勇者を倒す究極の魔剣
こちらは連載小説「人間の習性を知り尽くした魔王が、勇者を倒す方法。」、
その序章と第一章を短編小説にまとめたものです。
内容はほぼ同じです。
連載小説:人間の習性を知り尽くした魔王が、勇者を倒す方法。
序章 魔王の城
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第一章 一人目 勇者を倒す究極の魔剣
https://ncode.syosetu.com/n4958iq/2/
空は血の色、草木も生えない荒れ地。
そこには、見る者を畏怖させる、魔王の城がそびえ立っていた。
すると、魔王の城に、空から翼を羽ばたかせた一匹の魔物が降り立った。
紫色の体に牙を生やしたその魔物が、城内にいた鎧の魔物に話をする。
話を聞いた鎧の魔物は、ガシャガシャと音を立てて一目散に走っていった。
鎧の魔物が向かうのは、魔王の御わす玉座の間。
「魔王様!大変です!」
慌てた鎧の魔物に対して、玉座に座していた魔王は、
優雅に血のワインを味わっていた。
「どうした、そんなに慌てて。勇者が攻めてきたのか?」
「その通りです!ファイアービーストが、勇者に倒されました!」
「何だと、ファイアービーストが?」
「それだけではありません。
アイスナイトも、ウィンドドラゴンも、サンダーリザードも、
反応が途絶えました!」
「何と、四天王が全滅したと言うのか。
勇者も中々やるではないか。」
くくく、と笑って魔王は長くて黒い爪の指先でワイングラスを弾いた。
笑い事ではないと、鎧の魔物が慌てて言う。
「魔王様、どういたしましょう?
このままでは、すぐにでも勇者がこの魔王様の城に攻め込んできます!
現有の魔物だけでは、苦戦は必至です。」
すると魔王は、今度は明確に笑い声を上げて答えた。
「ははは、よかろう。勇者がこの城に来るのなら、迎えてやろう。
こんな事もあろうかと、とっておきの宝具も用意してある。
吾輩が、人間の勇者など無力であることを思い知らせてやる。」
はぁっはっはという魔王の高笑いが、大きな魔王の城の外にまで響いていた。
この世界には勇者がいる。
人間たちを苦しめる魔王を討伐しようと、
勇者は、剣と魔法を携えて、たった一人で魔物たちと戦っている。
炎の峡谷を越え、氷の塔を登り、
風が吹きすさぶ山を踏破し、稲妻の森を打ち払い、
勇者は魔物たちを次々に打倒していった。
苦戦の末にたどり着いたのは、魔王が住まう魔王の城。
捻くれた骨が組み合わさって出来た様なその城は、
溢れ出る魔王の力で空を赤く大地を灰色に染め上げていた。
「いよいよ、魔王との対決か。
ここまで長く苦しい戦いだったが、それもこれまでだ。
憎き魔王を、必ず討ち果たしてやる。」
勇者は、そびえ立つ魔王の城を見上げると、拳を強く握り、
魔物の大口のような門をくぐって行った。
魔王の城の内部は、厳かさと奇怪さが入り混じっていた。
天井が高い通路は荘厳だが、しかしねじ曲がった柱は、見る者を不安にさせる。
やがて通路は幾つにも枝分かれして、複雑な城内の姿を表していた。
行く先を見てみると、ある通路には貧弱な魔物たちが点在し、
別の通路には、鋼鉄の鎧の魔物たちがひしめいていた。
もちろん勇者は、最も険しい道を選んだ。
もしも魔物に襲われて逃げるのならば、魔物が少ない楽な道を選ぶだろう。
しかし今、勇者は逆に魔王の城に攻め入っている身。
であれば、最も厳重な道の先に、目指す魔王がいるはずだ。
「やぁーーー!」
勇者は剣の柄を握り直すと、掛け声を上げて魔物たちに切りかかっていった。
魔物の鋭い爪が生えた指の間を剣で切り裂き、
禍々しい呪文を唱える魔物を早業で首を撥ね、
動く鎧の魔物の甲冑の継ぎ目に剣先を突き刺し、
勇者は魔物たちをなぎ倒していった。
しかし、魔物たちもただではやられない。
魔物たちが倒れる度、ほんの爪先一つずつの傷が、勇者に蓄積されていく。
ようやく最後の一匹の魔物を倒した後、勇者は大きな扉の前にいた。
大きな扉はその佇まいから、
中に重要なものが仕舞われていることを示していた。
勇者は喉を鳴らして、その大きな扉を体で押し開けた。
大きな扉の中には、魔王ではなく、
目も眩むような金銀財宝が仕舞われていた。
どうやらこの部屋は、魔王の城の宝物庫であるらしい。
大きな部屋の中には、見上げるようなたくさんの財宝が積み上げられていた。
中には血に汚れた母親らしき写真を携えたペンダントもあった。
「ここは・・、宝物庫か。
きっと魔物たちが人々から略奪した金品もあるのだろう。
俺が魔王を倒した暁には、人々に公平に分け与えよう。」
並の人間ならば財宝に夢中になってしまうであろうが、
勇者は金銀財宝になど目もくれない。だからこそ勇者。
しかし、たった一つ、部屋の壁に額付きで飾られていた財宝にだけ、
勇者は目を奪われ感嘆の声を上げた。
「なんと、そこに飾られているのは、究極の鍵ではないか!」
究極の鍵。
それは、この世に存在する伝説的な宝物の一つ。
鍵の外見をしてはいるが、れっきとした魔剣に部類する。
しかし究極の鍵は、名前の通り、
竜の鱗や鋼鉄の鎧を切り裂くためにあるのではない。
究極の鍵は、使う者の魔力を糧として、どんな鍵でも開ける魔法の鍵である。
どんな鍵をも開く鍵は究極であり、それ故に究極の鍵と呼ばれている。
勇者が手を伸ばすと、壁に飾られていた剣は、鍵に姿を変え、掌に落ちた。
「まさか、音に聞こえし究極の鍵が実在していたとは。
これがあれば、氷の塔や魔王の城の開かなかった扉も開けられることだろう。
その先に武器でもあれば、魔王を討伐する助けになるだろう。」
勇者が掌の上にある究極の鍵を覗き込むと、不意にぽたりと血の雫が落ちた。
戦っている最中には気が付かなかったことだが、
勇者は魔王の城の中での魔物たちとの戦いで、軽くはない傷を負っていた。
傷が痛み出血していることに、今更ながらに気が付いたのだった。
「うむ、このまま戦いを進めるには、傷が多すぎるな。
ここは一時、王都に帰還した上で、魔王との決戦に備えるとしよう。
帰還魔法!我を安全な場所に運び給え!」
勇者は帰還魔法を唱えた。
すると、びゅうびゅうと風が吹いたかと思うと、
風の塊が勇者に寄り固まって、勇者の体を何処かへと吹き飛ばした。
吹きすさぶ風の中で、勇者の手には究極の鍵が握られていた。
風に運ばれて、勇者は大きくて穏やかな街の入り口にいた。
帰還魔法によって王都に帰ってきたのだった。
王都は魔王の城から遠く離れた、分厚い城壁の中にある。
勇者はここで体の傷を治療し、物資を補充し、態勢を整えるつもりだった。
勇者の姿を見つけた街の人たちが、すぐにそれと気が付いて声をかけてきた。
「やあやあ、勇者様。今、おかえりですか?」
「ああ、そうだ。今回も傷の治療や薬草の補充などを頼む。」
「お安い御用で。
いつも私たちのために魔物と戦ってくれて、感謝しています。」
そうして勇者は、治療院で傷を癒やし、
道具屋からたくさんの物資を受け取り、宿の部屋に入った。
落ち着くことができて、ほっと一息。
すると、何やら宿の外で、派手に泣く子供の声が聞こえてきた。
勇者は単に魔物と戦うだけにあらず。
人々のために在るからこその勇者。
勇者は宿の部屋を出て、泣いている子供のところを訪ねることにした。
宿屋のすぐ外に、わんわんと泣く子供はいた。
勇者は、戦っている時とは全く違う、やさしげな笑顔で訪ねた。
「君、そんなに泣いてどうしたんだい?」
「あのね、オルゴールの箱が開かないの。」
「オルゴール?」
勇者が首を傾げると、泣いていた子供が持っていた箱を差し出した。
それは粗末な木の箱で、受け取った勇者が蓋を開けようとしても、
鍵がかかっていて開かなかった。
「この箱を開けたいんだね?分解したら駄目かい?」
分解という言葉に、子供はいやいやと頭を振った。
「そのオルゴールはね、死んだママから貰った大事な物なの。
だから、壊さずに中身を取り出したいの。
鍵は壊れていてかからなかったはずだったのに、
ぶつけた拍子に鍵がかかっちゃったみたい。」
説明をしていてまた悲しくなったのか、子供は涙を拭った。
魔物を剣で引き裂く勇者にとって、木の箱を壊すなど造作もない。
しかし、壊さずに中身を取り出したいとなると、話は違ってくる。
どうしたものかと腕組みしている勇者に、ハッと気が付くことが。
「そうだ、君、ちょっと待っていてくれ。」
勇者は小走りに宿の部屋へ戻っていった。
皮の鞄を逆さにして中身を探す。
そこには、魔王の城で手に入れた、あの究極の鍵があった。
勇者は究極の鍵を手に、踵を返して子供のところに戻った。
「この鍵で、オルゴールが開けられるかも知れない。
ちょっと試してみよう。
・・・究極の鍵よ、この鍵を開ける鍵となれ。」
勇者が念じると、手の中にあった究極の鍵は、
ぐにゃぐにゃと捻れてよじれてその形を変えた。
そうして究極の鍵は、簡単な構造の鍵の姿になっていた。
勇者が究極の鍵をオルゴールの鍵穴に差し込む。
子供が喉を鳴らす前で、カチャリと鍵が開く音がした。
勇者がそっと蓋を開けると、中からはペンダントが出てきたのだった。
「わぁ、本当に開いた!
このペンダントはね、ママがいつもしていたものなの。
壊さずに取り出せてよかった。ありがとう、勇者さま!」
つい先程まで泣いていた子供が、今はきゃっきゃと喜びはしゃいでいる。
すると、その騒ぎを聞きつけた街の人たちの何人かが、
勇者と子供のところに顔を覗かせた。
「勇者様、見てましたよ。
何でも開けられる究極の鍵なんですって?」
「そりゃあすごい。
実は、うちにも鍵が開かなくなった箱がありましてね。
お願いできませんかねぇ。」
「私らが使う鍵は、すぐ故障するんですよ。
でも鍵師に頼んでも、開かなくなった鍵は大抵は壊すしか出来なくて。
だから鍵に困ってる人が多くてねぇ。」
「とにかく、一度見に来てくださいよ。」
究極の鍵を持つ勇者は、王都の街の人々に引っ張りだこになった。
勇者は王都の街の人たちには世話になっている。
無下に断るわけにも行かず、一軒一軒訪ねては、
開かなくなった鍵を究極の鍵で開けてまわるのだった。
「開いた!もう壊すしか無いと諦めていたのに。」
「勇者様、ありがとうございます!」
「次はうちもお願いしますよ!」
そうして究極の鍵を手にした勇者は、
開かなくなった鍵に困る人々のところを訪ねていった。
するとそれが評判を呼び、王都だけに留まらず、
果ては隣村からまで助けを求める人がやってきた。
勇者が魔王の城で究極の鍵を手に入れて、王都に戻ってから数日が経った。
しかし、勇者は魔王を討伐するために魔王の城へ行くことなく、
今もまだ王都の街の宿にいた。
あれから、勇者が持つ究極の鍵は評判を呼び、
開かなくなった鍵に困る人々を助けていたからだった。
鍵は鍵師に任せておきたいところだが、
しかし究極の鍵は魔剣の部類なので、使用するのには魔力を要する。
ただの街人に持たせても使いこなすことはできない。
究極の鍵は、どんな鍵でも開ける魔法の鍵。
しかし、どんな鍵でも開けるには、大きな魔力が必要になる。
それこそ、魔王と戦える勇者ほどの魔力が。
本当のことを言えば。
勇者は、究極の鍵を使って開かない鍵に悩む人々を助けることに、
この上ない達成感を感じていた。
究極の鍵を手に入れる過程はともかくも、
鍵を開けるという行為は、凶悪な魔物と戦う困難とは比べるまでもない。
しかし、成し遂げた時にどちらがより感謝されるかと言うと、
究極の鍵で開かなくなった鍵を開けた時の方が大きいくらいだった。
街の人たちは言う。
「魔物ねぇ。
王都には城壁があるし、騎士団もいるし、
一般の私たちが目にすることは稀だね。」
「行商人なんかは襲われて困ってるみたいだけど、
街の中にいる分には、魔物の気配を感じることは無いよ。」
「魔物を退治してくれる勇者様には感謝してるけど、
私らには開かなくなった鍵を開けてくれることも有り難いよ。」
「何より、鍵を開けてもらったら、勇者様に直接お礼できるからね。
遠くで魔物を倒してもらっても、お礼にも行けやしないから。」
そんな街の人々の反応に、勇者はやり甲斐を感じるようになっていた。
そうして、勇者の魔王討伐の出立は、伸び伸びになっていった。
あれから、もう何ヶ月が経っただろう。あるいは何年か。
今、勇者は、究極の鍵を手に諸国をまわり、
開かなくなった鍵を開ける鍵師として働いていた。
もう長いこと、究極の鍵以外の剣を握っていない。
当然、魔王の城に再び足を踏み入れたこともない。
風の噂によれば、どこぞの優秀な戦士や魔法使いが、
やっと魔王の城にたどり着いたらしい。
あるいは最終決戦が迫っているのかもしれない。
勇者抜きで、人間は魔王に打ち勝つことができるだろうか。
しかし、そんなことは今の勇者にはどうでもよかった。
魔物と戦って苦労しても、褒めてくれる人は多くない。
遠くの王都や村で暮らす人々には、魔物の姿など見えないから。
魔物の姿を目にした人々は、ほぼ生き残れないのだから。
その脅威が人々の印象に残ることは多くない。
例え脅威が存在しても、自分の身に及ぶまでは存在しないに等しい。
それに比べて、開かなくなった鍵を究極の鍵で開ければ、
目の前で困っている人は必ず感謝してくれる。
手を取って涙を流してくれる人までいる。
そんな鍵師としての仕事に、勇者は勇者であった時よりも、
やり甲斐や達成感を実感していた。
「鍵師さーん!今度はこっちの鍵を頼めるかい?」
「はーい!只今、参りますよ。」
こんな生活もいいかもしれないと、
胸に渦巻く僅かな罪悪感を押し殺して、
勇者は今日も究極の鍵を手に、鍵師の仕事に勤しんでいた。
魔王がほくそ笑んでいるとも知らずに。
終わり。
勇者と魔王という、ハイファンタジーの定番の話を書きました。
勇者と言えど人間であることに変わりはない。
目の前で人に感謝される仕事の方にやり甲斐を感じるもの。
究極の鍵とは、そんな人間の習性を利用して魔王が用意した、
勇者を倒す魔法の剣なのでした。
お読み頂きありがとうございました。