ち切られていない綿布なんかが入っていた。綿布は香草の汁をこしたりするのに使っていたんだと思う。手頃な布を掴んで部屋へ戻った。


 ポヨン鳥は暖炉の前でうずくまっている。弾いた雨粒が羽毛の上で雫となり、暖炉の炎に照らされてキラキラ光っていた。外は余程酷い雨だったのね。調合に夢中だったから気づかなかった。


 私は持ってきた布で、ポヨン鳥の羽についた水滴を拭き取ってあげた。

 おお、結構弾力がある。ふわふわ、もこもこ、っていった手触りかな。


 あれ? 頭から一房逆毛が飛び出ている。

 引っ込まないかな? 


 私はぴょこっと飛び出たそれを中に入れようとしたんだけどだめだった。押し込んでもやっぱりぴょこんと出てしまう。まあいいか。私の髪もうねりがひどいの。伸ばしたら毛先がくるくるはねてクセがすごいの。

 反対にね、エリス姉様の長い銀髪は細くてサラッとしていて、風に靡くたびに光のカーテンみたいって憧れていたのを思い出しちゃった。


 ポヨン鳥は暖炉の火で少し体が温まったのか、丸く黒い瞳が細くなってとろーんとしてる。人間だったら、体を温めるお茶でも出すんだけどなあ。

 子供の頃、家の庭に小鳥が迷い込んできて、寒さのせいで身動きできずにうずくまっていたことがあった。あの時も保温してあげたら、次の日元気になって飛び立っていったの。だからこの子も体を温めるのが一番大事だと思う。


 暖炉の火も薪を足したからいい感じに大きくなってきた。

 私の服も濡れてしまったわ。どうせ乾かさないといけないから、このまま一緒に暖炉に当たっていようかな。


「あ、ここも濡れてるわね」

「ポヨ……?」


 いけないいけない。表ばっかりに気を取られていた。羽の裏側も濡れているはずだから、手でそっと広げてみたら、嫌がらずに触らせてくれた。ポヨン鳥さん、見かけによらず翼がとっても小さいわね。体長の三分の一ぐらいしかない。空、飛べるのかしら?


 いろんな疑問が湧き上がるけど、私はせっせと乾いた布で、人間でいうと脇の下みたいな所から翼の先まで拭いてあげた。

 乾き出した羽毛が……あらあらすごい! 触ってみるとすごくふわふわしていて気持ちいい。大きな大きな綿の塊みたいだわ。めくってもめくっても羽が出てくる!


 体の方も大分乾いてきたかしら。絵筆があるじゃない。水を吸ったら細くなるけど、乾いたらぶわぁぁって毛先が倍ぐらいに広がるでしょ? 

 細かった体がね、羽毛が乾くにつれてどんどん丸く丸くなっていくの!


 はあ。

 羽を乾かす前と、乾かした後で別の生き物になった気がする。



【乾かす前のイメージ】

 白くて細い毛のような塊。


【乾いた後のイメージ】

 ふわふわ、大きな羽毛の塊。綿菓子みたい。


「よし! 水気はとれたはずだから、後は暖炉で冷えた体を温めれば大丈夫よ」


 私はポヨン鳥の体を拭いて濡れた布を机の上に置いて広げた。


「ん……?」


 おいで。

 おいで。

 まるでそう言うかのように、ポヨン鳥が小さな翼で私を手招きしている。


「いいの?」

「ポヨーン」


 私は暖炉の前にうずくまっているポヨン鳥の隣へ腰を下ろした。すると、ポヨン鳥の白くて大きな身体がこっちに向かってもぞもぞと動いた。

 ふわっとした羽毛の柔らかさが、私の体をすっぽりと包み込む。白い羽毛が暖炉の熱気で煽られてお花のように揺れていた。


 何という幸せか……!

 極上の羽毛布団に包まれています。こんな贅沢なお布団、絶対にお城の王様だって持っていないって断言できる! 

 ああ……あったかくて眠気がきちゃう。

 お日様に干したふっかふかのお布団の香りと、少しだけ甘い木の実の匂い……これはポヨン鳥の匂いなのかな。それらを嗅いでいると何だかとてもリラックスできるの。


 私を羽毛で包んでくれるポヨン鳥の方を見上げると、目をつぶって眠っているみたい。くうくうと寝息も聞こえてきた。

 外は相変わらず風が激しいみたいで、雨が窓をひっきりなしに叩く音が聞こえる。

 明日は嵐が収まって、晴れたらいいね。

 では、おやすみなさい。



 ◆◆◆



 翌朝。夜中は嵐だったとは思えないほどの、澄み切った青空が広がっていた。

 ポヨン鳥は元気になったみたい。まるでお礼でも言うかのように、翼を広げて私の体を包みこんできた。まさか鳥に抱擁されるとは。


「じゃあ、元気でね。また気が向いたら遊びに来て」

「ポヨポヨーン!」


 ポヨン鳥は力強く鳴き声を上げると、私が頭の逆毛をひっこめようと、何度もやってみたそれをひょこひょこ揺らしながら、ポヨンポヨンと跳ねるように外へと出ていった。


 あっ。私がまだ行ったことがない東の黒い森の方へ、体を弾ませながら歩いている。

 あっちに彼らの住処があるのかな。

 そういえば、幽閉されていた王女様が、『鳥は時々来るけど会話ができないから……』ってぼやいていたけれど、鳥ってまさかあれだったのだろうか……?


 私は朝日に照らされて、輝きが増した湖畔を眺めた。

 嵐の風のせいで多くの流木が岸に打ち上げられている。

 今は濡れて使い物にならないけど、乾かせば薪になるからね。嵐の後の恵みだわ。

 朝食を食べたらいくつか拾っておこう。



 孤島の幽閉生活は、この後、特に気になる出来事も起きず平和だった。

 私は三階の工房を自分が使いやすいように道具の整理をし、島で集めた香草を保管したりと充実した時間を過ごした。

 あっという間に一週間が過ぎて、リンゼイが訪ねてきた。


「ルシリカ、どうだ調子は?」

「ああリンゼイ、来たのね。お陰で快適に過ごせているわ。頼まれた香もできてる」


 彼を招き入れて、定席となっている暖炉の椅子に案内する。リンゼイはおなじみの袋を机の上に置いた。


「今週の小麦粉の差し入れと……これは君のお母さんから」


 リンゼイが両手で抱えるくらいの布カバンを私に手渡した。


「何かしら」


 カバンの中を開けてみると、そこには着替え用の服が入っていた。

 私の今の服装は、白いブラウスに茶色のコルセット付きベルトをつけて、フェルト生地の青いスカートをはいている。ここへ来る時に、いくつか着替え用の服は持たせてもらえたけど、朝晩涼しくなってきたから、秋冬ものが欲しいとは思っていた。

 私は思わずカバンごとぎゅーっと抱きしめた。母に会いたい。猛烈にそう思う。


「……ルシリカ?」


 リンゼイの呼びかけで、思わずうるみ始めた目元を擦る。


「大丈夫。確かに受け取ったわ。悪いけどリンゼイ、泣くほどうれしかったと母に伝えてくれる?」

「了解した」

「ちょっと待ってて。香を取ってくるから」


 私は三階へ行く階段を昇って部屋に入ると、乾燥させていた香の状態を確認した。

 大丈夫。しっかり乾燥できているしカビも生えてない。

 レモニールの精油もほのかに漂っていい匂い。


 リンゼイへ渡す前に、湿気から香を守るために薄紙でそれらを一つずつ包む。こうすれば使いたい分だけ使うことができて品質劣化も免れる。一番いいのは専用の保存箱に入れることね。


 私は部屋に戻ってリンゼイに香を渡し、焚き方と保管方法を伝えた。

 彼は相変わらず「了解した」と返事をして帰っていった。

 ああ……私が無罪だってこと。これで証明されますように。


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